第273話 方陣門の欠点

「ちゃんと、自分の分も用意してきたか?」

 お夕食デリバリーの時、真っ先にビィクティアムさんにこう言われた。

「家だと、生魚なんて食べられないんじゃないのか? ミアレッラさん、見るのも嫌がりそうだし、ガイハックさんだって生は苦手だろう?」

「ははは……ご明察。今日はこっちで食べるつもりで、図々しく自分の分もあります」


 俺がちょっと照れながら自分の皿も取り出すと、それでいいんだよ、と笑ってくれた。

 気を遣っていただいて、申し訳ありません……



 刺身を食べながら、ビィクティアムさんが酒が飲みたくなると言うので特別に日本酒を出した。

 この間出した物より、ちょっとだけアルコール度数が高かったのだが、相変わらずの酒豪っぷり。

 まったく顔に出ないし、酔いもしないんだよな、ビィクティアムさんは。

 甘いものが平気になったからと言って、酒が好きじゃなくなったわけではないようだ。


 さっきからビィクティアムさんが俺の手元をじっと見てるけど……なんだ?

「変なものを使って食べるんだな……?」

 は? 変……? あっ!

 そっか、箸か!


 どうしても魚は箸の方が食べやすくて、竹で作ったんだよね。

 こちらでは基本、スプーン突き匙フォークだけ。

 ナイフは、食卓では使わない。


「『箸』といって、俺のいた国ではこれが食べるための道具で、調理の時も使ったりするんですよ」

「面白いものを使うんだな……」

「便利ですよ? 摘み上げたり、切ったりできるし。行儀は悪いですが、刺しても使えますし」

「そういう『行儀』もあるのか」

「はい。何にでもあるのですよ。行儀は礼節であり、美しい所作でもありますので」


 これは、じいちゃんの口癖だった。

 大切なものに対してこそ、礼を尽くし美しく在れ……と。

 食事はとても大切なものなので、よりきちんとしていたのだ。

 それに、箸は慣れるとフォークやスプーンより断然便利なのだ。


「食器が違うので、こちらの食卓には合わないかもしれないですが、使いやすくて」

 皿を持ち上げて食べないからねぇ、こっちでは。

「おまえが器用なのは、そういうものを使いこなしているせいもあるのかもな」

 俺からしたら、フォークで綺麗に刺身を食べているビィクティアムさんの方が器用だと思うんだけどなぁ。


 刺身の盛り合わせは、めちゃくちゃ旨かった……

 なにせ、山葵があるというのが大きなポイントである。

 ビィクティアムさんは山葵も難なくクリアしているので、辛いものも大丈夫なようだ。

 うーん、魔力量と食の好みの関係、イマイチよく解らないが『なんでも美味しく食べられるようになった』ってことでいいのだろうか?

 いや、ビィクティアムさんが全属性持ちオールラウンダーだから、なんでも美味しいと感じるのかな?


「ビィクティアムさんって、今はもう嫌いな食べものはないんですか?」

 俺がそう聞くと、ちょっと考えるように上を見た後に嫌いなものを思い出したのだろうか、眉がきゅっと寄った。

「……嫌いなものは……あるが……」

「もしかして、海のものなんですか?」

 子供が拗ねたような表情になったビィクティアムさんが、ちらりと俺を横目で睨む。

 あ、図星でしたか。


えび……が嫌いなんだよ。皆は旨いというが、どうしても……形が気持ち悪い」

「……蟹は?」

「姿で出てこなければ、平気だ。でも、蝦はあのくるっと丸まった感じとか足とか、食感……? とか……気持ち悪い」

 そういえば蛸の足が丸まったのを見た時も、目を逸らしていたっけ。

 うわー、めっちゃ不機嫌そうな顔に。


「あれ、虫みたいじゃないか?」

 なるほど。ビジュアルで嫌いなのかぁ……

 ということは、絶対に海老えびは入ってこないね。

 シャコとか、ナマコとかホヤ……は、きっとこっちでは食用じゃないんだろうな。

 蛸を食べてなかったくらいだし。

 まぁ、俺も海老はさほど好きじゃないので、蟹が来るならそれだけで充分ですよ。


 その後、なんとか残りの刺身で機嫌を回復させてくれたビィクティアムさんに、本日メインの提案をする。

 だが、その提案にはあまり……乗り気でないような表情である。


「町の中だけの移動であれば、方陣門の設置や方陣札での移動になんの問題もない」

「だったら、衛兵隊が雪で身動きできなくなるよりは……」

「おまえ、常設の方陣門のことちゃんと知らないだろう?」

 え?

 未来から来た猫型ロボットがよく使っている、あの扉みたいなものじゃないの?


「方陣門は移動する一カ所に付きひとつ、設置しなくてはいけない」

 ビィクティアムさんの解説によると、A地点とB地点の行き来にひとつ、B地点とC地点の移動にはもうひとつ……というように、方陣門は一カ所ずつの往復しか移動先を指定できないのだ。

「各門の詰め所や官舎を行き来できるように……となると、最低でも一カ所に十二の方陣門を作らなくてはいけない」

「そ、それは……現実的ではないですね……」

「そうだ。そして方陣門は、一部屋にひとつしか展開できない。同じ部屋だと魔法がもう一方に干渉してしまい、正しく空間を繋ぐことができない」


 なるほどー。

 物理で空間を区切っておかないと、影響が出ちゃうわけですかー!

 パーキングエリアの巨大トイレみたいに、方陣門の部屋を区切って作るのもバカバカしいってことですねー。

「第一『空間操作』は黄属性だ。維持に莫大な魔力を必要とする。移動の時に魔石を渡されただろう? あれがないと、一度の移動で五百は魔力を持っていかれてしまう」


 そういえば、王都に行く時に小さい石のピンズみたいなものを渡されたっけ。

 そっか、あれが移動用の魔石だったんだな……魔力を貴石に閉じ込めてあったんだ。

 通行する度に、全員に通行料まりょくのお支払いが必要だったとは思わなかった。


「なんとかできたらいいんですけどねぇ。冬の間で移動が大変な時に、町中でなんかあっても衛兵隊が駆けつけられないってこともありますよね……」

「ああ、そうだな。実際、救助に間に合わなかったり、警らができず長時間怪我人に気付かなかった……なんてこともあったしな」


 ビィクティアムさんも『動けなくなる時期』を、もどかしく思っているのだろう。

 雪だろうが、嵐だろうが、衛兵隊員達が絶対に動かなくてはいけない時だってあるのだから、せめて、ある程度の距離まで移動できたなら……と思うだろう。


 できないかなぁ……

 なーんか、できそうなんだけどなぁ……

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