第264話 嬉しいものと嬉しくないモノ
「……しまった、この位置では蓋が取れない……」
実験厨房に押し込んでしまった木箱の向きが悪く、今、入れる所から開くことができなかった。
仕方なく裏から庭へ箱を出し、中身を確かめてみることにした。
釘で打ち付けてある箱を懸命に開こうとしている時、裏口からこちらに向かうビィクティアムさんの姿を見つけた。
「……何してるんだ?」
いや、こちらの台詞ですよ。
「セラフィラント公が贈ってくださったものですよ。蓋がなかなか開かなくて」
「ああ、そうか。一体、何を送ってきたんだ?」
ギシギシと音を立て、やっとひとつの箱の蓋を開けられた。
ビィクティアムさんが、興味津々で覗き込んでくる。
細かいおがくずのようなものがびっしりと入っている……これは、緩衝材替わりなのか?
両手を突っ込んで、中を探るとなにやら丸っこいものがあった。
「お? おおおおーーっ! これはーっ!」
俺の喜びの声に、ビィクティアムさんが吃驚顔で問いかける。
「おまえ、これも知ってるのか?」
「勿論ですよ! いやーまさか、セラフィラントにこれがあるとはー」
メロンである!
メロンメロンメローン!
こちらでよく見かける
まん丸で網目模様の『
食堂厨房の端っこを借りて、夕食の支度をしている母さんの脇で切ってみるとオレンジ色の果肉がふわっと甘く香る。
くぅーーっ!
俺の大好きな、赤肉の夕張メロンタイプ!
熟れ具合も完璧な『完熟メロン』だ。
「さすが、セラフィラント公ですね! まさか
「甘そうだな……」
食べてみたそうに呟くビィクティアムさんと、ちょっとそわそわしている母さんにも一口大に切って食べてもらう。
「あら……! なんて甘い果物だろうね!」
「ああ、これは凄いな……旨い。果汁も多いし」
俺も一口。
ああ、口の中が幸せだ。
メロンの中心部には勿論、種が入っている。
これを植えたら、メロンが作れてしまうのではっ?
うわー、テンション爆上がりですよ、これは!
メロンを一口大に切って皿に載せ、ビィクティアムさんと母さんに食べていてもらう間に俺は拡張工事をしてしまおう。
キラキラ完熟メロン様の場所を確保すべく、俺は地下二階の果実部屋を拡大。
調味料類を地下一階へと移動させることにして、果物部屋に棚を増やしておく。
そして地下一階に移した調味料や香辛料の在庫は、見やすく探しやすいように壁一面に薬棚のように作り付けた硝子棚へ収納する。
茸部屋への入口の場所を変えて、動線を使いやすく整備した。
鉱物部屋を奥へと広げ、肉類と野菜の部屋も広めに作り替えてしまおう。
これで全ての収納が可能になった。
本格的な冬の前、一番備蓄が多くなるこの時期に対応できれば、一年中大丈夫だ。
今年の冬はいつもの冬より、圧倒的にスイーツも食事も充実しそうだ。
市場でキラキラ食材を爆買いしちゃったからね!
夕食時間になり、俺は地下改装が終わったので食堂を手伝い始めた。
ビィクティアムさんも、のんびりお食事中だ。
今日のメニューはシシ肉の香草焼きと三種類の豆の煮物、菠薐草のサラダ。
パンは人参を練り込んだ柔らかめのものだ。
寒いせいか、あまりお客さんが多くはないが、衛兵さん達が少しずつ増えてきた。
そこへ、初めてのお客が三人、現れた。
「すまん、南東・茶通り六番とは、どの辺であろうか?」
「ああ……もう少し南東市場寄りですよ」
俺は簡単な地図を書いて説明した。
「ありがとう……この店では、保存食というものを売っていると聞いたのだが、あるかな?」
「はい、こっちの自動販売機で買ってくださいね。使い方はここに書いてありますから」
三人は何度か驚きの声を上げつつ、かなり大量にご購入くださっているようだ。
引っ越してきたばかりなのかな……と見守っていたのだが……ひとり、なんだか変な雰囲気の人がいる。
ぼわぁっと全身に
じっ……と目を懲らして見ていると……なんだか見覚えのある顔……そして体つき……
ああああっ!
あれ、エルディエステ皇太子殿下じゃないかっ?
自販機でレトルトを買ってご機嫌な顔は間違いなくあの晩餐会で、ショコラ・タクトの話を楽しげに語っていたあの、エルディ殿下に間違いない。
自分の首が、まるで錆び付いたロボットの首のようにギギギギ……と音を立ててやっと動いている気がする。
三人から無理矢理視線を外し、頭の中で超高速思考。
なんで? なんで?
またお忍び?
この時間ってことは泊まりがけ?
いや、南東・茶通りには宿屋などない。
住宅街だから……長期滞在のバカンス?
シュリィイーレの冬にバカンスなんて馬鹿?
いや、それは不敬か。
止めどなく現れる『?』マークに思考がバラバラになる。
しかし、靄が視えるということは『魔眼鑑定』のように、隠蔽されているものが俺の神眼で視えているということだ。
おそらく『真態看取』というやつで、真実の姿が解ってしまうのだ。
これ……正体をバラしちゃいけないやつなのかなぁ……
そう思いつつ、食堂内を見ていると……ビィクティアムさんが俺と同じようにあの三人に釘付けとなり、ライリクスさんもまた目を剝いている。
きっとこのふたりには……彼らの正体がばれてしまっているに違いない。
俺はふたりをそっと工房側へと呼び出して、音声遮断をしてから確認してみる。
「あの、物販の所の方って……エルディ殿下ですよね?」
「そ、そのようですね……タクトくんにも視えているということは……」
「俺にも……視えた。しかし……なんだ、あのお粗末な【隠蔽魔法】は!」
ライリクスさんとビィクティアムさんは呆れながら、大きく溜息をつく。
「これ、知らない振りをしてあげた方がよろしいのでしょうか……長官……?」
「だろうな。おそらく陛下もご存知のことだろうが……極秘で護衛を付けるぞ」
「はい……ああ……新人馬鹿騎士共が来なくて、今年はゆっくりできると思ったのに……!」
「まったくだ。一緒にいるふたりは護衛だろうが、どちらも頼りになりそうには見えん」
頭を抱えるふたりのことなど欠片も気付かず、彼らは大量のレトルトと菓子を買い込んでホクホク顔で出て行った。
すかさずライリクスさんが尾行を開始し、ビィクティアムさんが食堂内で食事の終わった数人の衛兵に声をかけて東門詰め所への緊急招集を指示する。
俺も明日にでも南東・茶通り六番の様子を見に行ってみようかな……
そうだ、今回の警備態勢に『あれ』を使ってもらえないだろうか。
それにしても、何を考えているのだ、ロイヤルファミリーは!
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