第272話 美味しいものを食べよう
雪が止んだのは二日後、道の雪はだいたい五十センチほど積もっていた。
殿下達も無事に王都に帰ったし、方陣門も冬の間は完全閉鎖でへんてこなことを言い出す人が王都からやってくる心配もない。
レーデルスとシュリィイーレを繋ぐ道は完全に雪に埋もれて、東門、北東門、北門、北西門そして今年は西門も完全閉鎖。
シュリィイーレは町全体が、外部からの干渉を受けない冬ごもりの季節へと入った。
雪に当たった陽がキラキラと反射して、風もなくほんのり暖かさを感じる。
まぁ、気温は零度以下なんだが、気持ち的に、だ。
このくらいの積雪であれば食堂で食べる人は少ないだろうが、保存食の買い足しに来る人は多分いるだろう。
この際だからと、俺はセラフィラントから届いた魚を使った保存食の種類を増やそうと調理に取りかかった。
まずは
実は昔あちらの世界で行った店で出て来た料理がとても美味しくて、
まずはセルクルのような型に、抜いたら崩れないように周りに薄ーくスライスした幅一センチくらいの人参を縦に貼り付けていく。
横に巻いてしまうと食べづらいからね。
みじん切りの玉葱と、こちらも一センチ幅くらいに切って焼いた
本当は生でいいのだが、シュリィイーレの人には絶対無理なので火を通した。
それを入れて、上にポテサラ・塩茹でした人参のみじん切り・煮たビーツのみじん切り・粗めでマヨネーズの少ない玉子サラダ……と重ねていく。
実は、この料理の名前を全然覚えていないので『
これは母さんにも食べてもらえたし、父さんもおかわりするくらいだったからきっとみんなも大丈夫だと思うんだ。
土鍋で、鱈ちりも試してみよう。
みんなでひとつの鍋を……というのは、ちょっとこっちの人にはハードルが高いみたいなので、おひとり様サイズの土鍋を作った。
帆立はいつも通りコロッケと刺身、貝紐の佃煮。
何をしても美味しい
蛸は、たこ焼きの保存食を作った。
たこ焼きは絶対に、おやつ感覚で食べたくなるからな。
ああ、食べ物が沢山あるって素晴らしい……!
昼頃には道の雪も溶かされ、食堂にもお客さんが入ってきた。
今日は雪が降る心配はなさそうだから、スイーツまで食べていってもらえそうだ。
よーし、セラフィラント公から貰ったメロンも出しちゃおうかなー。
お客さんはやっぱり衛兵さんが多い。
この時期に外に出ているのは、見回りの衛兵隊の人や自警団のおじさん達が多いからね。
「二日で止んでよかったなー」
「俺、ちゃんと保存食を確保する前だったから、スゲー焦ったよ」
ということは今日辺り、もの凄く買いに来る人が多いのでは?
山のように作っておいた方がいいかもしれない。
「北官舎のやつら、もう出られないんじゃないのか?」
「ああ……あの事件があったから、買い出しの暇はなかっただろうなぁ」
そっか、自炊組は大丈夫だろうけど、保存食頼みの人達は買う時間がなかったのか……
それは可哀想だなぁ。
でも出歩けないっていう状態の時に、俺がデリバリーなんてしたらまずいよなー。
転移ができるってばれるのは、リスクが大きすぎるし……
んー……方陣門って、同じ町の中の移動でもまずいのかなぁ?
冬の間だけでも、各衛兵隊官舎間で移動できたら……多分いろいろ、やりやすくなるんじゃないのかなぁ。
スイーツタイム。
本日は、カスタードプティングとメロンたっぷりのプリン・ア・ラ・モード。
生クリームもふんだんに使った、はっきり言って赤字の一品です。
でも、あの方陣門閉鎖作戦を乗り切った皆さんを、ちょっと労いたかったのですよ。
本当はアイスも付けたかったんだけど、冬なので止めておきました。
「うふぇぁ……! なにこれぇ! 美味しすぎるぅぅぅ! うひょぅぅう」
ファイラスさんから変な声が漏れている。
「
ライリクスさんは、メロンを知っているのか。
この人の知らない食材ってあるんだろうか……さすが食い道楽。
「うん、旨い」
スイーツを口に含んでにこにこ顔のビィクティアムさんには、未だにちょっと慣れない。
食堂中にメロンの甘い香りが溢れ、俺まで食べたくなってきてしまった。
おっと、ビィクティアムさんに方陣門のこと、後で聞きに行こう。
夕食は生魚を持って行きますね、と耳打ちをすると更に笑顔になった。
昔は平気で食事を抜く人だったとは思えないよな、今のビィクティアムさん……
美味しいものは、心を豊かにする。
お腹がふくれると、人は優しくなるものだ。
怒りとか苛々なんて、なんの役にも立たない感情だからね。
食べるっていうのは生きるってことだから、沢山美味しいものを食べて幸せに生きよう。
これは人としての究極の目標であり、夢であると言えよう。
そして冬場の皆さんの食事事情を豊かにすべく、俺は
メイン料理だけでなく、温野菜サラダや豆の煮物、スイーツも沢山補充しよう。
あ、チョコ、足りないや。
カカオから作っておかなくては。
だけど、このカカオの味にはやっぱりショコラ・タクトは合わないから、別の物にしようかな。
いっぱい作って自販機がパツパツになるほど補充し、刺身の盛り合わせを用意してビィクティアムさんの家に行く。
ふっふっふっ、今日の刺身には蟹も入っているんだぜ。
鮪、旗魚は漬けも用意して、金目鯛、鰆も刺身にしちゃった。
鰊も新鮮なので刺身にもってこいですよ。
まだまだ在庫は沢山あるから、冬の間にいろんな料理が作れるな。
俺も一緒に食べるつもりで、二皿用意した。
勿論、ごはんも炊いて、醤油に山葵!
完璧ですよ。
春になる頃には俺の仕込んだ醤油もできるから、その時はまた旨い魚が届くと良いなー。
密談には『料亭』ってイメージだけど、刺身盛りデリバリーでちょっとそんな気分だ。
方陣門のこと、いろいろ教えてもらわなくては。
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