第259話 セラフィラント・ブランドロゴ

 今年は少し寒くなるのが早いのか、二日間の収穫祭が終わるともう風が冷たくなってきている。

 セラフィラントへの不銹鋼、今年の最終便は十日後だ。

 あと三日で錆山も閉じてしまうので、駆け込み採掘に出掛けて鉄をたんまり調達してきた。


 そして、冬場の食材の確保もラストチャンスである。

 転移と神眼フル活用で、各市場の食材の買いだめに奔走していた。

 そんな時、ビィクティアムさんから依頼があった。


「え? 製作保証のための印を?」

「ああ、セラフィラント製であることを示せるように『セラフィラント』の文字を刻印したいらしい。その文字をおまえに書いて欲しいんだそうだ」


 文字。

 こちらに来て、初めてではないだろうか?

『文字を書く』依頼は。

 そうだよ、これこそが俺の本来のお仕事なんだよ……!


 工芸品とか日用品とかお菓子とか野菜とか合金とか料理とかばっか作っていたけど!

 翻訳じゃなく、清書じゃなく、デザインした『文字』を書く!


「はいっ! 承りますともっ! 何に使うんですか? どんな品に?」

「不銹鋼で匙や突き匙を作って、揃えにするらしい。他にも不銹鋼の製品全てに付けたいそうだ」

「そうなると……小さくても明瞭で読みやすくないとダメですね」


 しかも『セラフィラント製』の証明となるものだ。

 いわゆる『ブランドロゴ』と言うやつだ。

 メイド・イン・セラフィラントの文字だけでなく、美しく上品であることも求められる。


 スプーンやフォークだと柄の部分に、艤装などだと接合部でない曲面に使う場合もある。

 凝りすぎると潰れるし、多少の歪みで読めなくなっては意味がない。

 明後日までにいくつかの候補を書くので選んで欲しいと頼み、七日後の最終便に間に合わせるようにしよう。

 よし、早速部屋に戻って検討だ!



「さて……取り敢えず、いろいろ書いてみるか」

 様々な書体で『セラフィラント』と書いていく。

 入れ込む文字はこの中から選んでもらおう。

 文字だけの場合はそれでいいかもしれないけど、マークとして使うなら解りやすくて見やすい形があった方がいい。


 セラフィラントには六つの大きな港があり、周辺の小さな港を束ねているという。

 領内の街区も六つに分かれている。

 街区……は、あちらの世界でいうと『市』くらいの感じだろうか。

 いや、『県』くらいの規模はありそうだよな。


 六……で縁起がよさそうって言ったら『亀甲紋』かな。

 正六角形で、シンプルだし連続して描いても綺麗だ。

 縁は少し細くした方がいいな。


 亀甲紋の下半分に、青海波せいがいはの模様を入れてみよう。

 こちらもあまり大きくなく、主張しすぎないように。

 それに重なるように文字を入れ込んだら……うん、ワンポイントにもなるし、良いんじゃないかな。


 この『亀甲きっこう青海波せいがいは』をベースに文字位置を変えたり、字体を変えたりしたものをいくつか書いた。

 俺の一番のお気に入り、選んでもらえたら嬉しいんだけどなぁ。

 しかし、クライアントの好みが最優先である。

 一晩寝て、明日もう一度推敲しよう。


 翌朝、書いたものからふたつ外した。

 ランチタイムの後にひとつと夕食後にひとつ外し、新しくひとつ書いた。

 そしてその翌朝に、三つまでに絞った。

 よし、このうちどれかで選んでもらおうかな。



 朝食を運びがてら、ビィクティアムさんに選んでもらう三点を届ける。

「おはようございます。今日の朝食は乾酪入り玉子焼きと萵苣チシャと赤茄子ですよー」

 チーズオムレツにレタスとトマトのサラダである。

 おまけで蜂蜜たっぷりのヨーグルトも付けてあげた。


 ビィクティアムさんもやっと食の楽しさに目覚めてくれたのか、最近は食事を抜くこともなく美味しそうに食べてくれる。

 もしかしたら甘味だけでなく、食事から取れる糖分や栄養素も魔力量と関係しているのだろうか。


「うん、おまえの作った乾酪はやっぱり美味いな。これだけで買えないか? 父上が煩くてな」

「いいですよ。丁度良く熟成ができているものがありますから、持ってきますね」

「助かる。行くたびに強請られて、正直辟易としていたんだ」

「気に入っていただけて良かったです。この冬もいただいた牛乳で沢山作りますから、来年の春にまたできあがりますよ」


 自家製のチーズとバターは、どのメニューでも人気になってきているのである。

 単品売りはしていないが、バターを多く使ったり、チーズが使われている料理はレトルトにすると売り切れ続出なのである。


「で、どうですかね? セラフィラント公に気に入ってもらえそうなモノ、ありますか?」

「……ああ、どれも綺麗だ。この形に意味はあるのか?」

「外枠の六角形は『亀甲紋』といいまして、亀の甲羅の模様です。長寿吉祥の形で、二重になっているのは『子持ち亀甲』と呼ばれて子孫繁栄の象徴ですね」

「亀……か。セラフィラントでも、幸運を呼ぶと言われている」

「そうでしたか! セラフィラントは、大きな港も街区も丁度六つだったんでこの形にしたんです」


「中の模様は……波、か?」

「はい『青海波』という連続する波の紋様で『未来永劫穏やかに暮らしていけるように』という願いが込められています」

「そうか……どれもいいな。父上にご覧いただいて決めることにしよう。今日の午後にセラフィラントに行って、明日の夕刻に戻る予定だ。その時にどれにするが決める」

「かしこまりました。お待ちしてますね」

「報酬、なかなか良さそうだぞ? 父上がいつになく自信満々だったからな」

「おおっ! 楽しみです!」


 そういえば、報酬の事なんて気にせず受けちゃったよ。

 だって『文字』のお仕事もらえて、本当に嬉しかったんだもん。


「明後日の不銹鋼が、今年最後だな。いつもの牛乳の他に、おまえの方で欲しい魚介はあるか?」

「えーと……結構、いっぱいあって……捕れるものだけで構いませんのでお願いしていいですか?」

「勿論だ」

「じゃあ、帆立と蛸と……もし捕れたら旗魚かじき。それとますたらにしんでもいいです。あと……贅沢言えば、牡蠣……ですかねー」

「わかった。できるだけ揃えよう」


 わーい!

 番重、いっぱい用意しておこうっと!

 最近は魚料理のレトルトも売れてきているし、季節のお魚を楽しみにしてくれる人もきっと居るからね。

 俺は喜び勇んで家に帰り、牛乳缶も、番重も、いつもより多く用意してしまった。

 その時に『セラフィラント公自慢の逸品』も届くのかと思うと、ウキウキが抑えられないのであった。



 午後のセラフィエムス邸 〉〉〉〉


「……なぜ、儂が銘紋を決める時にタクト殿が居なかったのか……」

「どれも素晴らしい意匠ですからね。しかもセラフィラントに相応しい意味がありますから。俺も見せられた時は、全て使いたいと思ったくらいです」


「ああ、亀はアシェレイナの故郷、デートリルスの港と町の象徴だ。どうして儂は! こういう紋を思いつかなんだのかっ!」

「しかも長寿と子孫繁栄のふたつの意味を持ち、セラフィラントの海が永劫穏やかであるようにとの祈りまで込められております……これほどセラフィラントに相応しいものはありませんよ、父上」


「タクト殿は本当に、いろいろな知識を持っておるのだな。このセラフィラントのことまで知って、この形にしてくだすったとは……!」

「俺も街区と港の数のことまで考えてくれていたとは思っていませんでしたから、感動しました」


「ううむ……こちらの文字はとても華麗で美しいが……こっちの力強いものも捨てがたいし、こちらのは品があって重厚だ……ううむ……」

「どれも小さくしてもはっきり読めそうですし、父上のお好みでよろしいのでは?」

「全部いいのだ!」


「明日にはタクトに決定したものを伝えますから、今日中にお願いいたします」

「おいっ、おまえも考えんか、ビィクティアム!」

「いえ、それは現セラフィラント公である父上のご決定されることですから。俺は居間でお待ちしております」


「儂がこんなに悩んでおるというのに、先に寝たら許さんぞ?」

「乾酪を食べて待っておりますよ」

「何っ? そ、それはタクト殿の乾酪か?」


「はい。ご決定なさったら差し上げますが……早くしてくださらないと食べきってしまうかもしれません」

「馬鹿者っ! そんなことは絶対に許さんからな! ええい、早く決めねば! こうなったら……よしっ、これだ!」

「では、それをタクトに……」

「あ、いや、ちょっと待て。やっぱりこれだっ」

「……」

「いやいやいや、やっぱり……いや、こっちに……」


「では、俺は失礼致します。ごゆっくり」

「決められぬ……」



「そろそろ眠くなってきたな……まだ悩んでいらっしゃるのか」

「若君」

「なんだ?」

「旦那様が……机で眠ってしまわれて……」

「……この乾酪、明日の夜まで絶対に父上に出すな。俺も休む」

「はい、畏まりました」



(まったく……明日の朝までに決められなかったら、俺が選んだものにしてやる)

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