第279話 男達の食材事情

「あー……こりゃあ、随分さっぱりしちまったなぁ……」

 父さんと食料庫に野菜を取りに来て、あちこちの棚がスカスカになってきているのを眺めていた。


 流石にもう、こっそり増やす……てのも、限界である。

『たいして減っていない』と誤魔化すには無理があるくらい、大量に作っているのだから。


 葉物野菜と根菜は、ほぼ全滅。

 米だけはまだあるが、小麦や豆類は底をつきそうだ。

 牛肉は『家族で食べる分』として確保しているから、保存食には使わないがこちらもかなり減った。

 その他の肉もあと三十食も作れば、すっからかんだろう。


 魚なんて、とっくの昔に全くない。

 鱈ちり……できなかった……

 蟹しゃぶも……

 くすん。


 俺達は改めて、全ての棚を見回る。

 雪が溶けるまではまだ、一ヶ月近くある。

 うーん、一ヶ月はもたないなぁ……やばーーい。


 保存食は、レトルトを魔法でコピーして増やしていくか。

 問題は、うちの食事だなぁ。


「暫くは牛肉と米と乾酪……あと、もやし……くらいかな?」

「まぁ、そんだけ食えりゃなんとかなるか」

「そうだね。調味料類はまだ沢山あるから、味を変えれば、全然大丈夫だよ」


 ふたり共、絶対に大丈夫じゃない、と思いつつも現実逃避をしているのだ。

 いざとなれば……俺の魔法を開示して、ガンガン食材を出せばいいだけだ!

 もやしとチーズを持って一階に上がると、母さんがバタバタと走り寄ってきた。


「大変っ、大変なんだよ!」

「おい、どうした、ミアレッラ」

「うわっ! 何、これっ!」


 食堂に……衛兵さん達がとんでもない量の食材を搬入してきた!

 おおおおーっ?


「ど、どういうこった?」

「解んないのよ、扉を開けたらすぐに入ってきてこの有様で……」


 父さんも母さんも混乱しているし、俺も大混乱である。

 俺達がアワアワとしている間にも、どんどんとキラキラの食べ物達が運び込まれてくる。


「何、呆けているんだタクト?」

 ビィクティアムさんが楽しげに覗き込んでくる。


「何って、それはこっちが聞きたいですよ! どっからこんなに……!」

「セラフィラントとリバレーラから運んできた」

「おい、ビィクティアム、セラフィラントからって……」


 父さんが驚くのも無理はない。

 だって馬車なんて、通れるはずがないのだ。

 この雪はレーデルスへの道を完全に塞いでいるはずだし、何処からも持ってくることなんて……


「教会の方陣門からセラフィラントに渡り、【収納魔法】を持っている衛兵隊員全員で運んできた」

「リバレーラには、セラフィラントのロートレア教会からカルラス教会への門を使わせてもらってから移動したんだよー」

 ビィクティアムさんとファイラスさんが、めっちゃドヤ顔だ。


「大貴族のふたりと……衛兵隊の人達だって、全員貴族じゃないですか! なんで……荷物運びとか! あり得ないでしょう!」

「おまえだって教会第一等輔祭のくせに、市場で買い物してるじゃないか」

「そうだよ、タクトくん。同じことだよー」

「いやいや、違うでしょ! 意味が! 全然っ!」


 貴族の、しかも次期セラフィラント公とリバレーラ扶翼家門の傍流系貴族に買い物だけでなく、【収納魔法】まで使わせて食べ物運ばせるとか……どうやっても、不敬罪待ったなしじゃん!


「俺達が、この町のために必要だと思ったことを実行しただけだ。この町の衛兵隊として」

「そうだよ、タクトくん。春に持って来るものを、ちょっと早めに持って来ただけだよ」


 他の衛兵さん達もみんな、当たり前のことをしただけだ、と笑顔を向ける。

 まいったなぁ……すげーや、シュリィイーレ衛兵隊は。


「……ありがとうな、ビィクティアム」

「いいえ、こちらこそ……これでまた沢山保存食を作ってくださいって、お願いしに来ただけですから。かえって大変だと思いますよ」

「それくらいは、なんともないよっ! ねぇ、あんた!」

「ああ! 俺も野菜や肉を切るの、上手くなったしな!」


 父さんの発言に衛兵隊員達が一瞬、固まった。

「ガイハックさんが……調理?」

「てことは【加工魔法】……ですか?」


 そう、父さんは【調理魔法】や技能がないので【加工魔法】でしか料理を作れない。

 味だけは母さんに調えてもらわなくてはいけないが、下ごしらえは実は【加工魔法】の方が正確で早いのだ。


「緑魔法系は、技能があってこその補助魔法が多い。だから絶対に、技能が先に顕現する。儂にはそういう技能はないからな」

 そうなのか。

 道理で、俺にも出てこない訳だ。


 俺が魔法のことを考えているのを、まだビィクティアムさん達に恐縮してしまっていると勘違いしたのか、父さんが背中をバンバン叩いて景気づけようとする。


「持って来ちまったんだから、しょーがねぇって! また保存食も作れっし、飯ももやしと乾酪だけじゃなくなるんだからよ!」


 あ、言っちゃ駄目なやつぅ……

 今更やばいって顔しても遅いよ、父さん……

 しっかり聞こえてしまったのだろう、ビィクティアムさん達の顔色が、さっ、と暗くなる。


 あー、いやいや、昨日までちゃんと食べてましたから!

 今日から、そんな感じだねーって話していただけでっ!

 まだ牛肉も……うわぁっ!

 そんな深刻そうな顔しないでよーーっ!


 俺は焦って話題を変えようと、食材さん達を褒めちぎる方向へ転換した。

 そして、ふと、目に入ったのが……

「うわっ、七面鳥!」

 ターキーである。

 クリスマスに食卓にどどんと乗っかる、あの存在感ばっちりのターキーさんが山ほど!


「タクトくん、この鳥、知ってるんだ?」

「勿論ですよっ! うわー……毎年食べてたんだよなー、なつかしー……ああっ! 鴨肉もあるっ!」

 鶏は勿論、なんとうずらまで!


「こっちの肉は……いつものものもあるけど、これなんて知らないだろ?」

 そう言ったドーリエスさんが出してきたものは、イノブタ、シシ肉……

「あっ、羊ですね! 子羊と成羊と両方なんて珍しい!」

 マトンはたまに入るが、ラムなんて絶対にシュリィイーレでは見ないからな!

 お肉パラダイス……!


「鳥まで詳しいとは思わなかった……絶対知らないと思ってたのに……」

 何でファイラスさんは、落ち込んでいるんだろう?

「タクトくんっ! 果物も沢山あるんだが、使えるか?」

 そう言って、得意気なセイムスさんの持ってきたラインナップを見る。


「お、檸檬レモン! こっちは蜜柑みかん……あーっ! 凄い! この時期にすももがある! おおっ、枇杷びわまで!」

「くっ……なぜ、全部解るんだ……!」

「じゃあ、タクトくん、こっちの野菜はどうだ!」


 どうも皆さん挑みかかってくる感じですなぁ……どれどれ。


「これは里芋ですね! あ、タロ芋もあるスゲェ。牛蒡ゴボウ、甘薯……! おっ慈姑くわいとは珍しい! あーーっ! 大根だーー!」

 大根!

 ふろふき大根、ぶり大根、大根餅におでんの大根ーーっ!

 全部好きーっ!


「こっちの野菜の方は絶対に……」

 そう言ってカムラールさんが見せてくれたのは、芹菜セロリ、小松菜と竜髭菜アスパラガス、春菊であった。

 アスパラは嬉しいなー!

 そうだ、今度地下でホワイトアスパラ作ってみようかな。

 種がないから無理か……


「ここまで全滅……ですか」

「豆は! 豆はあんまり知らないんじゃないか?」

「えーと、赤隠元豆あかいんげんまめ、空豆、ひよこ豆、扁豆ひらまめ手亡てぼう……ですかね。うん、みんな美味しいですよねぇ。あっ、落花生もあるんですね!」

「なぜだ……なぜ、知っている? 俺達は、全部知らなかったのに……」


 ガスヴェルさんとテリウスさんは、どうしてそんなに落ち込んでいるのやら。

 赤隠元豆はレッドキドニー、扁豆はレンズ豆のことで、手亡は白隠元豆の一品種だ。


 落花生なんて見ていたら、ピーナッツバター食べたくなっちゃった。

 それにしても、シュリィイーレに入ってきたことのない食材ばっかり!

 ……むしろこれをどうやってシュリィイーレの方々に食べてもらうか、考える方が大変なんですが?


 俺が名前を当てた物は、父さんが次々と地下倉庫へ運んでいってくれる。

 ごめん、すぐ手伝うからね。


「魚もあるぞ。ロカエの以外のもので、ちょっと珍しい魚ももらってきた」

 最後は、ビィクティアムさんが出してきた番重だ。

「魚は……見慣れていない方々でも、大丈夫なものですか?」


 見た目グロいのとか、軟体動物系はダメな人が多そうなんだけど。

 多分平気だろう、とビィクティアムさんが言うので、母さんにだけご遠慮いただいて、オープン!


「これは……金目鯛きんめだいたら! おお! すけとうだらまであるじゃないですか! あっ、ひらめだ! ぶりも嬉しいですねー。あれっ、セラフィラントって真牡蠣まがきもとれるんですか!」


 やったぜ、鱈ちりと鰤大根が作れるぞ。

 鯳は練り物にして、おでんとか作っちゃおうかなぁ。

 あ、たらこがあるかも!

 牡蠣はしぐれ煮にしよう!


 次々と番重を開けていくと、ちょっとずつビィクティアムさんが不機嫌になるのはなぜだ。

 そして、あまりこのままの姿では見たことのないものが現れた。


「……鮟鱇あんこう……! てか、この状態でよく持ってこられましたね」

「知ってるのか……」

「吊るし切り……できるかなぁ……」

 動画で見たことは、あるんだよねぇ。


「最後の段は……ん?」

 ちっこい魚がいっぱいーーーー!

公魚わかさぎ!」

「……湖の魚まで知ってるのかよ」

「川から海に行って成長し、また川に戻る魚ですよ。湖でも生きられるっていうだけで、海の魚でもありますから」


 公魚の天ぷらは美味しいよね!

 鮟鱇だけが懸念事項だが、あとはなんとかなりそうだぞ。


 あれれ?

 衛兵さん達、どうしたのかな?

 沢山運び込んで疲れちゃったのか?


 いや、もう、本当に嬉しいですよ。

 大助かりです! ありがとうございます!

 これでこっそり俺が魔法で、を出しても気付かれないです!


 喜ぶと思って、珍しいもの中心に買ってきてくれたんだろうなぁ。

 そのせいで基本的な、毎日大量に必要な食材が皆無なんですよねー。


 玉葱、人参、甘藍キャベツに卵……は難しいだろうけど、こちらで定番の火焔菜ビーツやえんどう豆、赤茄子、小麦なんかが全然ないのですよー。


 滅多に買い物なんてしない人が、やたら沢山食材がある海外系のスーパーとかでやらかす感じにそっくりで微笑ましいですよ、皆さん。

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