第274話 『扉』

 方陣門の考えがまとまらないまま、俺は家に戻ってきた。

 そして悶々と考えながら眠り、翌朝、ちょっと試してみようと思いたった。


 俺が考えたのはエレベーターのように行き先を指定して、その場所に繋がるようにする『扉』である。

 扉は基本的に衛兵隊所属の人しか入らない場所に設置するのだが、避難にも使えるだろうから官舎や外壁門の詰め所内がいいだろう。

 設置する扉は、各箇所にひとつ。


 扉に簡略化した地図を書き、移動可能な場所が青い点で表されている。

 ひとつの点に触れるとそこが赤く変わり、移動先が確定。

 扉を開くとそこに繋がっている……という感じ。


 この地図に重なるように方陣を作ってあり、触れて魔力をお支払いいただいた場所に空間を繋ぐのである。

 しかし、俺は『方陣』は扱えないことになっている。

 だから多角形の方陣は使わず、環状道路の構造がメインの『シュリィイーレ地図』で場所を指定するようにして方陣を隠しているのだ。


 基本的には魔効素からの魔力供給で稼働させるが、認証のために魔力をいただくのである。

 勿論、お支払いは最低価格にしておこう。

 うーん、三十くらいでいいかな?


 扉を開くことができるのは、衛兵隊のみ。

 これは襟に着けられている隊員徽章で、自動チェックする。

 扉に流れた魔力と、隊員徽章の魔力が一致しないと空間は繋がらない。

 ……なんか扉っていうより、改札みたいだなぁ。


 扉は移動元で誰かが手で押さえておけば他の人もそのまま通ることができ、扉から手を放すと自動的に閉まる。

 移動先の扉は移動元からの指定があった時点で、出口専用になる。

 同時に双方向で移動先を別々に指定した時は、どちらも扉は開けない。

 二度も三度もまったく同時に指定することなどないだろうから、次のタイミングで早い者勝ち……と、いうことになるだろう。


 この扉なら常に空間を繋いでおく必要はなく、壁に扉を付けておくだけだから場所を指定しないで開いたら壁にぶち当たる、という訳だ。

 なんか、これならいけるんじゃないだろうか?



 基本コンセプトがまとまったところで、朝食にすべく俺は果実倉庫へメロンを取りに行った。

 朝食の時に母さんからどうしてもメロンが食べたいって、昨夜からお願いされていたのだ。

 そうだ、この間ヨーグルトも作ったんだっけ。


 朝食に出したメロンヨーグルトは大好評で、父さんからはこれは絶対に食堂で出すな、と言われてしまうほどだった。

 ヨーグルトはあんまり作っていないから出さないけど……メロンはもう一回くらいはいいんじゃないかなぁ。

 フルーツタルトを作りたいんだよねぇ。



 食堂に降りて外を眺めると、またしても空はどんよりとしている。

 午後には雪になりそうなので、保存食を買いに来る人達が増えるだろう。

 昨日あんなに沢山補充したのに、半分くらいまでなくなってしまっているのだ。

 今日も、在庫をたっぷりと用意しておこう。


 食堂も雪が降らなければ、昼は開けるかもしれないけど……昼までもつかなぁ、天気。

 今のうちに、ビィクティアムさんにプレゼンしよう!


 北側の官舎だけでも、早急に対応した方がいい気がする。

 よし、賄賂にメロンを持って行こう。


 俺はデモ用の扉を実験厨房に取り付け、もう一枚の扉を持ってビィクティアムさんを訪ねる。

 裏庭で空を見上げると、まだ少しは陽が差してくる。

 だが冷たい風はすぐに雲を運んできて、空を覆うだろう。


 書類整理中のビィクティアムさんの手を止めてもらい、俺は『扉』の解説を始めた。

 てか、仕事、家に持ち込んでるのかよ……

 休んでないじゃん、この人。


 メロンをぺろりと平らげたビィクティアムさんは頭をかきつつ、考え込む。

「……おまえは、よくもまぁ、こんなことを……」

 この呆れ顔にも慣れてきた。


「だって、早くしないと北側官舎の人達、食べるものが全然買えなくなっちゃうじゃないですか」

「相変わらず、おまえの原動力はいつも『誰かのため』だな」

「いいえ。北側の方々にもうちに来やすくなってもらって、うちの売上げ倍増を狙っているのです」


 即答した俺に何故かビィクティアムさんは、うんうん解ってるよ、的に頭をポンポンと軽く叩く。

 いや、本心ですって。


「確認しておきたいんだが」

「はい?」

 神妙な面持ちで聞いてくるという事は、マイナス面の確認だろうか?

「もしも、移動先に暴漢なり敵がいたとして、開いた方に傾れ込んで来たら?」

「移動先からは入れません」


「魔法や剣は?」

「勿論、届きません。『出口』からは何ひとつ入っては来ません。水の一滴も、です。この扉は一方通行で、開いた方からしか移動できないのです」


「では、移動してすぐ目の前にいるやつに襲われたら?」

「扉を開くと、開いた側からは出口の風景が全て見え、あちら側の音も聞こえます。でも、出口からは開いた扉の向こうは見えませんし、聞こえません。入口側は全ての情報が判りますが、出口側は何も判らないのです」


 ふうっ、と、微笑むように溜息をついてビィクティアムさんが立ち上がる。

「よし。試させろ。はそのための『扉』なんだろう?」

「はい。では……今は実験用なので、この扉で指定できるのは俺専用の厨房だけです」


 衛兵隊の襟章がついた上着を羽織ってもらい、地図上で現在唯一青くなっている俺の厨房を示す点に触れてもらう。

 触った点が赤く光り、扉が少し開く。

 扉を手前に引いて完全に開くと、実験厨房が見える。

 今は、帆立の貝紐煮付けの保存食が台の上に積まれている状態だ。


「すごいな……全部見えるし、音も聞こえる……本当にあちら側からは見えないのか?」

「行って、こちらを見てください。扉は、俺が押さえてますから」


 ビィクティアムさんは移動すると、すぐに振り返る。

 そして俺に何か喋れと言うので、今日はちゃんとご飯食べましたかーっ! と叫んでみた。

 どうやらまったく聞こえていないようで、すぐに扉を閉めろと言われた。

 俺が扉を閉めると、ビィクティアムさんが反対から扉を開いて戻ってきた。


「これはいいな! すぐに設置して、試験運用したい」

「それじゃ、まずは南官舎の一階に……」

「それと、この家と東門詰め所の通信司令室を繋いでくれ」

「……は?」

「大雪で身動きできない時に、全員と連絡できるようにしておくには、誰かがあの部屋にいた方がいいだろう? だから、俺専用の扉をひとつ、作ってくれ」


 まぁ……確かにそうですけどぉ……

 本当に困ったもんだよ、このワーカホリックさん!

 にこやかだが、目が笑っていませんね……


 これは了承しないと、話が進まないやつですね?

 まぁ……いいか。

 帰って来やすくなった、ということで納得しておこうか。


 ビィクティアムさんの部屋からは全部の場所に通じているが、この部屋に戻ってこられるのは東門詰め所の専用扉からビィクティアムさんだけ……という設定にして……というか、させられてしまった。


 そしてまず、南官舎一階・青通り側会議室の一室に『扉』を設置した。

 そのまま北官舎に向かうのだが、北側の道にはまだ雪が多く残っている場所もある。

 北側は山肌に添って、勾配があるので上り坂。

 環状通り以外は階段が多いし、凍るから雪もとけにくい。

 ……北側って、二度くらいは温度が低い気がするよ……


 俺達は、北宿舎への最短ルート上の雪を魔法で溶かしながら移動する。

 初めはビィクティアムさんの【焰熱魔法】で溶かしていたのだが、強すぎて炎が民家に飛び火しそうだったので俺が溶かしていくことにした。

 目の前の雪を溶かしつつ、その溶けた水分を凍らせて周りを固めながらサイドの雪を崩さないようにして進んでいくのだ。


 本当は【文字魔法】を使えば一括でばばん! と広範囲を溶かすこともできるのだが、それをしてしまうと今度は溶けた水が問題になるし、水を消去してしまうと……かなり、問題なのだ。


『消去』の魔法は攻撃魔法と認定されてしまう可能性があるし、身柄を拘束されても文句が言えなくなるからだ。

 蒸発させるのも、俺には火を使える魔法がない……とされているので、止めておいた方がいい。


 なので、人が通れる範囲だけ【加工魔法】を使って温度調整をしつつ進んでいるのである。

 それでもビィクティアムさんには、かなりじーーっと見られているが……


「最近、身分証を確認したか?」

 もうすぐで北官舎に着くという路上で、突然そう聞かれた。

 そういえば……見ていないなぁ。

「確認しておけよ。絶対に【制御魔法】か、空間関連の魔法や技能が出ているはずだ」

 ……

 ……


 既にあるよね。

 でも、それが出ていないとオカシイくらいのことをしてしまっていると……?

「そう……なんですか?」

「ああ、おそらく、な。【方陣魔法】でなければ、あの扉は作れるはずがない。だが、【方陣魔法】は滅多に出ないし、あのような一方通行という現象は起こらない」


 俺がやったことで、推理されちゃった訳ですね……

 確かに『空間操作』と【制御魔法】の組み合わせですよね。

【祭陣】も使ったけど……それは絶対に言えないしね!


「それと、溶かした雪を氷にして固めている、というのをおまえは【加工魔法】でやっていると言っていたが、そもそも【加工魔法】でそこまでの操作はできないはずだ。できるとすれば【制御魔法】も併せて使っているからだろう」


 ああっ、もうっ!

 俺ってどうして……!


「【制御魔法】って聖属性でしょ? もし出てたら、またなんか登録とか必要なんですか?」

「いや、おまえは既に聖魔法師として認められているから、貴族でない限り申請も公開もする必要はない」


 よ、よかった……

 逆に貴族は、申請するんだ?

「貴族は……聖魔法の使える数によっても『格』が変わるからな」

 相変わらず、貴族面倒くせぇー。


 うちに帰ったらちゃんと確認しようと心に誓い、俺は北官舎へと入っていった。

 突然のビィクティアムさんの来訪に、北官舎の面々は若干パニックであった。

 しかし、官舎の全員を一階の広間に呼び出し、『扉』の説明をすると全員の目が輝いた。

 中には泣き出しそうな人もいる。


 いくら炎や熱を使える赤属性の人達が多い北官舎とはいっても、流石に大雪の日には移動などできず泣きたかったに違いない。

 しかも、ここから一番近い西市場は、冬場は完全に閉鎖してしまっている。

 買い物どころではないが、食料がなくなったら何としてでも南側まで来るしかないのだ。


 そして南官舎に初めての移動体験をしてもらい、全員に使い方をマスターしてもらった時にひとりの衛兵さんから質問が飛んできた。

「これ……方陣門ではないんですよね? なんていう仕組みなのですか?」

 確かに既存の方陣門とは一線を画すものだが……『扉』というのも……


「タクト、なんと言うものなんだ?」

 ビィクティアムさんまで、聞いてこないでよ。

 決めてなかったよ……えーと、えーと……


「……か、『改札口』? とか?」

 身分証と魔力で通行資格を確認する感じが……ICカードとかスマホを、ピッてやる感じっぽいーって思ってしまったせいで、それしか思いつかなかった。

「ほう、『改札口』か。ここは『北官舎改札口』というわけだな」


 あながち間違いでもない。

 改札は一方通行だし。

 今度何か作る時は、ちゃんと名前を決めてからプレゼンしよう……


 北官舎の皆さんの喜びの声が上がる頃、空からはチラチラと白い欠片が再び降り始めていた。

 俺達は大慌てで、東官舎と東門詰め所にも改札口を設置した。


 東官舎では感極まったのかファイラスさんに抱きつかれてしまったので、ぶん殴って離れた。

 そして設置した改札から南官舎に移動して、去年できたばかりの南西官舎にも改札口設置を完了した頃には、雪はかなり激しく降り出していた。


 俺とビィクティアムさんは全員に説明を終えた後、東門詰め所に移動し、一階と長官執務室の二カ所に扉を付けてビィクティアムさんの家に改札移動で戻った。


 ビィクティアムさんの家は、なんて名前の改札になるんだろう……

 ここへ来られるのはご本人だけだから、敢えて名前は付けなくていいのかな。


 その他の詰め所などには、おりを見て設置していこう、ということで本日は解散となった。

 だけど、西門と南西門は早い方がいいかもしれない。


 魔獣とか、侵入者が来るとしたら西側からだ。

 俺はその日のうちに近場まで転移で移動し、西門だけは改札を設置した。

 ……ビィクティアムさんに事後報告をしたら、なんて無茶をしやがるんだ! と怒られてしまったが。


 こうして、衛兵隊隊員達が雪に閉じ込められることはなくなった。

 ……そして、うちの自販機の在庫が、今までの三倍くらいの速度でなくなっていくことになったのである……

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