第260話 大発見

 翌日、待月・一日の夕刻に、なんだか疲れ切ったビィクティアムさんがやってきた。

 どうやらセラフィラント公がなかなかブランドロゴを決められず、今の今まで悩みに悩んで結局ビィクティアムさんが決めたのだそうだ。

 ……お疲れ様でした。


 ビィクティアムさんが選んでくれたのは、俺が一番お気に入りの文字だった。

 セラフィラント公には悪いが、ビィクティアムさんが選んでくれて良かったかもと思ってしまった。

 実はどれが選ばれてもいいように、全部のものであらゆる大きさ、文字だけのものやマークだけのもの等のバリエーションを作ってあったのだ。


「おまえ……こんなに考えてくれていたのか……」

 頑張りすぎなんだよなぁ、おまえは、とビィクティアムさんに困ったような笑顔をさせてしまったが、これは自分がしたくてしたことなのだと言い切った。

「だって、文字を書く仕事なんてなかなかなくって……魔法じゃなくって『俺の文字』を欲しいって言ってもらえたのが、凄く嬉しかったんです」

「そうか。それなら、いいが……」


 大好きなもので誰かに認められるって、やっぱり格別の嬉しさがある。

 書かせてもらえて楽しかった。

 また、こういう仕事が来たらいいなぁ。



 そして、今年最後の不銹鋼ステンレスの輸出日。

 今回の不銹鋼は、いつもの倍以上の量である。

 なにせ、冬場はシュリィイーレから何処へも馬車を走らせることはできない。

 レーデルスからここまでも山道だし、当然ガッツリ凍る上に雪もどっかり積もるのだ。

 シュリィイーレに来られる馬車が一台もなくなるのだから、今日の便でなるべく沢山持って行ってもらわなくてはいけないのだ。

 ……まぁ、どうしても足りなくなったら、ビィクティアムさんに越領方陣門を使って手持ちで運んでもらうという手もあるが。

 大貴族の御家門の方に、そんなことはさせられないけどね。


 ビィクティアムさんがありったけの番重と牛乳缶を乗せろと言うので、こちらも遠慮なく載っけてしまった。

 セラフィラントの全ての港でビィクティアムさんが【浄化魔法】を使ったらしく、何処の港も例年にない豊漁なのだとか。

 これはますます何が届くか、期待が膨らむ。


「タクト、今日『ショコラ・タクト』は買えるか?」

 ビィクティアムさんが尋ねてきたので、ありますよ、と答えると十個ほど買ってくれた。

 また実家に持って行くのかと思ったのだが、どうやら頼まれものらしい。


「父上が俺に持って行かせると、勝手に知人に約束して……仕方なく、な」

「……あんまり行きたくなさそうですね?」

「そういう訳ではないのだが、その方々と実際に会うのが……確か二十五年ぶりくらいで……」


 ちょっと疎遠にしちゃっていたから顔を出しづらい、ということらしい。

 それはもう、頑張ってくださいとしか言いようがありませんなぁ。


 気が重そうなビィクティアムさんとショコラ・タクトを一緒に乗せて、馬車はセラフィラントへと出発した。

 外の風はすっかり冷たくなり、冬の到来を知らせる。

 かさかさと石畳の上を走る枯れ葉が、足元に纏わり付いてくる。

 空を見上げて息を吐くと少しだけ白いものが混ざり始め、今年の冬は寒くなりそうだなぁ……と俺は低い空のうね雲を眺めた。



 その日の午後、冬ごもりのための最後の買い出しに東の大市場に足を運んだ。

 冬場はどうしても根菜類が美味しいので、そちら中心になりがちなのだがこの時期に最後の菠薐草や葱などがレーデルスから届くのである。

 そして今年初めて見つけたのはなんと、ブロッコリーである!


 東の大市場は面積が広くてなかなか全てを周りきることができないのだが、今年は神眼のキラキラ具合で買うべき優先順位が明確になったせいか、無駄なく周ることができているのである。

 そのため、今まで売り切れ前に辿り着かなかった店にも足を運べているのだろう。

 ブロッコリーは、温野菜サラダで俺が一番好きなものなのだ。

 勿論、キラキラの彼らを大量購入である。


 我が買い物に、一遍の悔いなし! と帰宅しようとしたその時。

 俺は、我が目を疑うものを発見してしまったのだ!


「こ、これ……作っていらっしゃるんですかっ?」

 思わず聞いてしまった……

 作ってるから売ってるに決まっているじゃないか、と心の中で突っ込みながら。

「ああ、こりゃ俺ん息子が作っとるものだ。最近やっと良いもんができるようになったんだが、なっかなか使ってくれるとこがねぇんでな……」


 この不機嫌そうに喋るおじさんは、なんとロンデェエストの北西山間部からレーデルスへ『これ』を売りに来たが、全然売れなかったらしい。

 当のロンデェエストでもさほど売れるものではないみたいで、作っている農家は殆どないのだとか。

「これを……なんで息子さんは、作ろうと思ったんでしょう……?」

「息子の嫁さんちで元々作っとったみてぇだが、その地方だけでしか食べられてなかったんだと。で、うめぇから売ってくれって頼まれたんだけど、知らねぇもんは買うやつぁいねぇよなぁ」


 おお……この出逢いは甘薯の時と似ている!

 つまり、食材の神様のお導きである!

 魚があるならこれがなくては!


 そうっ!

『山葵』であるっ!

 しかも美しい清流でしか育たない、最高級の『本山葵』!

西洋ワサビホースラディッシュ』ではない、日本でお馴染みの山葵だ。

 正直、俺がどんなに欲しくても、この世界では無理だろうと諦めていた食材であった。


「全部、ください」

「へ?」

「お持ちの在庫、全て売ってください! そしてできれば、来年以降も沢山持って来てください!」

 燦めきが止まらない、最高品質間違いなしの本山葵。

 ここは是が非でも、手に入れなければならないのである!


 刺身に山葵と醤油!

 なんという完璧なトライアングル!

 ああ、本当にこの神眼は素晴らしい……!

 あの燦めきが見えなかったら、俺はこの食材を見つけることができなかっただろう。

 この大発見は、記念日として制定したいくらいだ。


 俺はその場で羊皮紙を取り出し、同じ品質のものであれば全て買い取るという約束状を書いたものを複製した。

 二枚共にその場で押印し、一枚を渡した。

 不機嫌おじさん、いや、サンリエーロさんはその約束状に署名だけでなく捺印までしてくれるなら、と初対面の俺を信用してくれたようだ。

 指輪印章を作っておいて良かった。

 これを役所に持って行って承認してもらえたら、契約は成立だ。


 サンリエーロさんに聞いたところ、山葵は主に調味料的に使用されるもので野菜のディップなどに入れているらしい。

 摺り下ろすのではなく、刻んで食べるのだとか。

 そうか、山間部に鮫皮のおろし器なんて、ないもんな。

 流石に今のシュリィイーレでも鮫皮のおろし器は用意できないが、陶器で作った細かい突起のものであれば大丈夫のはず。


 その他に、サンリエーロさんが持って来ていたものはカリフラワーであった。

 これは今までも少しはあったが、こんなに大きくて質の良いものではなかった。

 もしかしてこのサンリエーロさん、スーパー農家なのでは?

 これも勿論キラキラだったので、全買いである。


「いっやぁーあんた、タクトさんだっけか、思いっきりのいい買い方するのぅ」

「良いと解っているものには、躊躇していられませんからね。もしお時間あったら、うちの食堂に一度いらしてください」

 俺がそう言うと、サンリエーロさんが不敵な笑みを漏らす。

「俺らの作ったもん、どーんな料理にしてっか楽しみだ。明日、息子もっから一緒に食いに行くよ。覚悟しとけや。おめーが作るもんがうちのもんに相応しいかどうか、見極めてやっぺよ!」


 いやいや、なんだよ、覚悟って。

 勝負事じゃないんだからさ。


「俺らに旨ぇって言わせられなかったら、次ぁねぇからな!」


 俺はうっかり、生産者さんに喧嘩を売ってしまったってことなんだろうか。

 てか、勝手に買わないで欲しいなぁ、そんなもの……


「サンリエーロさん……なんでそんなにムキになっているんです?」

「俺らの作ったもんで、俺らより旨ぇもん作ってるって言ってんだろ? だったら、勝負してやるっつってんだ。気にいらねぇもん作りやがったら、契約なんざ破棄だ!」

 あ……この人、俺と根本的に合わないタイプみたいだ……


 俺は溜息を吐きつつ、さっき書いた約束状を取り出した。

「そんなこと、言ってないじゃないですか。申し訳ないですが……俺は食べ物で誰かと競ったり、勝負などと言い出すのが嫌いなんです。来年、売ってくださらなくていいです」

 そう言って、俺はその約束状をその場で破った。

 突然の俺の行動に、サンリエーロさんが目を白黒させている。

 俺が約束状を役所に提出しなければ、契約は不成立でサンリエーロさんが持っているものは何の効力もなくなる。


「食事は楽しむためのもので、そのために作り手は誰もが懸命に、食材を美味しく食べてもらえるように工夫しています。個人的な好みで、勝ちとか負けとか決められたくないです。そういう意図がある方とは気持ちよく取引できそうもないので、次回の話はなかったことにしてください。期待させてすみませんでした」

 そう言って頭を下げて詫びると、俺は唖然としたままのサンリエーロさんを振り返ることなくその場を去った。


 はしゃぎすぎた。

 約束事はやっぱりちゃんと話して、為人ひととなりを含めて納得してからすべきだったんだよな。

 俺は、自分の軽率な行動を心から反省した……

 なんだか急に、寒さが身にしみてくるような気がした。

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