第271話 今の方陣魔法
「ご注文の品だよ」
工房側にまわってもらって、俺は『柄だけ』の『光の剣』を渡す。
案の定、何言ってやがる? って顔になる。
こいつ結構、表情豊かだなぁ。
「まあまあ、慌てるなよ。使い方を説明するからさ」
その柄の一部に奴の指を当てさせて、魔力を流せ言うと怪訝な顔をしながらも言う通りにする。
柄が少し青く光り、無事に魔法は発動した。
「これで、この剣はあんた専用になった。今、親指で触っている辺りを強く押してみて」
親指で強く押し込む事で刀身が現れる。
これが第一段階のスイッチ。
「こ、これ……光?」
「そう『光の剣』。これは、実体を斬る剣じゃないから」
「どういうことだ?」
「この光の剣身が届く範囲で敵を一度斬ると、痛みだけを与える。同じ敵を二度斬ると、麻痺する」
俺は、目を白黒させているそいつに『光の剣』の使い方を説明した。
手を放したら刀身が消え、柄はベルトに付けるこの吊り下げ金具に戻ることも教えるとやたら吃驚していた。
「他のやつには使えないってことか?」
「その通り。あんただけしか使えないし、物理的な切替方式だから余分な魔力も要らない。本当は光らせなくてもいいんだけどさ、この方が格好いいかなって」
呆れたように笑われたが、小さい声で、なんとなく解る……と呟いていたのは聞き逃さない。
そう、こういうアイテムには、浪漫が必要なのだ!
この光は三段階に調節できる。
一度押し込むと、普通の長剣程度の長さ。
二度押し込むと、剣身が細くなるが長くなって槍みたいな長さになる。
三度目には剣身は長剣に戻るが更に明るく幅広くなり、明るいほど斬られた相手は痛みが増し、麻痺も強くなる。
ちょっと実践で……自分の身で、試してもらおう。
「剣身の、一番明るさが薄いところで自分の腕を切ってみてよ」
俺がそう言うと、怪訝そうな顔をしながらもおそるおそる光の一番薄い外郭を、左腕に触れさせた。
結構痛かったのだろう、びくっと左手を動かし、本当に傷がないことを何度も確認していた。
おっと、人に使う時の注意事項も言っておかないとな。
こいつの剣は『対魔物用』なので、後から作った俺の物より痛みを強く感じる設定なのだ。
「あんまり痛すぎると死んじゃう人もいるから、一段目でも人間に使うなら腕とか足だけにして、頭とか胴体を切っちゃダメだよ。三段目は魔物でも昆虫類とか、めちゃくちゃ強い敵だけにしてね」
「怪我もしていないのに、死ぬのか?」
「うん。人の心は弱いからね。痛いってことに心が耐えられなくなったり、致命傷を負ったと思い込むだけで命を手放してしまうこともあるんだよ。まぁ、魔物は平気だと思うから『不殺の迷宮』では問題ないと思うよ」
痛いと思うだけで、人は死ぬ。
心が、感情が命を手放したら、簡単に死んでしまうのだ。
何度も剣身を出したり消したりして試しているこいつの手袋に『方陣』が付いている。
これが『今』の時代の『実用的な方陣』なのだろう。
「気になっていたんだけどさ、あんたのその手袋の模様って『方陣』だよな?」
「ああ、俺の魔法は【方陣魔法】だけだからな」
「それはなんの方陣なの?」
「強化だな。俺はあんまり力が強くねぇから、剣を振り続けるのがきついんだよ」
おいおい……それじゃあ全然、腕が鍛えられないじゃあないか。
道理で剣を扱うにしては、筋肉ないなぁって思うような身体だったわけだ。
「あんた、ちゃんと剣技を習ったことないんだな? 腕の強化をしたって、剣技は巧くならないぜ? むしろ逆効果だ」
「は? 逆効果……?」
きょとんとした顔をしている。
うーん、やっぱりこの世界では、筋肉理論は確立されていない。
まぁシュリィイーレの衛兵隊も知らなかったくらいだから、冒険者が知っているわけもないか。
「それだとあんた自身は、筋肉をろくに使ってないってことだ。それじゃ筋力は上がらないし、むしろ衰える。筋力がなくなると剣に振り回されるだけで、剣技技能は全く上がらないよ」
「おまえ……剣も使えるのか?」
「いや、これは衛兵隊に教わったことだよ。新人騎士が訓練に来るくらい、この町の衛兵隊は強い。彼らが腕や背中につけている魔法は強化じゃなくて『回復』だよ」
そう。
衛兵隊の上着には『回復の方陣』が描かれているのだ。
強化したって、自身は強くなってはいない。
身体をちゃんと作り、体力を高めるのであればかえって【強化魔法】は邪魔になることの方が多いのだ。
こいつみたいに常に両手を【強化魔法】で動かしているなら、その魔法が切れた時にまったく動かなくなってしまうだろう。
俺がそのことを伝えると、呆然としたように両手を見つめていた。
そして、この『方陣』も……
「ついでに、方陣自体も全部見直した方がいいと思うよ? その『強化の方陣』も結構無駄が多いし」
「無駄?」
「余分な言葉や文字が沢山入っている。それだと文字数の分、魔力が要るから効率が悪い。もっと簡単に、端的に方陣を組む方がいい」
方陣を写させてもらって、組み直していく。
この方陣は元々、古代文字で書かれていたのだろう。
青い文字で見えている古代文字と、現代文字が両方が書かれている。
しかも全く同じ意味の、重複した文章だ。
その上、なんの方陣か解りにくくするためなのか、文字でないものを文字であるかのように入れ込んでいる。
これと……これも要らない。
ああ、文字じゃなくても邪魔な飾りとかあるなぁ……
現代文字があるなら、古代文字は全部要らない。
でも、訳文が下手すぎる。
ちゃんと訳したもので書き替えてやろう。
おそらくこいつの使っている方陣は、全てこんな感じなのかもしれない。
文字じゃないものの一覧表、書いておいてやろう。
それを抜くだけで、少しはブラッシュアップされて効率のいい方陣になるはずだ。
できあがった方陣は結構シンプルだったので、不審に思ったみたいだ。
試しにその方陣に左手で魔法を通しながら、右手で小さめの石を握ってみろと言ってやらせてみた。
バキッ!
やつの掌で、石が割れた。
粉々とはいかなかったが、五つくらいの破片になった。
「うん、力がちゃんと伝わるようになったね」
いい具合に無駄が省けたな。
本来はこのくらい、力が増すのだろう。
「今までのものは古い言葉で作られていたものに、今の言葉を付け加えただけなんだよ。同じ意味の言葉の重複は、ただの無駄でしかない。その訳もあまり上手くないみたいだし」
「でもよ、みんなが使っているのはこれだ。これしか……知られていない」
こいつ、自分の魔法を全然研究していないのかな?
「あんたさ、自分の魔法、好き?」
俺はそいつに聞いてみたが、なんでそんなこと聞くんだ? とでも言いたげな顔を見せただけで、答えてはくれなかった。
「折角貰えた自分の魔法と技能なんだからさ、好きになったらもっと知りたくなると思うよ。そうしたら『視えて』くるよ。本当に必要なものが」
「おまえは【方陣魔法】も使えるのか……?」
「いや、今日初めてちゃんと見たよ『方陣』の実物。魔法に関することだから、ある程度の知識として知っていただけ」
俺が知ってるのは極大方陣とか、前・古代文字時代の突拍子もないことしちゃう方陣だけだからね……
ちゃんと実用化されている現代版は、ほぼ初見ですよ。
方陣魔法師かと聞かれたので、違うと答えるとこれまた、はぁ? みたいな顔しやがる。
「自分にできない魔法なんて、なんで知りたいんだ?」
あ、なるほど……実践ベースのことしかやってこなかったから、その他の魔法自体をこいつはよく知らないのか。
知りたいとも思わないものなのかな?
「うーん……それは、考え方の相違だなぁ。俺は、欲張りなだけかもしんないし」
「欲?」
「俺は『魔法』が、好きだからね。自分のも他の人のも、知りたいことは沢山あるんだ。本があれば読みたくなるし、知らない魔法を持ってる人がいたら、話を聞きたくなる」
ちょっと考え込むようなそいつの後ろの窓に、ちらり、と白い影が舞った。
お、ヤバイかもしれない。
これは降り出したら……この寒さだと積もるか、凍るな。
「俺は『方陣』に疑問を抱いたことなんてなかったし、読もうなんて思ってもいなかった」
「少し、興味出た?」
「……他のものにも無駄があるって言ってたな?」
「ああ、見たいけど……そろそろ、雪が降り始めるよ。冬の間ここにいるならいいけど、移動するなら、今のうちかもよ?」
そう言うとかなり焦っていたので、やっぱり雪の前に移動したいのだろう。
引き留めちゃって悪かったな。
要らない文字の一覧表を渡しておけば、方陣の見直しを自分でするかな?
あ、もしまたここに来るなら、その時の注意事項を裏に書いておいてやろう。
この町に『方陣門』でいきなり入ってきたら、間違いなく逮捕されちゃうからな。
「見直したいなら、これをあげるよ」
「え? なんだ、これ……?」
「方陣に書かれていたとしても全然意味のない文字の一覧表だから、あんたの方陣からこの文字を抜くだけでも、かなり効力が変わってくるはずだよ」
「助かる……金とか、いいのか?」
「じゃあ、今度来る時に『不殺の迷宮』で拾った鉱石とか持ってきてくれればいいよ」
「魔法師の情報が、石っころでいいのかよ?」
「うん。俺には、価値のあるものだからね」
こいつなら絶対に、持って来そうな気がする。
俺の知らない『迷宮』の石、ちょっと楽しみに待たせてもらおう。
慌てて出て行ったけど……雪は結構、激しくなってきた。
これはレーデルス行きの馬車、早めに出てしまうかもしれない。
ちょっと足止めしておいてやるか。
俺は転移で、馬車乗り場のある紫通り東側、東門通りへ移動した。
衛兵宿舎の隣のブロック、市場近くにある駐車場にはもう一台だけしか止まっていない。
間に合った。パドックスさんの乗合馬車だ。
御者のパドッグスさんもうちの常連さんだが、家はレーデルスだ。
だからこれが出てしまったら、今年の冬はきっともう乗合馬車はシュリィイーレには来ないだろう。
それに既に道は凍っていて、今日だっていつもより時間がかかるかもしれない。
「ごめん、これが最後のレーデルス行き?」
「ああ、そうだよ、乗るのか? タクト」
「俺じゃなくて、うちのお客さんが今こっち向かってるんだ。ちょっとだけ待っててもらえる?」
「仕方がねぇなぁ……あんまり長くは待てねぇぞ」
「ありがとう! あ、これでも食べて待っててよ」
俺は焼き菓子の袋をパドックスさんに渡して、ちょっとだけ時間を稼いだ。
あ、来た来た。
「あいつだよ。あの焦げ茶の髪のやつ」
「おー、判ったよ。よかったぜ、早めに来てくれて」
「それじゃあ、また来年ね、パドックスさん」
「おーう、またなぁタクト」
俺が馬車の側を離れ、あいつの視界に入らない所まで移動する。
あいつが乗り込んですぐ、馬車は東門からレーデルスに向けて走っていった。
変な冒険者だったな。
あいつが『不殺の迷宮』を踏破したとしたら、ニュースになったりするのだろうか。
あ、あいつの名前、聞き忘れた。
まぁ、いいか。
俺は上着も着ずに外に出たことを今更思い出し、すぐに家に転移した。
雪は激しさを増し、あっという間にシュリィイーレを白く染め上げる。
食堂にいたお客さん達は全員ご帰宅済らしく、誰も残ってはいなかった。
食堂の入口を閉め、物販スペースにだけは入れるようにしてあるがこの雪では誰も来ないだろう。
そしてその時、待ちに待った朗報がもたらされたのである。
〈殿下達は無事王都へお戻りになり、教会方陣門の冬季閉鎖が完了致しました!〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます