第263話 大荷物

「うーっ、さむっ! 今年は早ぇなぁっ!」

 食堂に飛び込んできたデルフィーさんが、席につくなり凍えた両手に息を吹きかけて温めている。

 まだいつもの年であれば雪が降るほどの寒さになっていないはずの待月まちつき・十一日の昼、どんよりと灰色の雲が垂れ込めて今にも雪が降り出しそうだ。


 次々と食堂に入ってくるおじさん達は、南東通りで石畳の修繕をしていたがあまりに寒くて早めに切り上げてきたのだそうだ。


「昼だっていうのに、ちっとも天光が出ねぇから、寒くて仕事にならねぇ……」

「今年はこのまま雪になりそうだから、諦めて春先にやる方がいいんじゃねぇかな?」

「そうだなぁ。今年はさほど道も削れていなかったし、割れていた部分だけは取り替えられたし……来年の初めにすっかぁ」


 そんな話をしながら、おじさん達は窓の外を眺めている。

 確かに、今年はめちゃくちゃ寒い。

 そのせいもあって、市場にはもう殆ど品物が入って来なくなっているのだ。

 これ以上寒くなったら、シュリィイーレではいつ雪に閉じ込められてしまうか解らないから、行商人や買い付けの商会の人達も早々に脱出してしまったのだろう。



 ランチタイム終了くらいの時間帯に荷馬車が二台、やってきた。

 セラフィラントからの荷かと喜び勇んで飛び出したら、なんと、皇太子殿下からの年貢米(?)であった。

 今年作られたものを送ってくださったみたいだ。

 ……古米でも良かったのに、気を遣ってくださったのだなぁ。


「すみませんっ! 急ぐので失礼致します!」

 そう言うと、御者のお兄さんはあっという間に去って行ってしまった。

 冬前は、運ぶものが多いのだろう。

 配送業者は大変だな、と思いつつ俺は大量の米を家の中へと運び込んだ。


 米は前にライリクスさん達に手配してもらったものとは産地が違うようで、今回の米粒の形は日本のものに近かった。

 前回の物より、粘りがある米かもしれない。

 全部地下三階に移して、一息ついた時にまたしても荷馬車が。

 今度こそ、セラフィラントからの馬車であった。


「……さ、三台……?」

 行きが二台だったはずなのに、一台増えている。

 もしかしてビィクティアムさんが一緒に乗ってきているのかと思ったが、全部荷物だけであった。


 御者の人が申し訳なさそうに尋ねてくる。

「すみません……すぐにでも発ちたいので、先に全部運び込んでしまっていいですか?」

「あ、はいはい! じゃあ、取り敢えずこっちに!」


 そう言って物販スペースに案内し、俺も一緒に運び込んだ。

 う、ぎちぎちになってしまった。

 馬車三台は、あっという間に去っていった……

 夕方までに少なくともレーデルスまでは着いていないと、暗くなって町に入れなくなるから大急ぎなのだろう。


 一刻も早く地下へ運んでしまおう、と魔導エレベーターフル回転で牛乳缶十二本、番重十段、活魚水槽みっつを移動させた。

 そして残っているのは……セラフィラント公が贈ってくれたブランドロゴの『代金』である。


 軽量化の魔法を付与して運ぶのはいいんだが……どこに置こう?

 思っていたより大きめの箱で三箱、米や魚もいっぺんに届いてしまったため地下もかなりパツンパツンである。


 しかしこんなにデカイ箱を物販スペースに置いておくのは邪魔すぎるので、実験厨房へと避難させた。

 ……この箱をどけない限り、この厨房には入れない。

 こうして強制的に地下スペースの大掃除と、収納スペース確保のリフォームが始まったのである。



 まずは地下三階。

 穀物倉庫と魚部屋がある。

 既に年貢米対応に広げてはあったが、古米と新米が解るように仕切りを付けよう。

 劣化防止の魔法で殆ど新米と変わらないのだが、やはり気分の問題である。

 そして魚部屋に、番重と活魚水槽をそのまま運び込んでおく。


 かなり狭くなってしまったので加工が済んでいる魚料理のストックは、拡張工事が終わるまで物販品在庫が置いてある自販機裏に移しておかないと作業ができない。

 手提げ袋とレトルト袋のオートメーションシステムは動かせない。


 魚部屋の拡張は……共有の裏庭地下を使わせていただこう。

 ちょっと罪悪感があるが、怒られたら埋め戻そう。

 段々うちの地下が要塞というか、ダンジョンのようになってきた気がする。


 地下三階が完成したのは、もうすぐスイーツタイムが終わるという頃。

 お腹が空いて地上に上がった俺が、昼の残りの煮込み料理を摘み食いしている時に……荷馬車がやってきた。


「遅くなってすみません!」

 そう言って降りてきた御者は……さっき米を持ってきて、慌てて帰っていった人だった。

 なるほど。

 もう一台あったから慌てていたのか……って、もう一台、何?


 ……カカオであった。


 そーだ、言ってたよ。

 ロイヤルファミリーの方々が。

 王都に入る分の一部を、こっちに回すって……

 忘れていたよ……


 カカオがゴロゴロと入った、これまた馬鹿でかい箱が四箱。

 さっき綺麗に片付けた物販スペースは、またしてもぎゅうぎゅう。

 全部運び終わった御者の兄ちゃんは、ひとり達成感に満たされた表情で帰っていった。


「タクト、こんなにいっぺんに買い込んだのか?」

 デルフィーさんに呆れられてしまった。

「違うよ……俺が買ったんじゃなくて、俺の仕事の報酬品がいっぺんに届いちゃったんだよ」

「ああー、なるほど。冬前じゃねぇと運べないから、まとめて来ちまったのか。大変なこった」


 ご愁傷様とでも言いたげなデルフィーさんは、お菓子を食べながら笑っているだけである。

 手伝ってくれとは言わないけど、そんなに笑わなくたっていいじゃないか。


「でも楽しみだなぁ、この食材が食堂で出るんだろ?」

「冬場でもここの店は開いてることが多いし、食堂が開いてなくても自動販売はしてるんだよな?」

 おじさん達は自炊しない人が多いようなので、自販機の方も常連さんなのだ。

 まぁ、楽しみだと言ってもらえるのは、嬉しい。


「物販はいつでも開けておくけど、ちゃんと自力で帰れる時だけ買いに来てね」

「ははははっ! そりゃそーだな!」

「なーに、帰れなくなったらここで飯買って、向かいの衛兵さんとこの集会所に避難させてもらえればなんとかなる」

「おお、そりゃいいな!」


 駄目だよー、遭難前提のお出かけなんて!

 まったく、おじさん達はお気楽である。

 軽口を叩きつつも、この町でそう言う無茶なことをする人なんていやしない。

 おじさん達も全員がそのことを解っているから、冗談として通じているのだ。



 さて、俺は地下リフォームの再開である。

 地下二階はチーズ部屋と果物、菓子用素材と調味料の部屋だ。

 チーズ部屋は元々大きめに作ってあったので、牛乳缶全てを入れても作業スペースや熟成スペースに問題はない。

 だが、菓子素材部屋は今回のカカオを収納しきれない。

 前回の軽く二倍以上あるからだ。


 ここも魚部屋同様、ご近所さんと共有の地下スペースまでお邪魔することになった。

 中庭の地下半分が今やうちの倉庫となっているなんて、申し訳なくて誰にも言えない。

 カカオ部屋となったこの場所に、物販スペースからなんとか全てのカカオを移動させることができた。

 広げたはずなのに、もうパツパツである。

 早いところ、加工してしまわなくてはいかんな。


 そうだ、実験厨房に入れたセラフィラントロゴ報酬、確かめなくては!

 俺は疲れた身体を摘み食いでもたせつつ、あのバカでかい木箱を開ける作業へと向かった。

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