第277話 隠蔽魔法
ライリクスさんと一緒に南官舎から、東門詰め所へと移動した。
まずはビィクティアムさんに会い、聖魔法を使うことを申告する。
いきなり患者の所に行くのではなく、衛兵隊からの要請で派遣されたという手続きが必要だからだ。
ビィクティアムさんは……案の定不眠不休って感じで、通信管制に詰めているようだった。
いや、ビィクティアムさんだけじゃない。
この大雪で、衛兵隊の誰もがかなり疲弊している。
今、この人達が倒れたら、この町はきっと無事に春を迎えられない。
「やっぱり思った通りですね……」
眉間にしわを寄せてそう呟いた俺に、ビィクティアムさんが驚いたように振り返る。
俺とライリクスさんが入ってきたことすら気付かないほど、みんな疲れているのだろう。
「差し入れをお持ちしました。甘いものを補給してください。それと、食事も」
「タクト、俺達より……」
「いいえっ! 衛兵隊が倒れたら、誰がこの町を護るって言うんですか! まずはあなた達が、無事じゃなくっちゃいけないんですよ! 目の下にクマ作って、青ざめた顔した人に、誰が助けてもらいたいと思いますか!」
俺は強制的に全員に食事をするように、そして、甘いものを欠かさないようにと伝え、食料とスイーツをたんまり運び込んだ。
「すまん……おまえの家族に、随分負担をかけているのに……」
「気にしないでください。あ、いえ、気にしてくださって、来年の春にたーーーーくさん食材を買って来てくれてもいいですよ?」
「ははは……なんだよ、それ」
ビィクティアムさんは深刻になりすぎるので、特にちゃんと食べてくださいね、と釘を刺す。
「タクトくん、食材は、大丈夫なんですか?」
「心配無用ですよ、ライリクスさん。うちの在庫量を舐めないでください。今年は特にキラキラ食材をがっつり買い込みましたから、まだ余裕ですよ!」
「君の魔眼のおかげですかね」
ライリクスさんも少しだけ、表情が明るくなった。
「じゃあ、ちょっとだけ通信に使ってる魔力の確認しますね」
そう言って俺は指令室内に置いていた石板に、新たに文字を書き込んだ。
『通信機を持っている人達全員の防毒・解毒・体温維持・魔効素からの魔力供給』を指示した文字を。
これで外回りをしている衛兵隊員達も、少しは楽になるだろう。
「なんか……食べたら、身体が楽になった気がする」
「俺も。甘いものって必要なんだなぁ」
室内の隊員達も、表情が和らぐ。
よし、では本題だ。
「病気の方々がいると聞きました。俺を『治癒魔法師』として派遣してください」
「……おまえに治せない病かもしれない」
「行ってみなくちゃ解りません」
「……」
「ビィクティアムさん……いえ、シュリィイーレ衛兵隊長官、セラフィエムス卿。俺を、行かせてください」
なかなか、ビィクティアムさんから言葉が出てこない。
俺に危険だと解っている所に、行けと言いたくないと思ってくれているのだろう。
でも、ここはきちんと、この町の衛兵隊長官として、命じていただかなくては困る。
「……治癒魔法を有する聖魔法師輔祭殿に、正式に病人達へのご対応を、ご依頼申し上げる……」
「了解致しました! さっ、その方々の所まで案内してもらえますか?」
「待ってください」
意気揚々と部屋を出ようとした俺を止めたのは、衛兵隊員のひとりノエレッテさんだった。
女性のような名前だが、男性である。
しかも、結構がっしりした『柔道三段』って感じの人だ。
「聖魔法師には、貴族でない限り【隠蔽魔法】を使用する決まりです。姿が解らないように……」
「ああ、そうだな。タクト、いいか?」
「なるほど……保護対策、という訳ですか。解りました。えーと、どなたが?」
ビィクティアムさんに了承を伝えて振り返ると、ノエレッテさんが俺にふたつの魔石をくれた。
「うちの血統魔法です。赤い魔石は声を、黒い魔石は身体全体の見た目を変えます。この入れ物に入れ、首から提げて身分証になるべく触れさせておいてください」
「解りました。ちょっと掛けてみますから……姿が変わったかどうか見られますか?」
俺は鏡を用意してもらって、その魔石入りのロケットペンダントのようなものを首から提げた。
「随分変わるものだな……」
「ええ……なんだか……不思議ですねぇ。タクトくんとは思えない」
「瞳の色だけは変えられないのですが、これなら解らないと思いますよ」
ビィクティアムさんは奇異なものを見るような目で、ライリクスさんは逆に興味津々で俺の変わった姿を覗き込む。
鏡を見た俺は……正直、絶句した。
「な、なんですか、これ?」
おおっ、と部屋中から声が上がる。
「凄いなー、声まで違う」
「本当ですねぇ……いや、なかなか……」
「どうです? 全然違う人物になった感想は?」
面白そうな声で問いかけるノエレッテさんも、結構いい性格してるよな……
「まさか……性別まで変えられてしまうとは、思っていませんでしたよ」
そう。
まるっきり女の子の姿なのである。
いや、子……には、見えないか。
社会人二年目くらいのお姉さん、といった感じだ。
明るめの赤い髪をきちんと結い上げ、健康そうな褐色の肌、結構、美人。
でも……胸は小さい。
これ、ノエレッテさんの好みなんですか? と聞いたら、軽く小突かれた。
「僕の好みではなくて、本来の君と一番遠い姿ということです」
……美人が『最も遠い』と?
複雑な気分だ……
「名前は、呼ばない方がいいんですよねぇ?」
ライリクスさんが笑いを堪えているのか、ちょっとうわずった声で聞いてくる。
「ええ、本当の名前を呼んだり、名乗ったりしたら魔法の効果が薄くなって本来の姿が見えてしまいます。呼ばれたとしても反応しないでくださいね」
ノエレッテさん、なんという難しいことを、さもできて当たり前のように言わないでくださいよ……
そもそも俺は生まれてこの方、ずっとスズヤタクトな訳で、他にどうしろと……あ、そうだ。
「では……この姿の時には『アズール』とでも呼んでください」
「ほう?」
「知り合いの名前ですか?」
「いえ、なんとなく思いつきです」
聖称の一部だなんて言えません。
でも、まったく知らない名前つけられるよりは、まだ神様がつけてくれた名前の方がいいような気がする。
女性ものの外套を羽織り、手袋を着ける。
準備は万端だ。
「では、参りましょうか『アズール様』」
「……はい」
「くっ……た、頼むぞ、アズール」
めっちゃ笑うの我慢してますよね、ビィクティアムさんっ!
ええい、こうなったら、とことんやってやりますわよっ!
北東側のある病院まで案内してもらった。
かなり雪が積もっていたが、なんと道に積もった雪にトンネルを造って移動経路を確保している。
積もった雪の高さが三メートル以上に達しているから、
だが雪の降る中、このトンネルの外を歩くよりは余程安全である。
病院に着くと、俺の目にはあのラディスさんの怪我を視た時のような、どす黒い緑色が空気中に漂っているように視えた。
大気や、この建物自体を【文字魔法】を使って浄化し、ひとりひとりを視ていく。
……これは、何か知っているものな気がする。
下痢、嘔吐……でもあまり高くない発熱……人によっては筋肉痛……
ノロウイルスではないか?
俺は『ノロウイルスを体内に持つ者は赤く視える』と指示して視る。
ほぼ全員が、真っ赤に染まった。
だが、どうやらそうでない人達もいる。
症状が似ているために、一緒くたにされてしまったのだろう。
ノロウイルスに似た症状……って、何があったかな?
罹っているのはどうやら、子供が多いみたいで、こちらは熱が高い子もいる。
えーと、えーと……あったよなぁ、こんなこと。
ただの食あたりだと思ったら違った……って、書道教室の子供が罹って……あの子のお母さんが、なんて言ってたっけ……
あ、そう、ロタウイルスだ!
ロタウイルスを指定したら、ビンゴだった。
よし、まとめてふたつのウイルスを浄化&消去だ。
そしてその後、俺は【治癒魔法】で、体内の修復と体力の回復をした。
「ふぅ……もう大丈夫ですよ。後はちゃんと食べて、身体を温めながらゆっくり休んでください」
「ああ! ありがとうございます!」
「ありがとう! 聖女様!」
は?
部屋中の人々全員が、俺に対して跪き……『聖女様』? とか言ってますが?
こらっ!
笑うな、ライリクス!
「でっ、ではっ、次の病院に参りますので……失礼します。衛兵さんっ、行きますよっ!」
「はい、アズール様」
くっそー、めちゃくちゃ笑っていやがる!
「アズール様……」
「聖女様は、アズール様というお名前なのね……!」
「……素晴らしいお方だ」
俺の背中から聞こえてくる声を一切無視して、俺は次の病院へ向かった。
「……そんなに笑わないでくださいよ、ライリクスさんっ!」
「いや、ゴメン、本当に……ありがたいと思っているのだけど、どうしても……ね?『聖女様』?」
「それ、もう一度言ったら、ただじゃおきませんよ?」
「照れなくてもいいじゃないですか」
「そういうことでは、ありませんっ!」
そんなやりとりを患者のいた箇所ほぼ全てで繰り返し、全員の治癒とウイルスが蔓延っていた場所の浄化を終えた。
しかし……感染源は何処だろう?
それを特定しないと、また発症するかもしれない。
「患者達で、何か共通する食べものを食べた人はいるんでしょうか?」
「同じ家族内での発症が多かったですが、特に共通しているものは……なかったと思いますよ」
「うーん……それじゃあ、同じ場所に行ったり、とか?」
「場所? そういえば、ひとり北東・紫通りの食堂で食べた後に具合が悪くなった……と言っていましたね」
北東・紫通り……って、まさかラウェルクさんの店か?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます