第257話 オキニイリ
反省中である。
あのイスグロリエスト全土に衝撃の走ったセラフィエムス卿の神斎術公開式典から二日、未だに落ち込んでいるのである。
なぜならば……
「叔母上から聞いたのだが、長官の魔力量は三万を優に超えていらしたと!」
「神斎術という至高の神術を得られたのは、長官が如何に人格者であるかという証だな!」
そう、今までビィクティアムさんへの陰口に歯軋りするほど悔しい思いをしてきたのであろう衛兵さん達が、ここぞとばかりに喜びを爆発させているのだ。
うちの食堂に食事をしに来る度に、誰もがこの話題で持ちきりなのである。
きっと詰め所内などでは、ビィクティアムさんがこの話題を禁止しているのかもしれない。
みんな話したくて、うずうずしているのだ。
だがしかし、これくらいならばいい。
このように賛辞が飛び交うことは想定済であった。
寧ろ、喜ばしいことである。
「何より凄いのは『聖称』を神々から直接賜ったことだ!」
「ああ! 神々は長官の魔法で呼び覚まされ、新たに眷属としてお迎えになったのだからな」
「神々から賜った御名の響きが、素晴らしいではないか!」
「そうとも! 『ディネロヴィエント』!」
「いいなぁ……凄くカッコイイ……!」
うっとりとその名を口にするなぁぁぁぁぁっ!
俺の中二病が今、衛兵隊全員に感染してしまっている!
いや、イスグロリエスト全土に!
これをパンデミックと言わずして、何が感染爆発だというのか!
ああ……俺の黒歴史が、イスグロリエストの歴史に書き込まれてしまった……
「ディネロヴィエント・セラフィエムス卿に乾杯!」
「聖ディネロヴィエント卿に!」
だから、皆さん……その名前を連呼しながら『なんちゃってレスカ』で乾杯するの、止めて……
衛兵さん達が昼間からお酒飲めないのは解るけど、うちに来る人みんながこうしてきゃっきゃっとあの名前で乾杯されるのである。
当のビィクティアムさんに『この名前、恥ずかしい』とか思われていたらどうしよう……
俺なら絶対にそう思う!
そんなこと言われたら、泣きながら謝っちゃいそうだ。
てか、寧ろ謝って楽になりたい!
しかし言えないのである。
絶対に、死ぬまで、いや、何度生まれ変わろうと、この世界の破滅まで絶対に言ってはいけない。
そして、落ち込み続けるのである……
「でもさ……これ、長官がセラフィラントに戻るのが早まったってことだよな?」
ひとりがそう呟いた途端に、しん、となってしまう。
そう、ビィクティアムさんは嫡子、次期セラフィラント公なのだ。
いつまでもここには居られない。
そして魔力量の事さえ問題がなくなれば、今すぐにでもセラフィラントに戻って領地経営を手伝ったって不思議じゃない。
いや、王都で重要な役職に就くことだってあり得る。
「きっと……娘を婚約者にって、多くの貴族達から話が舞い込んで来ているのだろうな」
「今になってそんなことを言い出す家門の女に、長官がなびくと思うか?」
「そうだけどさ……でも、選び放題なわけだろ? 家門のためになる女性を……選ぶんじゃないかな」
「大貴族に大切なのは感情より、魔法と使命……か」
「でも長官は好きな人とじゃないと、絶対に結婚しなそうだけどな」
「てか、『できない』だろ? 好きじゃねぇと」
「何ができないって?」
うううわーーーーっ、吃驚したぁっ!
「わっ、長官っ!」
「いらしてたんですかっ?」
噂話に花を咲かせていた衛兵さん達は大慌てである。
「今、戻ったばかりだ。疲れた……タクト、甘いもの貰えるか?」
「はーい、今日のお菓子はココアの焼き菓子と飴細工ですよ」
めちゃくちゃ甘い逸品である。
やっぱり、甘味好きは魔力量に関係ありそうだなぁ。
こんな極甘のお菓子を、こんなにも幸せそうに食べるようになったんだね、ビィクティアムさん……感慨深い。
「あのぉ、長官……」
「なんだ?」
「セラフィラントには……お戻りになるんですか?」
おお、勇者が
「んー……今度行くのは、明後日から三日間だが……その後は来月初めくらいだな」
「いえ、そういう一時的なものじゃなくて……御領地での、セラフィラント公の引き継ぎとか……」
誰もが固唾を飲んで、答えを待ち構えている。
何を言われてもショックを受けないようにだろうか、身構えている人もいる。
「なんでそんなこと、聞くんだ」
怪訝そうに睨むビィクティアムさんに、負けじと勇者は
「その……神斎術なんて凄いもの授かっちゃったし、領地の方々も……長官に戻って欲しいんじゃないのかなーって……」
「おまえ、そんなに俺の父を引退させたいのか?」
「いっ、いえっ、そういう意味では……」
「父が当主になって、まだたった三十年ほどだぞ? 少なくとも後百二十年は続ける。そんなに早く代替わりしたら、セラフィラントに何か問題があるみたいじゃないか!」
ああ、そうか。
こっちの寿命スパン、考えてなかったよ……
一般臣民より、大貴族の方がはるかに寿命って長いんだった。
「第一、俺の子供に聖魔法を顕現しない限り、俺は正式に次期当主にはなれん。少なくとも百年はシュリィイーレにいるに決まっているだろうが」
呆れたことをいうな、とばかりにビィクティアムさんは軽く全否定。
ほぉぉー……、と衛兵さん達が弛緩するのが解る。
そっか、あと、百年か。
これ、長いのかな?
短いのかな?
「ビィクティアムさん、おかわり、如何ですか?」
「ん……うむ、もらおう。紅茶ももう一杯」
「はいはーい」
あと百年。
たっぷりお菓子を食べていただこう。
「ところで長官。あの『聖称』って格好いいですねっ!」
その話を蒸し返すなぁぁぁぁっ!
「そうか?」
「そうですよ! もの凄く響きが綺麗だし」
「ああ、強そうな感じもあるし!」
「品がありますよね」
「褒めても何も出ないぞ」
あれ?
なんか……照れてるけど、まんざらでもないのかな?
「そうだ、折角ですから聖称の指輪印章をお作りになったらどうですか?」
「おおっ! それはいいなっ! 絶対に作るべきですよ」
「公印にも、入れ込んだ方がよろしいのではないですか?」
「そうですよ、公印こそ聖称であるべきだと思います」
衛兵さん達が、煽る、煽る。
ビィクティアムさん……どうするのかなぁ。
「タクト……公印の変更と、新しい指輪印章も頼めるか?」
「ハイ、イイデスヨ」
この人、絶対に気に入ってる。
ビィクティアムさんも中二病に罹患している!
「代金として、番重三段分の蛸を要求致します。十六日までにお持ちくださるのであれば、両方まとめて三日で仕上げましょう」
「解った。用意しよう」
衛兵さん達から拍手が起こる。
もー、本人が気に入ってるならいいや。
落ち込んでた俺の方が、なんだか馬鹿みたいじゃないか。
「でも、どういう意味なんでしょうね……俺、調べたんですけどそんな単語全然なくって」
「前・古代文字なんでしょう? 神々のくださった名前なのだし……古代語なら、調べられませんよ」
古代語どころか異世界語ですよ。
「タクト、『ディネロヴィエント』という言葉は知っているか?」
うわ、みんなめっちゃ聞きたそう……
「……造語……ですね。強いて言うなら『
おおおーっと、雄叫びに似た声が上がる。
「意味まで格好いい……!」
「
正確には違うんですけどね。
そう言っておいた方がまだカッコイイかと。
「この名前をくださったのが、アールサイトス神なんじゃないですか?」
違います。
俺です。
そして神々の悪ノリです!
ビィクティアムさん、にっこにこじゃん。
ものごっつ気に入ってるじゃん。
そっか、なら、もう、いいか。
さて、俺はお部屋に戻ってビィクティアムさんの印章、つくろっかな。
収穫祭用の蛸が大量に仕入れられて、よかったですよ。
そういうことにしておきます。
はい。
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