第269話 不殺の剣

 やっとチョコレートがいい感じにスポンジに染み込んだ頃には、もうすぐ夕食という時間になっていた。

 夕食には……殿下達は来なかった。

 ばつが悪くて、顔を出せないのかもな。

 いや、保存食を食べたかっただけ、とか?

 音声を聞いているとまたムカつきそうだったので、ずっと切ったままだ。

 怒っていたら美味しいお菓子が作れないかもしれないし、今日のところは何も聞かずにいよう。



 そして、食堂は閉店、俺達も食事を終えて明日の準備だ。

 とにかく、先にショコラ・タクトを作ってしまおうと、俺は厨房に陣取った。

 チョコレートのテンパリングをしながら、俺は『殺せない剣』を考えていた。

 手元でチョコレートが艶を増していく。


 剣……でないとまずいのかな?

 あ、あいつの技能が剣なのかもしれないな……とすると……


 テンパリングを終え、スポンジに杏ジャムを挟みクリームを塗り終わったケーキに掛けていく。


 そもそも、迷宮って狭いんじゃないのか?

 太刀を振るえるほどの広さのある場所ばかりじゃないんだろう?

 前に、ライリクスさんが教えてくれた時は『魔物が作る蟻の巣』みたいなものだって言っていたはずだし。


 チョココーティングを終えたら、ドライフルーツを上に飾り付ける。

 そして冷暗所に移しこのまま、ゆっくりと冷やし固める。

 十個ずつしかできないので、すぐに次の作業。


 剣身を何で作るか……狭い場所でも対応できるように、サイズを変えられるものにするか?

 いや、短くした時に接近戦になりすぎるのは、かえって危険だ。

 殺せないってことは、反撃のチャンスを与えてしまうってことだし。


 チョコスポンジに杏ジャムを挟んで、クリームを塗って成形。

 再びチョコのテンパリングを始めた。


 不殺の迷宮にいる魔物がどんな特性があるのかもよく判らないのだから、接近戦前提はかなり危険だ。

 それに、血や体液に毒がある魔物だって多い。

 ならば傷つけずに気絶させる方法……剣で?

 物理でぶん殴っただけで、死ぬ魔獣だっているだろう。


 脳震盪のうしんとうだけ起こす武器とか?

 いや、そもそも『脳』のある魔獣とは限らない。

 プラナリアみたいに、切ったら増えちゃうやつだっているかも。

 電気?

 いや、加減によっては殺しちゃう。


 極々微弱な電気ならいけるか?

 痺れさせるとか……あ、麻痺ならできるかな?

 一発で麻痺が入って動かなくなったら殺したのか動かなくしたのか判らないから、覗き込んで確認しようとしたりするんじゃないか?

 それってめちゃくちゃ危険だよな。

 まずは牽制できて、確実に殺したのではなく、麻痺させたと判るようにする……


「あっ」

 いかん、テンパリングしている時は手元から目を離してはいけなかった……

 ちょっと撥ね溢してしまった。


 なんとかチョコ掛け作業とデコレーションを終えて、ショコラ・タクトを四十個ほど作り終えた。

 よし、あとは温度管理をしっかりした場所に置いておけば大丈夫。

 部屋に戻って、剣作りに入ろう。

 窓の外は真っ暗だったが、冬の風がすっかり葉の落ちた窓際の木の枝を揺らしているのだけが見えた。

 明日は……かなり寒そうだな。



 俺は机の前に座り、考えをまとめていく。

 物理では、魔物に触れないこと。

 だけど、確実に相手をひるませ、逃げるように仕向けるか動きを止めること。

 狭い場所で問題なく使えること。


 ……よし。

 ここは……俺の中二病も併せて満足させられる『光の剣』を作ってみよう!

 そう、剣身は『光』である。

 本当は空気だけでもいいんだけど、光として目に見えた方が判りやすいし……なんか、格好いいじゃん?


 壁にぶつからず、物理では相手に触れず、だけど触れたことが解り、狭くて暗い場所でも剣身が何処にあるか見失わない。

 剣自体が明るければずっと出したまま警戒していられる上に、照明系の魔法もいらないし燈火などを持ち歩かなくていい。

 ずっと明るいということで、魔獣をおびき寄せてしまうかも……とも考えたが、その場合は刀身を消せばいいだけの話である。


 しかも『光』なのだから、重さもない。

 相手の身体に触れてもこちらに一切負担が掛からず、通り抜ける。

 そして、光量の調節で長さを変えたり、威力を調整できたりするわけだ。

 俺が作ろうとしているのは『切れないビームサーベル』である。


 切るのではなく、痛みを与えるだけ。

『痛み』はビビらせるにも、足止めにも有効だ。

 だが、昆虫などのように痛みを感じにくい生物もいるはず。

 そういう相手には『二撃』以上入れる。

 一撃目は『痛み』を、二撃目以降は『麻痺』を与えるようにするのだ。


 小さな羽虫のようなものから、大きなほ乳類や爬虫類のような魔獣まで、全てにこの条件が当てはまるように魔法を組んでいく。

 光は幅を広げることも、細くすることもできるようにしておこう。

 切替スイッチはいちいち魔力を通さず、物理で使えるようにしようか。

 あいつの魔力量知らないし、迷宮ってどれほど魔力が要るのか判らないからなぁ。

 この剣自体も、魔効素吸収ができるようにしておいてやろうかな。


 剣の『柄』だけを作って、対の留め具を使ってベルトに引っかけられるようにしておこう。

 剣身がないから見た目には全然剣に見えない、ただの『短い棒』。

 スイッチを入れたら、つばと剣身が現れる。

 敢えて光を『剣』の形にしたのも、勿論俺の中二病の賜である。


 魔力登録をしておけば使える者を限定できるし……そうだ、手から離れたら剣身が消えて、自動で腰の留め具に戻るようにしておこうか。

 ……なかなかの親切設計じゃないか?


 これ、衛兵隊が持っててもいいんじゃないかな?

 シュリィイーレでは住民を傷つけちゃいけないから、帯刀はしているけど実際に剣などは使えない。

 でも酔っぱらいとか喧嘩がない訳ではないし、この間のラウェルクさんの店で会ったような暴漢も、これなら怪我をさせずに足止めできる。


 乱暴な冒険者にだって、牽制として使えるだろう。

 町中で使うのはもっと感じる痛みを小さく、調整できるようにしておこう。

『光の剣』……なかなかよい感じでできたんじゃないかな?


 俺もひとつ持っていようかなぁ。

 ちょっとビームサーベルってのに憧れはあるのだ。

 俺のは『剣』じゃなくて、SFチックなサーベルにしようっと。


 作り終わってぐーっと身体を伸ばし、息を吐く。

 窓の外はまだ暗い。

 徹夜にはならなかったみたいで良かった、と思いながらちょっとだけ眠ることにした。

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