第261話 山葵料理

 翌朝、俺は昨日のことや最近のことを思い起こし、ベッドの上で座禅を組み深く深く反省中である。

 思いついてすぐに脊髄反射的行動を取ることが多いというのは、感情のコントロールが甘いということである。

 一歩、一呼吸が待てない、粗忽者ということだ。

 ライリクスさんにも散々言われてきたじゃないか。

 ちゃんと考えてから、行動に移すんですよ……と。


 確かにチャンスを逃さないために即決することも時には重要だが、あくまで『時には』なのである。

『常に』ではない。

 速さというものはアドバンテージが高いものではあるが、絶対条件ではない。

 熟慮と冷静な観察が身を助けることの方が、遙かに多いのだ。


 心に刻み込もう。

『何かを思いついたら、まずは三回深呼吸』

 その呼吸の間で事態が悪化してしまうのなら、それは何をしてても駄目なこと、と諦めよう。



 ……よし。

 反省タイムはここまでだ。

 引きずったところで、何も好転はしない。

 買ってきた山葵と芋を使って『ピリ辛ポテト』を作ろう。

 気分を上げるには、美味しいものを食べるのが一番だ!


 俺はまず、自分の部屋で陶器製の山葵すり下ろし皿を作る。

 丸い皿の中央部部だけを盛り上げ、平らにして細かい突起を付ける。

 柔らかいものが細かく摺り下ろせるように。

 鮫皮は手に入らないからな。


 実験厨房に移り、ふかした熱々の芋を荒く砕く。

 玉葱のみじん切りをフライパンに入れ、細かく刻んだベーコンと一緒に少し炒めてから砕いた芋と合わせて、ちょっとだけ塩を振る。


 山葵はおろしたてが一番旨味もあり風味もよいと聞いたことがあるので、おろし皿には劣化防止を付与し摺り下ろした瞬間の状態を保持させる。

 常温のマヨネーズを作り、山葵を混ぜてからあら熱を取ったフライパンの芋炒めに和えていく。

 ピリ辛ポテト山葵バージョンのできあがりである。

 劣化防止容器に入れておけば、温度も風味もこのまま保たれる。


 父さんが不思議な香りだな、と摘み食いに来た。

「おおっ、こりゃうめぇな! 酒の肴にぴったりじゃねぇか!」

「あら、本当。美味しいねぇ……! ピリッとして……ちょっとツンとするけど……いいねぇ、これ」


 摘み食いに便乗してきた母さんにも好評価をいただいたので、今日のランチの付け合わせにしよう。

 イノブタのトンカツとビリ辛ポテトに、千切りキャベツ。

 なんだか完璧じゃないか。

 トンカツのソースが甘めだから、いい口直しになる。


 やはり、山葵は美味しい……!

 セラフィラントから魚が届いたら、絶対に刺身を作って山葵醤油で食べよう!



 予想通り、いや、それ以上にピリ辛ポテトは好評であった。

 ロンバルさんとデルフィーさんが必ずこれのレトルトを作ってくれ、と言ってきたほどである。

 付け合わせだけをおかわりする人が続出したのは……想定外だった。


「タクトくん、この辛味は何ですか? 初めての……うっ」

 ライリクスさん、空気を口に入れながらだと鼻にツーンて来ちゃうんですよ。

 鼻をつまんで涙を堪えるライリクスさんの姿がちょっと笑えるが、笑ってはいけない。


「『本山葵』ですね。似たような物はたまに市場に入ってきていましたが、これは初めてです。こっちの品種の方が味わいが複雑で、辛味だけが立っているわけじゃなくって旨味も感じられるんですよ」

 皆さん、鼻にツンツン来る感じすら心地良いようだ。

 その気持ち、ちょっと解る。

 ご要望にお応えして、このピリ辛ポテトのレトルトを作ることにしよう。


 あ、オルフェリードさん、めっちゃ涙目。

 みんなの姿を見て反応を楽しんでいた時、初めてうちで食べてくれていた人から声をかけられた。

「……タクトさん……ですよね?」

「はい?」

 小柄で優しい感じの、落ち着いた声の男性だ。


「昨日は……父が、すみませんでした」

 そう言って頭を下げられてしまい、焦った。

 サンリエーロさんの息子さんで、カシェイルさんという方だった。


 食べ終わっていたので、物販スペースの方に案内して座ってもらった。

 自販機を眺めて驚いているようだ。

「凄いですね……こんな製品まで売っているんですか……」

「この町は、雪が積もっちゃうと外に出られませんからね。非常用で食べ物があった方が、便利だと思って」

「そっか、さっきお客さん達が話していた保存用ってこれのことだったんですね。あの芋の和え物も作るんですか?」


 あのサンリエーロさんとは似てもにつかない、笑顔の絶えない穏やかな人だ。

「はい、そのつもりです。昨日は俺の方こそ、サンリエーロさんに一方的にいろいろ言ってしまって……先走ったことをして、申し訳なかったと思っています」

「とんでもない! 父は……なんというか……好戦的な人で、なんでもかんでも勝ち負けで判断する癖があって」


 それが原因で、今までも結構人付き合いで躓いているんですよ……と、カシェイルさんは苦笑いを浮かべる。

 お嫁さんの実家ともどうやら揉めたことがあるらしいので、気の強さは筋金入りなのだろう。

「俺達の作った山葵、こんなに美味しい料理にしてもらって感謝しています」

 そう言ってくれたカシェイルさんに、俺はこちらこそ、素晴らしい食材をありがとう……と言うだけしかできなかった。


「それにしても、全然山葵の欠片がなかったですね、あの料理には」

「摺り下ろしているんです。それで調味料に溶けてしまっているんですよ」

「……それなのに、全然辛味も香りも抜けていないなんて……」

「魔法師ですから、魔法で鮮度を保ちながら作っています」

 そう言うとカシェイルさんは驚いたように、目を大きく見開く。


「魔法師……って、そんなやり方して調理するんですか?」

「俺の作り方は特殊かもしれないですね。俺は調理関係の魔法や技能がないから」

 えええっ? と、カシェイルさんから更に驚愕の叫びが漏れる。


 やっぱり調理関連のものがないのに、料理しているってのは珍しいらしい。

 俺のは食材を使った『加工・錬成』なんですよーとも言えないので、取り敢えず笑って誤魔化した。

 カシェイルさんはレトルト料理とパンをふたつずつ買って、夕食にふたりで馬車の中で食べますね、と言ってくれた。


「タクトさん、僕は来年もあの場所で山葵、売ることにしました」

「そうですか……じゃあ、お見かけしたら声をかけますね」

 そう言った俺に、カシェイルさんはサンリエーロさんに渡した約束状を手渡して微笑む。


「はい! 頑張って良いもの作って持って来るので、気に入ったらまた買ってくださいね!」

 気負いも嫌味もなく、満面の笑顔でそう言ってカシェイルさんは帰っていった。


 多分……俺は傲慢だったのだ。

『全部買わせろ』なんて、よく考えたら図々しいよな。

 生産者は、大勢の人に買って欲しいって思っているんだから。

 ああ……また反省事項が増えてしまった。

 受け取った約束状をくしゃりと丸め、大きく深呼吸をする。


 久しぶりに写経でもして、心を落ち着けようかなぁ……

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