第276話 キラキラの色と止まない雪
その後、俺は倉庫のキラキラ食材達の『燦めきの色合い』に注視してみることにした。
するとコピーしたものだけでなく、元々のものでも微妙な色彩の違いがあるようだった。
おおまかには根菜類は赤っぽく、青菜は緑、葱やニンニクなどは黄色が多く、茸は橙色と緑……といったように、僅かに違っているのだ。
勿論、同じ食材でも個体差がある。
これは育った環境の違いなのか、収穫時期なのか……
この色は栄養の違いというよりは、魔効素の違いなのだろうか?
魔効素にも種類があるということなのか?
いや、ただ単にその食材の持つ魔力の色か?
俺が倉庫で食材を
「おいおい、何やってんだ、タクト……?」
「んー……ちょっと、不思議なものが視えてきて。ねぇ、父さん、これとこれ……食べ比べてみてくれる?」
俺は父さんにキラキラが緑色っぽく視えるキャベツと、青っぽく視える胡瓜を食べてもらった。
「どっちが美味しく感じる?」
「……どっちも旨ぇけど、胡瓜の方が好きだな」
うん、俺もだ。
試しに母さんにも同じもので聞いてみる。
「そうだねぇ……あたしは
そうか、母さんはキャベツの方が美味しいと感じるんだな。
そしてもう一度、今度は青っぽい光りの胡瓜と、橙色っぽい光りの胡瓜で比べてもらう。
青い胡瓜は真夏のもの、橙色っぽいのは秋口に収穫したものだ。
父さんは真夏のものが旨いといい、母さんは秋口のものの方が好きだと答えた。
もしかして無意識に『自分にとって必要な種類の魔力』を含んでいるものを美味しいと感じるのだろうか?
加護をもらった神のものなのか、持っている魔法の属性に関わるのかは……リサーチを重ねていけば解るかもしれない。
俺が考え込んでいると母さんが呆れたように溜息をついて、俺の背中をぱんっと叩いた。
「タクト、まーた新しいことを考えているんだろうけど、今は考えるより保存食を作っておくれよ」
あ、そうでした。
今日は止んだとしても、この大雪が一朝一夕に町中から消える訳ではないので、衛兵隊の支援活動は続いていくわけです。
魔法でも、天候や気候ばっかりはどうにもならない。
俺は父さんに小突かれ、母さんにせっつかれ、実験厨房で魚料理作りを再開した。
だが、今まで意識していなかったものが視え始めたのだ。
もしかしたら食材の組み合わせや調理方法でも違いが出るのかもしれないと思い、工程の途中でどのように変化していくのかを視ながら調理をしていった。
今回の実験調理で、俺と母さんの作るものでまったくキラキラの色が違っているということが解った。
母さんは【調理魔法】と『料理技能』を使って料理をしている。
俺は【加工魔法】と『錬成技能』で作り上げている。
そのせいなのか、母さんが作った料理は食材達が元々持っていた色より緑色が多く、俺が作ったものは赤が多くなる。
だが、俺が【文字魔法】で
使った魔法の属性が、できあがった料理にプラスされている……と思っていいだろう。
独自魔法の【文字魔法】で青くなるのは、俺の加護が賢神一位のせいかもしれない。
今までの食堂でのお客さん達の反応を思い出すと、疲れ気味の人や赤、青属性以外の人は母さんの料理でのおかわりが多い。
俺の作ったものでも【加工魔法】で作ったものだと赤属性の人に人気であるが、【複合魔法】で作ったものだと青属性の人が好んでいるように思う。
例外はスイーツだ。
新作以外は母さんも作るが、新作は基本的に俺。
でも、属性など関係なく魔力量の多い人達に好まれているようだ。
甘さの度合いで差があるのだろうか?
いや、使っている素材かも?
………うん、この辺は研究課題だ。
これらの関連性が解ったら、より好んでもらえる料理やスイーツが解るかもしれない。
「それにしても、食材が思ったよりあるな。絶対足りなくなっちまうと思ったんだが……」
「今年はタクトが『キラキラしてたから』とか言って、やたら沢山買い込んできたじゃない? あの時はこんなに沢山使い切れないと思ったけど……あってよかったねぇ」
ふたりがそんな会話をしながら、できあがった料理をレトルトに詰めている。
……ちょっと、増やしたけどね。
そう思っててもらえるなら、それで。
俺は詰められたレトルトの殺菌・防菌をしながら密封し、劣化防止をしていく。
このレトルトも実はちょっと改変しようかと思っているのだ。
できあがった料理を熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちにパッキングしてしまえば温度ごと『劣化防止』できるのではないか……と。
だが、これは恐らく【時間魔法】に関わってくる。
現在俺は時間系の魔法は持っていないから、【文字魔法】と【制御魔法】で対応している。
新たに菌や空気の進入を制御することで劣化させずにいるのだが、『今の状態を温度まで完全キープ』となると制御の範囲を超えてしまうと思うんだよね……
でもなー……災害の時とか、避難所生活だったら、絶対に『開けたら作りたてそのまま』が食べられた方がいいんだよなー。
あ、でも開けた途端に熱いモノが出てきたら危ないか……?
とすると、容器自体を変えないと……弁当箱に詰める感じ?
うーん、そうするとコストの問題が。
これ以上、値上げはしたくないんだよなぁ。
できるだけ単品売りにしたいし……
「タクト、手が止まってるよ」
母さんに声をかけられて、現実に戻る。
いかん、考えるのは自分の部屋に戻ってからにしよう。
そう思いつつ窓の外をみると、またしても雪がちらつき始めた。
こりゃ暫くは、無心で保存食作りだな……と、少し気が遠くなる思いであった。
雪は、断続的に降り続く。
初めの頃に積もったものは、既にかなり硬く固まってしまっている。
……西の畑は大変だろうなぁ。
果樹園は大丈夫だろうか……
自然相手のものだからこそ、こういう災害では直接被害が顕著に出るだろう。
エイドリングスさんとラディスさんの所みたいに硝子ハウスがあれば大丈夫なんだけど、来年は西市場の野菜は高騰するかもしれない。
レザムみたいに【土塊魔法】を使える人が大勢いれば、春の作付けまでに畑は復活できるのかな?
魔法師組合もきっと、そういう対策を立てたりしているんだろうなぁ。
手元で作業をしながらでも、どうしてもいろいろと考えてしまう。
だが、この雪がないと、とても困ることも事実なのである。
この雪が北東の山々に積もってくれるからこそ、シュリィイーレは水を得ることができている。
イスグロリエストの西側、特に山が多いマントリエル、ウァラク、シュリィイーレは雨が少ない。
しかし、マントリエルは凍らないコーエルト大河がある。
シュリィイーレ北東の山々の反対側に位置するウァラクにもその支流ともう一本の大きな川がある。
残念ながらシュリィイーレ北東の山の湧き水は殆どウァラク側に流れてしまい、シュリィイーレ側は降り積もる雪からの雪解け水に頼っている。
だから雪が少ないとすぐに溶けてしまって、夏場に水量が減ってしまうのである。
雪は大きな損害も与えるが、この町にとって恵みでもあるのだ。
でも今年はちょっと多すぎだよなぁ……この雪じゃ、町の損害の方が大きいんじゃなかろうか。
「父さん、こんな風に大雪が降ることって今までもあった?」
「ああ、二十年か三十年に一度はあるなぁ」
「そうだねぇ、その時は結構凍死する人や雪に閉じ込められてしまって食事が満足に取れない人が沢山出て、年寄りや小さい子供が犠牲になったりしてるんだよ」
「そういえば……二十五年くらい前の時は酷かったなぁ。二、三歳の子供が結構……」
「あの時は変な病気も流行ったりして、大変だったねぇ」
二十五年前……その頃に二、三歳の子供っていうと、今の俺と同い年くらいってことか。
あ……そういえば衛兵隊体験入隊の時、俺と同年代がもの凄く少なかったよな……
そっか、そういうことだったのか。
「でも、きっと今年は大丈夫さ! なんたって、うちでたくっさん食べ物を作ってあげられているからね!」
「衛兵隊も頑張ってるしなぁ。冬場にこんなに毎日、何十人分も作る羽目になるとは思わなかったけどよ」
「ちゃんと届けてくれてるのは嬉しいんだけど、衛兵さん達はきちんと食べているのかねぇ……?」
「そうさなぁ。特にビィクティアムみたいなやつは、自分が食わなくても人に食いもの渡しちまうから」
そうなんだよねぇ……
一番心配なのはどっちかというと、衛兵さん達なんだよねぇ……
「じゃあ、あの人達が遠慮なく食べられるように、もっと作らなくっちゃね!」
「うん、そうだね。まだ材料もあるから、俺も頑張って作るよ」
「それにしてもこんなに料理してんのに、なーんでタクトには【調理魔法】がないのかねぇ?」
……それは俺も聞きたい。
緑系は【植物魔法】があるから、出て来てくれたっていいと思うのだが。
もしかして、緑にキラキラしている食材を多く使った料理を沢山食べたら、出やすくなったりしないかな?
今度試してみよう。
「タクトくーん! 今日の分を受け取りに来ましたー!」
衛兵隊の人が来たのは、ちょっと小降りになった昼過ぎ。
軽量化番重に作ったレトルトをたんまり載せて、あちこちの避難所に配達してくれている。
「ねぇ、ライリクスさん」
俺は今、どれほどの被害が出ているのか、避難している人達がどれくらいいるのかを聞きたくてライリクスさんを引き留めた。
「被害は北東側の一部の地区で病人が出ていますが、他には、行方不明者や死者は確認されていませんよ」
よかった……凍死者はいないみたいだ。
「病気って、どういう症状なんですか?」
「嘔吐や下痢をする者が多く発生しているんですよ。酷い症状の方々は病院に入ってもらっていますが……原因がわからないのです」
「……俺の【治癒魔法】は役にたちませんか?」
「いいんですか? 君にも……移る危険性がありますよ?」
感染症なのか。
きっと、家族ぐるみで罹患したりしているのかも。
「大丈夫です。俺には移りません」
「……助かります。来ていただけますか?」
ライリクスさん、きっと俺にずっと言いたかったのかもしれない。
だけど食糧供給で、通信システムや改札口の設置で俺が関わっているから、きっとこれ以上の負担をさせたくないと思ってくれたのだろう。
「当たり前ですよ。俺の聖魔法は、このシュリィイーレのために使われるものですからね」
俺の言葉に、父さんと母さんは複雑そうな顔をする。
自分の家族に危ないことなどして欲しくないのは、当たり前だろう。
でも、俺から言いだして、俺が行くと決めたことだからきっと黙って送り出してくれる。
「父さん、母さん、ちょっと行ってくる。夕方までには帰るけど、保存用の料理まかせちゃって平気かな?」
「……ああ、大丈夫だよ、タクト」
「お夕食、タクトの好きなもの作っとくから、早めに帰っておいで」
俺は笑顔でイノブタの生姜焼きを頼み、大量のお菓子を持ってライリクスさん達と家を出た。
表に出た途端、凍てつく風が髪を凍らせる。
自分の周りの空気を温度調節して断熱し、俺は南官舎の改札口へと向かった。
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