第266話 完全監視態勢、準備完了

 その日の昼前には、ふたつの硝子ハウスも無事に設置できた。

 三人くらいは入れるサイズで、座っていられるし、簡易ベッドも付けてあるので仮眠も取れる。

 勿論、中は快適空間だし、強度も問題ない。

 食べ物と飲み水も用意しておいてあげよう。


 常緑樹の下に設置したので、雪が積もらなくても怪しまれることはない。

 ただ……トイレだけはいくら外から見えないとは言っても、落ち着かないだろうから壁と木の陰に隠れるように設置してあげた。


 水晶板を使って簡易地図を表示させれば、今どの辺りに衛兵隊員がいるかの位置確認が可能。

 もちろん、マルタイの位置確認もできるようにしておく。

 さて、家に帰ったらすぐに盗聴機能付ケースペンダントを作らねば。



 うちまで転移で帰って、ひとりだけ先に早めの昼ご飯を食べていたら……父さんが睨んでくる。

「タクト……おまえ、またなんかしてるな?」

 めざとい。


「うん。衛兵隊に協力してる」

 そう言って、殿下の事を話した。

 口止めされていないし、絶対にまたここに来るだろうし。

 父さんが天を仰いで、あぅーーーー……と、唸る。

 だよねー……


「あーのご家族は、どうしてこうも脳天気なんだ!」

「ビィクティアムさん達が完璧に警護できるように、俺にできる魔法とか食事とかの協力をしてあげたいんだ」

「ああ、解った。こんな突拍子もない事態じゃ仕方ねぇ……だが、無理すんなよ?」


 俺は出来る範囲でできることだけ協力すると父さんと約束をして、ケースペンダント作りに入った。

 シトリンを使い、殿下達の声と周辺の音が司令室で聞き取れるように設定する。

 余分な防御系の付与は一切しない。

 うっかり『加護』になんかなってしまったら面倒だから。


 デザインは九芒星だ。

 主神の杖に付いている印なのだから一番無難で、皇族が持っていたとしても問題にならない意匠だ。

 色だけは選んでもらえるように、神々の主色にあやかった七色にした。

 今回は『紛失防止機能付』という新製品だ。


 寒い時期で良かった……普段来ているコレクターの方々が、殆ど来なくなってきているから売り切れはしないだろう。

 夕食時なら、尚更だ。

 恐らく殿下達が来れば店内はほぼ衛兵さん達で埋め尽くされるだろうし、彼らの何人かに『サクラ』として購入してもらうのである。


 そして夕食時……俺の耳に付けているイヤホンから司令室文官オペレーターさんの声が聞こえた。

〈ただいま殿下が南・青通りに入ったとのことです〉

 実は、俺が全部の情報を聞くことができる……というのは話していない。

 聞こえるのは通信のみで、司令室内部の会話は聞こえないが。

 そして俺からは音声を飛ばさないので、俺のイヤホンはマイクのついていない聞くことに特化したインナータイプである。


 実はビィクティアムさんに、俺の声が聞こえちゃった理由が未だによく解らないのだ。

 同じ魔法で、他の人達に俺の声は届かなかったのである。

 もしかしたら神斎術を持っている者同士だから、なんていうことも考えたのだが結論は出ていない。

 だから、俺の声は衛兵隊通信システムでは聞こえないという指示を明確にしてある。

 ……これで駄目だったら、手の打ちようがない。


 司令室からの知らせを受けたであろう、近くの衛兵さん達が食堂に集まってくる。

 そして三人が掛けられるテーブルひとつだけを残し、他の席が全て衛兵隊員で埋まった直後に殿下達が来店した。


「いらっしゃーい」

 俺、そして衛兵さん達は平静を装い、いつも通りの夕食時間を演出する。

「ああ、君、今日は何かね?」

 そう聞いてきた侍従と思われる人の片方は……ん?

 すっごく見覚えが……


 ああっ!

 この人、聖神司祭様じゃん!

 あのプリズム分光で光の説明をした時に、主神の紫の星は夜明けに現れる……って言ってた、ゼオレステ神司祭様だ!

 赤い髪は黒く染められ、ストレートの短髪だったのがウエーブになっている。

 髪色と髪型変えてるだけで、こんなに印象が変わるのか。

 法衣じゃないせいもあるのかなぁ。


「今日は、イノブタ肉の生姜焼きと芋のピリ辛和えです」

 俺、ちょっと声がうわずってしまった。

「ほぅ……初めてのものだ。うん、楽しみですな」

「私も食べたことがないです」


 もしかしてもうひとりも知ってる人……?

 そう思って横目に見たが……こっちの真面目そうな、いかにも『騎士です!』ってタイプの人は初めて見る人だった。

 きっと殿下の近衛なのだろう。


 そうだ、当店のルールを遵守いただかなくては。

「えっと、初めての方ですよね? うちの店では食事を残すことは厳禁です。パンは四つまでおかわりできますが、こちらも残したら罰則がありますから食べきれる分だけにしてくださいね」

「何、罰則とな」

 殿下、喋り方も変えた方がいいですよ……


「当然です。全ての食材となってくれているのは、動物も植物も神々の創りたもうた物です。その命を我々は分けてもらっているのですから、一欠片とて無駄にせず全て食べるのが礼儀です」


 残すことが当たり前の食事をしてきた方々は、少々尻込みしているようだ。

「ば……罰則とはどのような……?」

「一ヶ月間当店への入店禁止。当然、自動販売機での販売も致しません」


 こんな罰則はないが、これくらい言っとかないと効果がなさそうな気がする。

 三人はお互いに顔を見合わせ、意を決したかのように頷いて背筋を正した。

 たかが夕食だというのに、大仰なことだ。


 衛兵さん達にも彼らにも、同じ物を振る舞っていく。

 自分より他の誰かが先に食事に手を付けることなどないのだろう、食べ始めた衛兵さん達を見て殿下は不思議そうな表情で辺りを見回す。

 俺は態と一番最後に、殿下達の食事を運んだ。

 ちょっと騎士さんに睨まれたが、知ったことではない。

『今ここにいる』のは『臣民』だという設定なんだから。


 そして、衛兵さん達から声が上がる。

「タクトくーん、パンのおかわりー」

「はいはーい」

「あっ、俺は、このイモの和え物! これだけおかわりできる?」

「いいですよ。でも二回までね」

「じゃあ、僕も……イモとパン貰えるかい?」

 山葵和えポテサラは大人気だな。


 次々とおかわりの声が上がる状況に、殿下達は面食らっているようだ。

 皇宮のあの食事じゃ、おかわり、なんてあり得ないもんなー。


 やっと料理に口を付けてくれた三人は、すぐに勢いよく食べ出した。

「タクト殿っ、おかわりっ!」

 タクト……『殿』って……ダメじゃん。

「あ……! いっ、いや、ど、どのの……どっ?」

 誤魔化し方、へたくそか!

「はーい、パンのおかわりね」


 衛兵さん達、拷問だろうなぁ……これを笑っちゃいけないなんて……

 俺も結構、苦しいよっ!


 おかわりはゆっくりと味わって食べてくれているようだったので、ここでケースペンダント直売を始めることにする。

「あれ? タクトくん、新作かい?」

 お、『サクラ』さん良いタイミングですよ。

 殿下がぴくっと反応しましたよ。


「ええ、新しく『紛失防止魔法』を付与したものを作ったので、試作品販売です」

「え、何々、俺、集めてるんだよな……おお、綺麗だな」

「僕もひとつ買おう。なくさない魔法がついてるなら叔母上が欲しがるだろうし……二個にしようかな」

 あれ?

 サクラさん達……ガチ買いですか?

 まぁ、在庫はあるから大丈夫だけど。


 急いで食べ終わった、殿下達が衛兵さん達の後ろから覗いてますけど……サクラさん達?

 どいてもらえないと、肝心の殿下達に渡せないんだけど?

 しっかりご購入くださった衛兵さん達が席につくと、やっと殿下達がこちらにやってきた。

 おお……めっちゃ、わくわく顔じゃないですか……


「これは、噂の気触かぶれないという身分証入れですか?」

「ええ、過敏症でも大丈夫ですよ、どなたかが使ってくださっているのですか?」

「そうです、ドミ……じゃない、知り合いが、そう、知り合いが着けていましてね」

 ゼオレステ神司祭も、誤魔化すのは下手なんだな。


「この、青に金の星の物が美しいな! これをくれ!」

 殿下に『壱』の文字が裏に付与してある物を渡す。

 この文字で盗聴用の魔法が発動する。

 他のふたりも色違いを選んでくれたので、同じく『弐』『參』と書かれた物を渡した。


 どの文字も全色用意しておいて、選んだ色の物だけを手渡したのである。

 衛兵さん達に売った分は、盗聴用の文字が書かれていない物だ。

 残りの試作品は盗聴魔法の付与文字部分だけを消して、春になったらトリセアさんにでも売ってもらおう。


「はい、ありがとうございます。身分証を入れたら、この星の真ん中に指をあてて魔力を流してくださいね。そうしたら紛失防止の魔法が発動しますから」

「む、うむ、こう……か?」

 身分証が入っている状態で、一定以上離れると身体に吸い付いてくるという以前から家族や知り合いには付与していた魔法だ。


 三人は早速入れ替えて魔力を通し、何度かもの凄く楽しげに試しては、本当にくっついてくるぞ! などと、はしゃいでいる。

 ……それが、完全監視下に置かれる始まりの合図とも知らずに……


 衛兵さん達の微笑みの背景に『ニヤリ……』と書かれているように見えるのは、決して錯覚ではないだろう。

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