第268話 変な冒険者からの依頼

 殿下達が食堂を後にしてほんの半刻……だいたい一時間後、まだランチタイムの忙しさの残る時間に朗報がもたらされた。

 イヤホンでビィクティアムさんの指示を聞いた時には、小躍りしそうになるのを抑えるのに必死だった。


 衛兵隊のゼオルさんも伝えに来てくれたので、思いっきり喜びを伝え明日は必ずショコラ・タクトを用意すると固く約束をした。

 あ、いけね。

 チョコのストックが全然ないぞ。


「あの、もし明日の昼に殿下達が早めに来ようとしたら、ちょっとだけ引き留めてくださいませんか?」

「どうしてだい?」

「実は今、カカオを切らしていて、昨日届いたものをこれから仕込みます。もしかしたら、明日の朝までには間に合わないかもしれないので、早く来られると都合が悪いのです」

「うむ……間に合わないのはまずいな。よし、なんとか昼時間の最後の方になるように誘導しよう」


 カカオは魔法で直ぐにチョコレートにできるのだが、ケーキは冷やし固める時間が必要なのだ。

 とくに妃殿下の好きな濃厚なタイプのショコラ・タクトは、しっかりチョコをスポンジに染み込ませてからゆっくりと冷やし固めて仕上げないと口当たりが悪いのである。


「ショコラ・タクトの販売は明日が今年最後だ……とでも言ってくだされば、絶対に時間を合わせて来ると思いますので」

 ゼオルさんと、一緒に来ていたアムンゼルさんにそうお願いしてなんとか調整してもらうことにした。

「判った! 急がせて悪いが、頼むよ」

 ふたりが通信をしながら走って戻って行く後ろ姿は、もの凄く軽快だ。

 ぬか喜びにしてはいけない。



 俺は食堂を母さんにまかせ、すぐにカカオからチョコレートを作る。

 魔法でチョコレート自体はあっという間にできあがるのだが、今回はカカオ豆ではなくカカオポッドで届いているのだ。

 だから取り出す作業などは自動化されていないので、そこはちゃんとやらなくてはいけない。


 先ずはこの殻を割り、カカオパルプから豆を取り出す。

 カカオパルプも時間がある時に加工して使おうと、劣化防止容器に入れて保存しておく。


 スポンジは……あ、スポンジは作り置きがあったぞ。

 よし、今回はこれで間に合わせよう!

 セラフィラントからの牛乳で、クリームも大丈夫だ。

 杏のジャムも問題ない。

 でも、数量は沢山は作れないな。

 限定販売にして……ひとり、三個までの制限を付ければ大丈夫かな。


 そしてカカオニブを砕きながら味見をして、なんだかいつもと違うな? と手を止めた。

 うーむ……これでは今までのショコラ・タクトとは全く違うチョコレートになってしまう。

 そっか、市場で買ったやつとか、今までのはディルムトリエン公国からの輸入品が混ざってたからか。


 カタエレリエラのカカオだけだと、ベリー感が強くて、酸味があるんだ。

 しょうがないな……ショコラ・タクトにするためには、もっと苦味が勝つように調整しなくては。

 魔法を使う工程を追加して【複合魔法】を組み立てておかなくちゃ。



 何とかチョコを染み込ませる準備までやって、次は染み込みが完了してからの作業だ。

 一息ついて、俺が食堂に戻ったのは、そろそろスイーツタイムが始まろうかという頃。

 今日は風も弱くて陽も出ているということで、女の子達も結構来てくれている。


 そして、さっき、殿下達が明日にも帰るかもという喜びのあまり忘れていたが、オルフェリードさんからの通信で言っていた『冒険者』らしいやつが……やってきた。

 しまった、その後の位置情報の通信を聞いていなかった。

 きっとこの時期は開いている店が少ないから、うちまで辿り着いてしまったのだろう。


 店の前で少々中を覗き、確かめるようにして入ってきた『こげ茶の髪・赤い眼』の男。

 でも、思っていたより温厚そうで、一見すると冒険者っぽくない。

 ……本当に、帯刀していないんだな。

 こういう聞き分けのいい冒険者、初めてだ。


「いらっしゃーい。あいてる所に座ってー」

 俺が声をかけると、キョロキョロと見回して端の方に座った。

 なんか、真ん中開いてるのに壁際とか端っこに座っちゃうのって……ちょっと日本人っぽい。

 うん、こいつは全然嫌な感じもしないし、まったく黒い靄とかも見えないから姿を偽ったりもしていないみたいだ。


「食事、だよな?」

 ココアプティングを食べる女の子達を見ていたので、一応確認するとちょっと迷っているみたいだった。

「食事とあの……菓子も」

「はいはーい」

 そうか、食事の量が解らないもんな、初めてだと。

 それでちょっと躊躇していたのかもしれない。


 今日のメニュー、イノブタの赤茄子煮込みと帆立の揚げ物を出すと凄い勢いで食べてる……

 そうか、森を抜けて来たって言ってたっけ。

 腹減ってるんだなー。

 背もそんなに高くないし、あんまり筋肉付いてる感じでもない。

 方陣魔法師って、強い魔法が使えるんだろうから体力要りそうなのにな。


 ついつい、自分以外の魔法師が珍しくてじろじろ見てしまった。

 スイーツを出した時に、これはなんだ? って聞いてきたので説明したらなんのことか判らないって感じの表情だったけど、旨そうに食べてくれている。

 こいつ、やっぱ、全然冒険者っぽくないなぁ。

 今までが酷すぎただけで、本当はこういうやつの方が多いんだろうか。


「なぁ、この辺に……食料の買える市場はないか?」

 そう聞いてきたので、もうこの町の市場ではろくな食料は買えないと言ったら、もの凄くショックを受けていた。

 そっか、手持ちを食べ切っちゃったんで買い足したかった訳か。

 うーん……この季節にシュリィイーレに来るのが間違いだよ。


「ガ……スxxタにはろくな情報がなかったんだよ」

「……? ……あっ『ガウリエスタ』って言ったのか! 悪い、聞き取れなかった」


 彼の言葉は、少し地名などが聞き取りづらい。

「この国の言葉は、発音が難しくてよ……」


 イスグロリエスト皇国の言葉はこいつの出身国とは根本的に発音が違うのだろう。

 イントネーションがちょっと違う。

 彼は慣れないイスグロリエスト公用語で話しているのか、地名の発音が聞き取りづらい。

 俺の自動翻訳でも『間違った音』までは判らないのだ。


「これでも随分マシになったんだ。地名は……特に言いにくいんだよ」

「そうだよな、確かに地名は独特だからな」


 話を聞くと、どうやらガウリエスタではシュリィイーレの情報など殆どなかったようだ。

 そりゃそうだ。

 ガウリエスタとイスグロリエスト皇国はウァラクで国境を接しているとは言え、殆ど行き来はしておらず入国審査も厳しいと聞く。

 しかもアーメルサスと交戦状態に入っている国と友好的な国交を持つほど、イスグロリエスト皇国はガウリエスタに魅力を感じていないのだ。


 そしてやはり、食料が底をついているらしい。

 なので、うちの保存食をお勧めした。

「袋を開けてそのままでも食えるけど、開ける前にお湯に入れて少し温めるともっと旨いよ。ひとつ五百で五種類有るけど、どう?」


 どうもこの国の貨幣は手持ちが少ないようなので、その他のものでも良いと言ったら『迷宮で採掘した石』を出してきた。

 おっ!

 これは、なかなか良いものを持っているじゃないか!


 ニッケル、タングステン、バナジウムが含まれている物もある。

 おおおっ!

 白金プラチナも入っているじゃないか!

 迷宮って、とんでもないもん眠っているんだな。

 錆山レベルかもしれない。


 これは物々交換というより、ちゃんと代金を支払おう。

 俺は適正価格で支払ったつもりだったのだが、こんなに高くていいのか? と何度も聞かれた。

 こいつ、欲がないんだな……

 好感が持てる。


 その上かなり多めに保存食を買ってくれたので、袋だけじゃなくてスプーンとフォークもおまけに付けた。

 迷宮内で食べるって言っていたから、あった方がいいだろうと思って。

 大きめの袋に入れて渡したら、その場で【収納魔法】でしまい込んでいた。


「おお、【収納魔法】使えるのかぁ! 初めて見たよ、しまう所」

「旅をするには便利だ」

「旅かぁ……俺はこの町から出たくない方だから気持ちは解らないけど、楽しいのかい?」

「楽しいことも、嫌なこともある」


 まぁ、そうだよな。

 至極真っ当な答えが返ってきて、何かおかしくなってしまった。

 だって大概の旅好きなやつって、絶対に旅はいいものだ、旅をすることこそ喜びで旅にこそ出逢いがある……なんて言うやつが多いんだ。

 ひとつの町で暮らすことを不幸だと決めつけられなかったのは、もの凄く嬉しい。


 そして父さんの工房への案内を見つけたそいつは、工房のカウンターの方へと入っていった。

 あ、今日は父さん、鍛冶師組合に行ってていないんだった。

 俺は裏から工房側にまわった。

 ははは、変な顔してこっちを見てる。


「あんた、食堂の店員じゃねぇのかよ」

「父さんが外している時は、俺がこっちもみるの。魔法師だからね、俺は」


 どうやら剣の修理を頼みたかったようだが……すまん、うちは日用品専門だ。

 他の工房もこの時期は午後に開いている店は殆どないと教えたら、かなりがっかりしていた。

 森を抜けて来られたのもどうやら剣の腕もそこそこあったから、魔獣も何とかなったのだろう。


「解った。修理は明日、持っていくよ」

「うちで見てあげられなくて、ごめんな。俺、武器って好きじゃないからさ」

「好き嫌いでやってんのか、あんたは」

「当然だろ? 俺が修理なんてしたら『絶対に殺せない剣』とかにしちゃうよ」


 冗談めいてそう言った俺に、そいつは真剣な顔で『殺せない剣』が作れるのか? と問いかけてきた。

 うーん……まぁ、作れるっちゃ作れる、と思う。

 そう答えると、がっ、とカウンターに乗り出すように顔を近づけて叫んだ。


「作ってくれ! その『殺せない剣』が欲しくてここに来たんだ!」



 そいつは『不殺の迷宮』の話を聞かせてくれた。

 どうやらそこは、魔物を一匹たりとも殺さずに踏破しなければいけない迷宮……らしい。


「へぇ……変な迷宮があるんだなぁ。『不殺の迷宮』か」

「ああ、だけど殺さなくても退けなくちゃならない。動きを止めるとか、追ってこられないようにしないといけないんだ」

「殺さず、止めるだけ……か」


『殺さない』武器。

 警棒みたいな?

 いや、スタンガン?

 気絶させるだけか、戦意を喪失させるか。

 うん……なんか、できそう。

 ちょっと面白そうだし、相手を積極的に傷つける武器ではなく、足止めのための道具だというなら作ってみたい。


「できるかどうかわかんないけど、やってみてもいいかな?」

「頼む」


 ふぅん……本当に面白いやつだ。

 こういう冒険者ばっかだったら、嫌いにならなかったのになぁ。


「『殺さない剣』を頼む冒険者なんて、初めてだな」


 そいつはいきなり、目を剝いて振り返る。

 あ、そうか。

 冒険者っていうの、隠していた訳か。

 それにしても……あんまり笑わないやつだなぁ。

 俺が警戒されているのかな?


「安心しろって。誰にも言わないから!」

 俺は軽く肩を二回ほど叩いただけなのに、痛そうに顔を歪めた。

 なんだよ、そんなに強く叩いてないだろー?


 俺はすっかり面白くなってしまって、明日の昼過ぎに取りに来てくれと言ってしまった。

 そして、あいつが店を出た時に思い出したのだ。

 明日の昼、大切なミッションがあるということを!


 ……今夜、徹夜かもしんない……

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