第270話 方陣門閉鎖作戦、発動

 目を覚ましたら、そろそろ朝ご飯の時間だった。

 多分、三時間くらい眠っただけだが、とてもスッキリしている。


「おはよう、父さん」

「おまえ、また夜更かししていただろう?」

「ん……ちょっと頼まれ物、作ってて」


 父さんの眉がぴくっと動いたので、俺はへらっと笑いながら言う。

「衛兵隊じゃないよ。昨日、父さんが留守の時に来た人から、作って欲しいものがあるって言われて、面白そうだったから請け負ったんだ」

「何を頼まれたんだ?」

「『殺せない剣』」

「……は? なんだそりゃ?」

「ね、面白いでしょ? だから、引き受けちゃった」


 まったくおめぇは、変なもんばっか……と言いながらも、どんなものができたのかは気になるみたいだ。

「後で、見せろや……殿下の件が片付いたら、な」

「うん」

 勿論、今日のショコラ・タクトを持ち帰らせるミッションは、父さんにも母さんにも教えてある。

 必ず俺が、手売りで渡したかったから。



 ランチタイムが始まる少し前から、外の気温がぐっと低くなり雲が厚くなってきた。

 そろそろ今年は雪が来そうだ。

 例年より、積もるのも早いかもしれない。

 これはなんとしても今日、殿下達に帰ってもらわなくては。


 雪が積もってしまったら教会へ行くことはおろか、家から出ることだってできなくなるシュリィイーレの冬を、絶対にあの人達は舐めているのだ。

 無理矢理外に出て何かあったら大変だし、何もなくたって彼らに対応しなくてはいけない衛兵隊が大変すぎる。


 昼、パラパラとお客が入ってくる。

 早めに衛兵隊員達もやってきて、万全の態勢を整えていく。


「いらっしゃー……あれ? 昼過ぎって言わなかったっけ?」

 そこに……あの『冒険者っぽくない冒険者』が現れた。

 ……早くね?


「いや、飯を食いに来た」

「あ、そうなんだ。じゃあ、こちらの奥へどうぞ!」

 衛兵隊も彼の存在に気付いて、少々空気が緊張する。

 相変わらず帯刀はしていないし、嫌な雰囲気も感じない。

 こいつは、多分大丈夫だ。


「この時間だと、お菓子はまだだよ」

「そうなのか……でも、食事だけでも先に食いたい。市場を歩いてきたんで腹が減ってて」

「なんにもなかっただろ?」

「干し肉だけ買ったよ」

「ははは、賢明だ」


 他愛ない会話をする。

 普通の客と同じように。

 今日はシシ肉の香草焼きとじゃがバター、菠薐草のソテーだ

 こいつ、食ってる時はすっごく笑顔だな。


 どうやら、昨日買った保存食を気に入ってくれたみたいだ。

 俺が旨かっただろう? って言ったら、素直に思いっきり頷くもんだからおかしくって笑ってしまった。

 今日もパンを四個、しっかりおかわりして食事を楽しんでくれている。

 その姿を見て衛兵さん達も安心したみたいで、食堂内は和やかな雰囲気に戻った。



〈只今、殿下が南・青通りに入りました!〉

 通信が入り、衛兵達から小声で頼む、と告げられた俺は物販スペースへと移動した。

『今年最後のショコラ・タクトお持ち帰り分』の販売スタートだ。

 そして店内は全ての席が埋められ、殿下達には席に座る前に土産分を買ってもらう。

 そうすれば売り切れはないし、あわよくば食事をせずにそのまま帰るかもしれないからだ。


〈食堂前に着きました。よろしくお願いします!〉


 扉が開き、三人が入ってきた。

 満席の食堂内を見渡している。

「今満席だから、よかったらこっちで座って待っててください」

 そう声をかけると、びくっとして……おそるおそる物販スペースへとやってきた。

 そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。


「あ……ショコラ・タクト、ですね?」

 ハウエサスが声を上げると、殿下が振り向く。

「こ、これは……持ち帰り用なのか?」

「ええ、今日は持ち帰りだけですね。今年のショコラ・タクトは、これが最後なので」

「えっ! さ、最後……?」


 俺は過剰に笑うこともなく、かといって無視するでもなく対応する。

 そこに外から衛兵さんがふたりやってきた。


「おーっ! 間に合った! タクトくん! ショコラ・タクト、三個ずつね!」

「はーい。すみませんね、今回は購入制限付けちゃって」

「仕方ないよ。カカオからショコラにするのに、時間が掛かるんだろう?」

「そうなんです……次にできるのは、来年かなぁ」

「じゃあ、今日、買っておかないとな!」

「間に合ってよかったぜ」


 そのやりとりを脇で聞いていた三人は、慌てて自分たちにも三個ずつ、と買ってくれた。

「ありがとーございまーす」

 おざなりにお礼を言って、三人の会話に聞き耳を立てる。


「間に合ってよかったですな。これで、今年はもう作らないとは……」

「わたくしも父に頼まれておりましたので、買えてほっとしました」

「では、早めに戻りましょう。寒くなって参りましたし、天気も崩れそうです」

「そうだな。一度、帰るとしよう」

「このまま向かいますか?」

「ああ。そうしよう。さすれば夕方には、戻ってこられるだろう」


 この会話を聞いていた司令室は、きっと迅速な対応をするに違いない。

 戻ってこられては敵わない。


 殿下達は昼食を食べずに出ようとしたので、ちょっとだけ引き留める。

「ああ、そのままだと持ちにくいでしょう? まとめて大きめの袋に入れますよ」

「おお……それは助かります」


 殿下達が店内に振り向いた時、表を幾人かの衛兵達が走っていく姿が見えた。

 多分、ビィクティアムさんも教会に向かっていて、殿下達が方陣門をくぐった直後に閉鎖する手筈だろう。


「はい。どうぞ。お気を付けて、お持ちくださいね」

 そういって詰め替えたケーキを渡すと、殿下達はケーキを崩さないようにゆっくりと歩き出した。

 ……大丈夫なんだけどね、ずれないようにしてあるからさ。


 扉が閉まり、殿下達は教会へと向かう。

 食堂にいた衛兵達は全員、教会方面へと移動していった。

 俺が協力できるのはここまでだ。

 後は……朗報を待つとしよう。



「では、みなさーん、今日のお菓子は、ふたつから選んでもらえまーす」

 そう言って、予定していた蜂蜜ケーキとショコラ・タクトのどちらか好きな方を選んでもらえるようにした。

 わぁっ、と女の子達が声を上げ、遅めの昼食に入ってきたおじさん達もショコラ・タクトなら食べよう、と言ってくれた。


 その雰囲気にちょっと吃驚したのか、若干挙動不審気味だったあいつにもショコラ・タクトを出した。

 やっぱり、旨そうに食うんだよな。

 依頼された物を渡すと伝えた時に、保存食を買い足したいと言うからクッキーとサブレの詰め合わせも勧めてみる。

 こいつ、絶対に甘党だ。


「昨日は売り切れちゃっていたけど、今日はまだ焼き菓子の保存袋入りもあるよ? どうする?」

 そう言ったら、なんか悔しそうな顔をしたが、買うよ……と言って、なんと十袋も買っていった。

 なるほど、照れ隠しか。


 レトルトも大量買いしていたのでどれくらい迷宮に潜るんだと聞いたら、早くて十五日、長ければ一ヶ月以上と聞き、俺には絶対に無理だと苦笑いをした。

 何が楽しくてそんな所に行くのか、俺にはさっぱりだが……

 きっと、迷宮にある『魔具』なんてものの中には、とんでもないお宝もあるのだろう。


『一攫千金』

 それに命を賭けられるっていうのも、ある意味スゲェなって思ってしまった。

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