第267.5話 司令室の面々と食堂から出た者達

▶司令室


 ばしっ!


「長官、お気持ちは察しますが、物にあたらないでください」

「すまんな……ちょっと頭を冷やしてくる。皆もそろそろ交代の者が来るはずだから、順次引き継いで交代してくれ」

「はいっ」


「長官もお休みください。昨日からここにお泊まりなのでしょう?」

「ああ、部屋にいる。何かあれば呼んでくれ」

「後ほどお食事を運びます」

「……ありがとう」



「……」

「長官、ちゃんとお休みになるかしら?」

「多分……無理ね。相当怒っていらしたもの」

「そりゃあ……お怒りも解るわ」


「あたし達はまだ遠くから聞いていただけで現場にいなかったから……ちょっとは冷静に聞けたけど、あの食堂にいたみんなはどう思ったかしら」

「怒っているならまだまし。でも、哀しんでいたら……」

「……だめよ、それでも、長官が皇家に仕えると決めていらっしゃるのだから」


「君たち」

「ライリクスさん……すみません、今だけです」

「解っています。溜め込むよりはマシですが、タクトくんの言葉を忘れないでくださいね」


「はい。ここで知り得たことは……絶対に漏らしません」



▶尾行班


「殿下達は青通りを南下、緑通りに入ります」

〈了解です。もう少しで交代ですから……頑張ってくださいね〉

「ああ、ありがとう……」


「チェルエッラか?」

「俺達に気を遣ってくれてるんだ。優しいな……あいつらだって聞いていただろうに」

「長官……怒ってんだろうなぁ」

「当然だ。俺も、あの後頭部をぶん殴りたくて堪らん」


「……」

「大丈夫だ。そんなことしない」

「俺達は、長官の言葉に従うと決めているんだ。あいつらがどうであろうと……長官のご判断を支持するだけだ」

「判っているが……あんな風に簡単に、他人に罪を……いや、いかんな。これは、口に出していいことではないな」

「そうだ。俺達の全てが、シュリィイーレの全てが長官の責になる。絶対に俺達が、あの方の弱みになってはいけない」



「……ほんと、早く帰ってくんねぇかな……」

「まったくだ。あんなに、味のしなかった昼食は初めてだぜ」

「俺もだ。折角好物ばかりだったのに……帆立の揚げ物、また作ってくれるかなぁ、タクト……」



▶司令室交代要員達


「おい、早く詰め所に戻らないと、交代の時間だぞ」

「おう、解ってるよ。ちょっと菓子だけ買わせてくれ」

「あ、俺も買っていこう」


「そうだよな。司令室でまた、あの方々の会話を聞いてなきゃいけないんだもんな……」

「甘いものでも食わないと、気分が悪くなりそうだからな!」


「酷いもんだったな。ああいうこと……平然と口に出せるんだな……」

「追い詰められりゃ他人を売ってでも、保身に走るってことさ」

「タクトくん、怖いもんなぁ」


「タクトの言ってる事は全部正しかったぞ。それを怖がるってことは、後ろめたいってことだ」

「正しいから、怖いんだよ。真っ直ぐにああ言われて、自らの罪をちゃんと認められるほど強い者なんて、なかなかいないぜ」

「確かに、少ないかもしれんが、貴族だからこそ、そうできなくてはいかん……と、俺は思ったぞ」


「長官なら、絶対に下の者やその場にいない他者になすりつけたりなさらない。俺達は……恵まれている」

「ああ、だからこそ、あの方々の言動も……理解できずとも飲み込まねばならん。シュリィイーレの評価が、俺達の長官の評価になるのだ」

「おまえ、真面目だな」


「……勤務中の菓子の摘み食いは……許してもらえると思うか?」

「今回は『非常事態』ってことで、認めてもらえるように嘆願しようぜ。俺も菓子なしで乗り切れる自信がない」


「よし、長官の分も買っていこう!」

「そうだな! それがいい!」

「長官が甘い物好きになってくれて良かったぜ!」



▶司令室


「おや? 長官、どうなさいました? あ、昼食はすぐに……」

「いや、部屋でこれを見つけてな。沢山あったから皆で分けるといい」


「まぁ! これ、タクトくんの所の焼き菓子ですね!」

「え、いいんですか? まだ勤務時間中……」

「構わん。あんなことを聞かされて、気分が悪くなっただろう? これからも、ああいう発言があるかもしれんからな。菓子でも食べながらでないと、やっていられん」

「長官……本当に随分と……お怒りなのですわね」

「ああ、この菓子がなかったら、机のひとつもぶっ壊していたかもしれない」


「これ、長官の執務室にあったのですか?」

「心当たりがあるのか? ライリクス」

「おそらく、副長官が隠していたものでしょうね。今までは、甘いものは長官執務室に置いておけば、絶対に誰にも食べられることはありませんでしたから」


「そういえば、私、聞いたことがあります。絶対に安全な場所があるって、副長官から」

「移動し忘れていたんでしょうね……」

「そうか、ならばファイラスに感謝して食べることにしよう。それと、今後も殿下達が帰るまでは、この部屋での菓子は許可する」


「まぁ!」

「さすが長官! 私達の気持ちを解ってくださって感謝致します!」

「あとで副長官に、お礼を言っておかなくてはいけませんわね」



▶しょんぼり三人組と司令室


「殿下達が茶通り・六番に戻られました」

「では、尾行している者はそのまま付近の警らをしつつ東門に戻れ。硝子部屋の者達は交代が済み次第、一度東門詰め所へ戻るように伝えろ」

「はい」


〈申し訳ございません……わたくしが軽はずみな発言をしてしまったばかりに……〉

〈いや、おまえにタクトのことを言ってしまったのは私だからな……〉

〈……私は、なんと罪深いことをしてしまったのだろう……〉

〈ゼオ……〉


〈我が身可愛さのあまり、何の罪もない同胞を陥れる発言……こんなにも自分が愚かで弱いとは思ってもいなかった……〉

〈ゼオレステ神司祭は、わたくしを庇ってくださっただけです。わたくしが、その嘘を言わせてしまったのです〉

〈違う、あの時、身分を明かしていれば、私がスズヤ卿のことを知っている者であると告げていればよかったのだ。虚言など吐かずに、彼に詫びていれば……〉


「おや、ゼオレステ神司祭は随分と素直に反省なさっていますね」

「そうでなくては、困る。タクトがあそこまで言って解らんようなら、ただの馬鹿だろう」


〈ゼオレステ、それを言うなら私もだ……聖神司祭の信用まで……落としてしまった……〉

〈いいえっ! 殿下は何も悪くなどありませんっ!〉


「馬鹿が……いたようですね」

「近衛の再教育は、皇后殿下にまかせるしかなさそうだな。おい、カカオの焼き菓子、あるか?」

「はい、どうぞ」


〈タクト殿も、あんな脅すような言い方をしなくてもいいじゃないですか〉

〈スズヤ卿の仰有ることは正しい。我々は身分を偽っているのだから、あの場で彼が許してくれただけでも感謝すべきなのだ〉

〈それにしたって、たかがあの程度の人数の場で……態々話を大きくして、我々に脅しをかける必要があったとは思えません!〉


 バキッ!

「長官、筆記具を壊さないでください」

「皇宮務めの近衛は、どうしてこうも……! ハーレステといい、サラレアといい、基本的なことも教育されていないのか!」


「長官、蜂蜜入りの紅茶です」

「……ああ、すまん」

「いいえ、お気持ちは痛いほど解りますわ。この部屋に菓子を収納する棚を入れてもよろしいですか?」

「ああ、大きめのものを入れておけ。あと、紅茶も飲めるように」

「はい。ありがとうございます」


〈ハウエサス! おまえは根本が解っていないのか! 人数の問題ではない! 我々が、上に立つ我々が、規範を破ってしまったこと自体が問題なのだ! スズヤ卿は我らが貴族と解っているからこそ、あのように仰有ったのだぞ!〉

〈うむ……タクトは、元々かなり厳しく、貴族としてのありようを学んでいる。あの話は決して大袈裟ではない。本当に司祭や聖神司祭が、聖魔法師のことを臣民に話してしまっていたら……内々の審問会などではなく、陛下の臨席する大々的な裁判として裁かれることとなろう〉

〈そ、それほどの、こと……なのですか?〉

〈ああ、聖魔法師に対しての全ては……全貴族達の安全と尊厳に関わる。タクト殿は全て解っていて、我らを見逃したのだ〉


「……安心しました。殿下まで馬鹿なことを言いだしたら、どうしようかと思っておりました」

「それでも、まだ甘い。ゼオレステ神司祭ほど、真剣に捉えてはいないだろう。どこかで他人事のように感じているから、平気でハウエサスに諭すようなことが言えるのだ」

「手厳しい」

「当然だ。皇族は、最も厳格でなくてはならない」


〈で、では、もしも、タクト殿が訴え出たら……〉

〈我々全員も、その裁判に出ねばならぬだろうな。そうなれば身分と姿を偽っていることを問われ、直轄地であるシュリィイーレに害をなそうと入り込んだと疑われても仕方がない状況になる〉

〈その時は、殿下であると明かせば……〉

〈ではその殿下が、偽りの姿でシュリィイーレにいたことをどう説明するのだ? そして殿下と聖神司祭である私のふたり共が、聖魔法師に害をなしたと解ったら……貴族達だけでなく、臣民からも皇室と教会の信用がなくなるのだぞ? 絶対にそんなことはできん!〉

〈そ、そうだ……絶対に、言ってはならぬ〉


「殿下の声色が変わりましたね」

「やっと直裁に迫ったのだろう。遅い」

「長官、飴菓子もございますので、どうぞ」

「ん……」


「なかなか良い間合いですね、アデレーナ」

「これ以上、備品を壊されたくないだけですわ」


〈殿下、私は……これ以上ここにいるのは、良いこととは思えません……我らがこの地で過ごすことは、我らに与えられている責務とは、かけ離れているように思います〉

〈ゼオレステ神司祭、貴殿がいてくださらなければ教会の方陣門が使えぬ。今暫く待ってもらえぬか!〉

〈……畏まりました。では、次に戻る時まで。その後、シュリィイーレには他の方とお越しください〉


「どうやら……途中で一度は王都に戻るようだな」

「そうですね。いつでしょうか……」


〈何事もなさぬまま戻ることはできんが……父上との約束だ。ひと月に一度は必ず戻らねばならぬ。しかし、その後もできれば、貴殿に一緒にいて欲しいのだ。貴殿の魔法を学べれば……〉

〈でしたら、それは王都で〉

〈より厳しい環境でのご指導を、と殿下がご希望なのですよ!〉


「何を言ってるのかしら……甘々じゃない」

「王都以外であれば厳しいと思っていること自体が、甘ったれてるってことに気付かないなんて」


「……君達……」

「あら、申し訳ございません」

「つい、本音が」

「この中だけで言うのであれば構わん。俺も同じ意見だ」


〈一度、戻った時に少し話し合おう、ゼオレステ神司祭〉

〈解りました。では、いつ頃?〉

〈せめて何らかの成果が欲しい……このままでは、私はいつまで経っても……ビィクティアムに負い目を感じたままだ〉

〈殿下が本気でお取りくみになっているのですから、すぐにでもセラフィエムス卿など追い越せます!〉


 バギッバキッ!


「……今のは、予想外すぎて間に合いませんでしたわ……」

「なんという馬鹿げた理由かしら……」

「長官への対抗心で、このように軽はずみな行動に出られた訳ですか。ぶっ飛ばしたくなりますわね……」


〈取り敢えず、一度は戻りましょう。もうすぐ雪の季節です。その前に一度帰っておけば、陛下達もご安心なさいましょう〉

「いい誘導ですね、ゼオレステ神司祭」

〈わかった……では、せめて土産に、ショコラ・タクトが買えた日にしよう。でないと、母上にもあわせる顔がない〉



「タクトにすぐ連絡を取れ! 明日の持ち帰り菓子を、絶対にショコラ・タクトにしてくれと伝えろ!」


「はいっ!」

「食堂近くにいる七番、十番!」

〈はい!〉

〈はっ〉

「タクトくんに至急、明日の持ち帰り菓子をショコラ・タクトにしてもらえるように要請してください! 殿下がそれを買ったら、一度王都に戻ると言っています!」


〈了解です!〉

〈早急に伝えますっ!〉


「俺は教会の方陣門について対策をとる。ここはまかせたぞ、ライリクス」

「はい、副長官がいらっしゃるまでお預かりします」


『長官、こちら西門です』


「……! どうした、オルフェリード!」

『只今西門より、森を抜けてきたという冒険者がひとり、入場致しました』

「ちっ、面倒な時に……」

『帯刀を控えるよう要請したところ、素直に【収納魔法】にて納めており、直轄地法も理解しております』

「そうか。ならば問題は起こりにくそうだな」

『焦げ茶の短髪、赤い瞳、成人男性。銃の所持はありません。【方陣魔法】所有。『魔剣士』とのことです』


「ご苦労だった、オルフェリード。アンシェイラ、近くの者達に特徴に当てはまる者がいたら連絡するよう伝えろ」

「はい!」


「【方陣魔法】……上皇陛下と同じ魔法ですか。なかなか強い魔法師のようですね。この時期に森を抜けてこられるなんて」

「これは……いい口実ができそうだ。教会に行く! 他の者達とちゃんと交代して監視を続けろよ」

「はいっ!」

「お気を付けて」


「絶対に、方陣門を閉鎖してやる……!」

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