第258話 たこ焼き祭り
蛸が、届きました。
番重三段でいいと言ったのに、五段分。
五段目は半分、烏賊だったけど。
こっそりとビィクティアムさんから烏賊飯が美味しかった、と態々囁かれたってことはリクエストなんだろう。
セラフィラント公の指輪印章を届けてもらったので、その御礼状と追加報酬までもらっちゃいました。
御礼状には早速、指輪印章の魔力押印が使われていた。
セラフィラント公の魔力印は、とても鮮やかな藤色だった。
そして追加報酬は、なんと、牛肉です。
こちらでは食用として流通してても、量が少なくてあまり好んで食べる人も少ないのが不思議。
サシが少なく筋肉質な乳牛がメインでシュリィイーレに入って来る所では、ほぼ飼育されていないようなのだ。
しかも元乳牛の肉だと調理方法や時期によっては全然美味しくないせいもあり、人気が今ひとつなのかもしれない。
うちでは割と使っているのだが。
だが、これはちゃんと食肉用として飼われていたもののようで嬉しい。
かなり。
冬場に牛すじの煮込みとか作れる。
母さんもどうやら牛肉は好きらしく、とても喜んでいた。
……勿論、蛸は見せていない。
「はい。新しい指輪印章と公印の変更分です。聖称部分はちゃんと前・古代文字で作りました」
できあがった印章をビィクティアムさんに渡すと、指輪のデザインをもの凄く気に入ってくれたみたいだ。
結構花とか好きだよね、ビィクティアムさん。
「ありがとう……今度の指輪印章は
「特殊技術ですからね。でも手間的には全然大したことないんですよ。この金属に映える色が難しいだけで」
緋色金はちょっと煌めきすぎるのである。
だから半端な色では負けてしまうのだ。
S社のインクでなければ、この色は出なかっただろう。
「相変わらず、おまえの造形は美しいな。また父上に自慢できるものが増えた」
しないでください。
また、追加発注が来るかもしれないじゃないですか!
その時は是非、羊肉を、できればラムをお願いしますね。
蛸の入った番重を眺めつつ、ビィクティアムさんが溜息をつく。
「おまえ、その蛸……そんなに沢山どうするんだ?」
「収穫祭で使うんですよ」
「……それ、シュリィイーレの者には……難しいだろ?」
「じゃあ、食べてみます?」
俺はその場で練習していた『たこ焼き』を作ってみせる。
ピック一本でころころのまぁるい食べ物を成形していくという調理方法に、ビィクティアムさんは瞬きもせず釘付けである。
そしてできあがった一皿八個入りを渡しても、何を渡されたのか解らないという顔のままだ。
中の蛸に刺さるように突き刺して食べてくださいね、と言ったらやっと目の前のものが食べ物だと思い出したのか、熱々を口に入れて……どうやら上顎を火傷したっぽい。
俺が水を差し出すと、慌てて口内を冷やしていた。
物理攻撃完全無効中なので、粘膜は無事ですよ。
熱さや痛みは、感じるけどね。
「なるほど……これなら中が見えないから食えるし……美味い」
「今回は魚介が主役です。蛸の他には烏賊のみじん切りも入っていますし、上にかかっているのは鰹です」
そう、鰹節である。
荒節はできあがっているのだ。
半分は枯れ節にするので、あと二、三ヶ月かかる。
「何がかかっているのかと思ったが……魚をこんな風に使うとは……」
「蒸して燻して乾燥させているのです。旨味が凝縮されて良い出汁も取れるし、削ったものをそのまま食べても美味しいんですよ」
「これだけで売らないのか?」
ビィクティアムさんの瞳がキラキラである。
本当に魚、大好きなんだな。
「まだ少ないですからね。今度、鰹を大量にいただける時が来たら作るつもりです。保存がききますしね」
「任せろ。その季節が来たら絶対に持ってくる」
そう言うと二個目を口に入れ、またしても熱さで眉間にしわが寄っている。
「はーい、楽しみにしてまーす!」
はふはふとたこ焼きを頬張り、声を出せずに何度か頷くだけのビィクティアムさんの姿に、思わず笑いが出てしまった。
それから四日後、今年は
たこ焼きは予め、三十パックくらいは作りおいてる。
実演をしながら売っていくのが間に合わなくなった時の補充用である。
勿論魔法がかかっているから、箱を開ければあっつあつなので問題ない。
またしても、カムラールさんとセイムスさんの所のちびっ子達が、首っ引きである。
危なくないように硝子で仕切っているが、べったりと張り付いていてちょっと……怖い。
顔がめっちゃ真剣なんだよね、子供達全員……
やりたいんだろうけど、流石にそれは無理。
俺はすっかり屋台の兄ちゃんスタイルで、ピック一本でほいほいっとたこ焼きを丸めて仕上げていく。
だが、半袖はやはりこちらでは世間体が悪いので、七分袖だからちょっと暑い……
最初は甘味ではないということで出足が鈍かったようだが、開始
実演販売は、やはり集客力がある。
ありゃ。
メイリーンさんも並んでくれたみたい。
もの凄くわくわく顔で、めっちゃにこにこだ。
「あとで作ってあげるのに」
「だめなの、今、食べたいのっ!」
そうだよな、祭りを楽しむなら『今』じゃなくちゃね。
お祭り、一緒にいてあげられなくてゴメンね、と耳打ちすると、他の日はいつでも一緒にいてくれるから大丈夫、と笑ってくれた。
もう、本当に抱きしめたい。
気持ちを切替え、たこ焼きに集中する。
少し客足が落ち着いてきた頃、先日試食を差し上げた神官さんも買いに来てくれた。
あの時より具が多くなってるから、もっと美味しいよ。
たこ焼きをみんな楽しんでくれているみたいで、俺の作るスピードも上がっていく。
「蛸って初めてだな……」
「しこしこしてて旨い……けど、熱いっ」
「でもこれ、なんか癖になる」
「美味しいけど、足りないー」
「もう一回、並ぼうっ!」
「今度は、ふたつ買うわ!」
「へぇー、蛸って海の生き物なのかい」
「ロカエのものらしいぜ」
「うーわ、じゃあ献上品かよ! 絶対に食わなくちゃ!」
ふっふっふっ、皆さん順調に蛸の虜になっているようだな。
あのビジュアルさえなければ、こうして受け入れられるのだ。
お姿は当分の間、謎のままにしておこう。
だがきっと、王都に献上はされていないと思う。
流石に。
そうこうしているうちに番重四段分の蛸は、昼が過ぎる頃には全て捌けてしまった。
父さんも俺も結構疲れているが、やりきった感でご機嫌であった。
さてさて、プラリネの方はどうだったかなぁ。
おおおっ!
自販機のチョコレートは、六個入りも十個入りもほぼ残っていない。
焼き菓子やレトルトパックまでついで買いがあったのか、かなり在庫がなくなっている。
チョコは売り切れたらもう在庫がないんだけど、その後はいつもとは違うマドレーヌなんかを入れておこう。
レトルトパックの帆立コロッケが、大人気である。
これは是非とも、次回も帆立を大量に入れていただかなくては。
そしてひっそり販売していた貝紐の佃煮がおじさん達に好評で、烏賊飯と併せて買っていく人が多かった。
軟体動物たちに頑張ってもらった今年の収穫祭、大成功と言えるのではないだろうか。
店頭販売終了後の休憩の時に、父さんと母さんにもたこ焼きを食べてもらった。
「タクト、これ、美味しいねぇ!」
「うんうん、熱いけど、やっぱうめぇ……蛸と烏賊ってのは、なかなか良い味していやがるな」
大好評いただいたので、たこ焼きはこれからもたまに作って店頭売りしてみよう。
うーん、魚介で欲しいものが増えてきたな……
これは不銹鋼以外にも、何か売りにできるものを考えなくては。
セラフィラントでは何が売れるかなぁ……
セラフィラント公と執事 〉〉〉〉
「ほぅ、不銹鋼の食器か」
「大変丈夫でございますし、口にあたった時の感触が木工のものよりよいと評判が高うございます」
「ふむふむ。銀よりは安いから、使いやすいのかもしれんな。よし、量産に入れ」
「そのことでございますが、特別製の逸品にはセラフィラントの作成であるとの印章を入れては如何かと、金属工房のものが申しておりますが……」
「なるほど、よい案だがその意匠はどうするのだ?」
「若君の銘紋を考案なされた方にお願いしてみては……と」
「タクト殿か。確かに彼の意匠は素晴らしい……ビィクティアムの銘紋のような印象的なものならば、彼に頼むが最善であるな」
「タクト様は一等位魔法師であり、しかも教会書師とか。これ以上の権威のある方はイスグロリエストにはいらっしゃいません。セラフィラントの製作保証の意匠をお作りいただくには、最高の方でいらっしゃいましょう」
「今後セラフィラントの製品の全てに掲げる意匠ならば、是非とも頼まねば……しかし……タクト殿は金では動かぬ」
「では一体、何をお求めで……?」
「この間渡した石の価値を、即座に見抜いた見識眼の持主。生半可なものではセラフィラントの沽券に関わる」
「タクト様は、食に造詣の深いお方と聞きました。我が領地の自慢のものをお送りしては如何かと」
「ううむ、それもよいな。しかし……一体何が……」
「実はレクサナ湖近隣の村にて、大変美味であると評判の果物がございます。収穫量が少なく、なかなか他の町に出回らないとか」
「もしや、先日食べたあれか! おう、あれならば良かろう! どれほど調達できる?」
「そろそろ収穫も終わる季節ですので……三十個ほどでしょうか」
「よし、採れるだけ用意しろ! あれならば、タクト殿も絶対に喜ぶはずだ!」
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