第265話 マルタイ極秘警備態勢

 翌朝、俺はランニングがてら南東・茶通り六番を覗きに行ってみた。

 住宅街である南東地区だが、茶通りは四番目の環状道路の緑通りから外側に伸びている南東市場に近い道路である。

 青通りの一本南東側だが、この辺りから食堂が少なくなるので自炊をしないならちょっと不便な場所だ。


 ただ、緑が多く冬でも凍らない地区だから、馬車さえあれば快適なはず。

 しかし、前庭に馬車を止めている気配がない。

 多分、あの三人だけの極秘滞在なので、御者も使用人もいないのだろう。

 大丈夫なのか?

 三日と生きていかれないのでは?


 様子見していると、木陰などに衛兵さんの姿を見つけた。

 可哀想に……この寒空の下、見張りをしているわけだ。


 うーん……なんか、外でも平気でいられる防寒対策をしてあげたい。

 立ち続けているのも、つらいよなぁ。

 俺はビィクティアムさんのいる東門詰め所までランニングして行き、相談してみる事にした。



 東門詰め所では警備態勢の緊急会議が行われており、西門の警戒班以外の全員が来ているという事だった。

 俺はちょっと待たせてもらいながら、会議室の扉を見つめた。


 尾行しながら警護するもの、住居近くで見張り・護衛をするもの、連絡係と緊急用の救護班……など。

 どう見てもシュリィイーレの冬を甘く見ているであろう要人に気付かれることなく、交代でSPを配置する相談をしているに違いない。

 おそらく、夜も寝ずの番をする人だっているはずだ。


 まったく、なんて迷惑な人達なんだろう……

 自分が『護られなくてはならない者』であることを、自覚していないのだろうか。


 警備態勢会議の後、部屋から出てきたビィクティアムさんを呼び止めた。

 長官室に案内されて、俺が協力できそうなことを伝える。


「まず、住居近くの見張りですが、隠蔽の魔法をかけた硝子部屋を作ってはどうでしょうか?」

「中からは見えるが外からは見えない……ということか?」

「はい。この寒さの中で、外に立っているのは自殺行為です。硝子部屋を作っておけば魔法付与で室内を快適に保つことができますし、物陰から見張るより堂々と見ていられます」


 ビィクティアムさんに納得してもらえたので、その場で硝子ハウスの設置と魔法付与を依頼された。

 設置は表側出入り口が見える所と、茶通りが見渡せる緑通りとの角の二カ所。


 そして、更に俺は『通信機』の提案をする。

 そう、ビィクティアムさんに取り付けたシトリンを使った『盗聴器』から、双方向でやりとりできる『通信機』へとグレードアップするのだ。


「今の魔石でのものとは違い、音声でやりとりできるようにします」

「【音響魔法】か?」

「はい。喋ったことが時間差なく、特定の者に伝わるように仕掛けを作ることが可能です。そして、全ての音声通信をこの東門詰め所で聞き取ることができれば、情報の集約にもなり危険を避けて皇太子殿下達を誘導できるようになると思います」


 情報こそ最も正確で、迅速でなくてはならない。

 それが要人の安全に直結するのだ。

「……凄いな。それができれば、今回だけでなく、今後のシュリィイーレでの警備が格段にやりやすくなる」

「俺もそう思います。前から考えていたんですが、やっと実用化できそうなやり方を思いついたので」


 衛兵隊隊員達は全員、同じ襟章を付けている。

 それを位置目標にして、インカム形式のマイクとイヤホンを装着してもらうのだ。

 喋りたい相手の位置さえ把握できれば、どんなに遠くても音声が届き会話ができるような魔法を作る。


「相変わらず、タクトくんの発想は……我々とは、考え方の基準が違いますね」

 ライリクスさんから、君が負担になりすぎることはないのですよね? と念を押されたので、大丈夫ですと笑顔を作る。


「飛躍的に警備がやりやすくなるな、この仕組みは。衛兵隊員に何かがあっても把握できるということだな?」

「音声で確認できる範囲のことは、解りますね。そして全員の『襟章の位置』は解ります。上着を脱いでしまったり、襟章が外れてしまったら意味がないですが」


 本当は身分証に付けられれば一番いいのだが、そんなことしたらプライベートまで監視されることになる。

 流石にそれは、人としてどうかと思うのだ。


「大丈夫だ。上着を脱ぐのは家で寛ぐ時だけだからな」

「ええ、着ている方が疲労回復が早いですし、体温調節などもしやすいですからね」

 なんと、衛兵隊の制服には『回復魔法の方陣』が書かれており、着ている方が疲れないのだそうだ。

 温度調節までできる魔法が付与されているとは……道理でみんな、夏でも上着を脱がないわけだ。


「それと、できればあの三人にも、位置を特定できるものを身につけさせることができたら……一番いいんですが」

 マルタイの現在位置が監視している衛兵隊事務所で把握できていれば、近くにいる者に即座に指示が出せるのに、と提案する。

 ビィクティアムさんが腕組みをして考え込み、身分証入れに細工をしてはどうか……と言った。


「どうせまたタクトの店に行くだろうから、おまえが『新作だ』と言って身分証入れを店内で売っていたら、絶対に購入するはずだ」

「ああ、それはいいですね! タクトくんの手作りだとしたら、殿下は必ず欲しがりますよ。なにせ、長官の物に加護が宿っているのを知っていますからね」

「タクト、頼めるか?」


 ビィクティアムさんに真顔でそう言われれば、断ることなどできようはずもない。

 断る気はないが。

 これは衛兵隊の負担を減らし、殿下の安全を守るためにも絶対に必要なことだからな。


「了解です。じゃあ、ついでに殿下達の会話も、聞こえるようにしておきましょうか?」

「可能なのか?」

「ええ、音だけならば。何処へ行こうとか、何をしようとしているかが事前に判った方が手が打ちやすいし、殿下の安全にも繋がりますから」

「少々後ろめたいですが……常に侍従がいて保護下にあるのが当然の方なのですから、これくらいは勘弁していただきましょう」

 言葉とは裏腹に、ライリクスさんの表情からは『絶対に拒否させない』というような決意を感じる。


「ああ、勝手に皇宮を出て、何かあっても自分のせい、と陛下が仰有っていたとしても、本当に何かあればシュリィイーレの警備態勢を誹られることになるし、責任は衛兵隊に被せられる」

「……冗談ではありませんよ、そんなことは」


 ふたりからもの凄い圧……というか、オーラというか、迫力が漲っている。

 うん、衛兵隊全員の平和と未来のために、完璧に監視態勢を整えることにいたしましょう!



 俺は早速、全ての道具をその場で作り上げることにしたので、詰め所内の小さな部屋を作業用に借りた。

 先ずは衛兵隊員全員分の、位置情報特定の魔法を仕込んだ襟章。

 持主の魔力を登録しておく事で、位置を把握する。


 チタンで過敏症でも大丈夫なインカムを作り、シトリンを仕込んで音声を所定の人に届けられるような魔法を組む。

 本当はイヤホンだけで全てをカバーできるのだが、敢えてマイクを分けた。

 マイク部分を下げ、口の近くに持って来た時に初めて声が相手に送られるようにしたかったからである。

 解りやすい動作でオンオフが判別できる方が、使いやすいと思ったからだ。

 これにも持主の魔力を流してもらうことで、持主以外に司令室からの通信が聴けないようにしておく。


 お次は倉庫のようになっていた地下の一室を、情報を一括で管理・指示できる『司令室』に改造。

 司令室からは全員のイヤホンに一括通信も、個別通信も可能だ。

 そしてシュリィイーレ全体の地図を壁に映しだし、衛兵隊員全員の襟章の位置情報が示されるようにする。

 なんだか、ヒーロー物の秘密基地みたいになってしまった。

 こういうのってちょっと、高まる。


 そしてインカムと位置情報確認魔法付き襟章を配ってから、この指令本部で魔力登録と使用方法説明だ。

 今ここにいるのは、各門常駐の方々以外の五十名ほど。

 あとの三十名には、ここの方々と交代でこちらに来てもらってお渡しする。

 司令室の『基盤』となっている位置確認プレートに、魔力を登録してもらう必要があるからだ。


「衛兵隊員達の襟章には番号が振られています。その番号と名前がこの魔法で連動していますので、番号を指定しても名前を指定してもその人と会話ができます。まず話したい人の名前か番号を言って、相手が答えたらしゃべり始めてください」

 インカムを使って練習してもらうと、さすがシュリィイーレの衛兵隊。

 すぐに完璧に理解して、使いこなし始めた。


「この司令室では、全ての隊員からの通信を受け取ることができます。そして、緊急事態などで優先的に司令室と話したい時は、耳あてについてるこの赤い印に魔力を流してください。司令室ではその人の位置が大きな赤い光になり、音声が大きく部屋全体に聞こえます」

 つまりスピーカーになるのだ。


 この一連の通信システムの魔法を書いた水晶板は、この部屋で管理してもらう。

 移動制限を付け、ここから持ち出せないようにしてあるし、この部屋でのみ使用してもらう魔法だからだ。

 俺が管理しててもいいのだが、こういうもので常時発動型を展開しているんですよ、と目で見ていただくためでもある。

 魔効素での魔力補充完備だから必要ないのだが、たまに魔力補給メンテナンスという名目でここに入りたいから……という目的もあったりする。

 衛兵隊の『秘密司令室』なんて、浪漫以外何があるというのか。


「それから……殿下達の現在位置は橙色で示すことにします。殿下達から聞こえてくる音声は、司令室のみで聞くことができます。万一の時のため、全てこちらに録音記録されながら、文字でこの水晶板に表示されます」

「凄いな……【音響魔法】と【文字魔法】の複合、というやつか?」

 ビィクティアムさんから感嘆が漏れると、隊員達も改めて俺に視線を集める。


「司令室のは【音響魔法】と【文字魔法】、それと【神聖魔法:光】【加工魔法】の合わせ技……ですね。着けていただいている通信機器もかなり強引な魔法なので、皆さんに影響がないといいのですが……」

 実は魔効素変換指示で使用魔力量に問題はないのだが、個別の通信と受信には使用者の魔力も使っている。

 その魔力で、個人を特定しているからだ。


「そんなに軟弱なやつが、我がシュリィイーレ隊にいると思うか?」

 ビィクティアムさんが不敵に微笑み、トップの絶大な信頼に全員が誇らしげな笑みを湛える。

「そうですね。流石、俺が一番信頼しているシュリィイーレ隊です」

 ほんと、格好いいよね、シュリィイーレ隊は。



 そして交代してきた隊員達を含め、全員に通信機と位置確認襟章を渡して一通りの説明と簡単な練習を終えた。

 隊員達はそれぞれの持ち場と、シュリィイーレの町の警備へと戻って行く。

 三交代制で、必ず複数の隊員が殿下達の監視につくことになっているらしい。

 司令室で地図モニターを見ている文官達とビィクティアムさんは、散っていく彼らの青い光を見つめている。


「この部屋での監視もできれば、三時間くらいずつの交代制がいいです。休まなければ、いざという時に動けません」

「そうだな。しかし……これは暫く見ていたくなるな。実に画期的だ」

 オペレーターの文官さん達も、このまったく初めてのシステムに若干興奮気味のようである。

 本当は映像も出るともっとよかったんだけど、町中に監視カメラ設置なんてできませんからね。


「じゃあ俺は硝子部屋の設置に行ってきますね。あと、身分証入れ、作らなくっちゃ」

「すまん、何から何まで。おまえのおかげで、病人など出さずに護衛ができそうだ」

「それは良かったです。あ、今度なんかご褒美くださいね?」

「ああ、任せておけ」

 ビィクティアムさんが請け負ってくれただけでも充分なのだが、女性隊員達からも声をかけてもらった。


「タクトくん、今度メイちゃんが好きな装飾品のお店、教えてあげるわ」

「そうね、メイちゃんがよく行っている髪結いの店も」

「メイちゃん、お金貯めて買いたい服があるって言ってたから聞いておいてあげる」


 お姉さま方、なんと素晴らしい情報を!

 ありがとうございます、是非ともご教授ください!

 てか、メイリーンさんてば、もうこんなにお姉さま達と打ち解けているのか……

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