第256.5話 式典後の人々
▶聖神司祭達
「まさか、本当に神斎術を授かっていた方がいらしたとは……」
「ええ、スズヤ卿の神聖魔法にも驚きましたが」
「しかもまさか、あのセラフィエムス卿とは。まったく、予想していなかった事態です」
「あれほど少なかった魔力を、どうやってあんなにも伸ばされたのでございましょう?」
「先ほど『神斎術を授かった際の恩寵』と仰有っていたな……」
「神々がお認めになったからこそ、魔力を授かった……ということでございますか」
「ああ、やはり魔力というのは神々からの寵愛を示す秤であるということだ」
「今回のことも踏まえ、従者家系の階位についても正しく整理しなくてはなりませんな」
「ええ、少々不埒な者達が蔓延り過ぎている。陛下に対しても、聖魔法師に対してもあまりに不遜」
「継承の条件も、厳しくすべきでしょう」
「ええ、賛成です。皇后殿下の教育機関の再編と併せ、大綱の草案を作りましょう」
「そこに『神聖者』と……神斎術を獲得された方の称号も規定するのですか?」
「そ、それは止めた方がよろしい!」
「え? なぜですか? ハウルエクセム神司祭」
「すっ、既に神々が御自ら『神』とつく魔法や称号をお与えなのですよ? 我々がその上から被せるように名を付けるなど、御不興を買うだけでございます!」
「な、なるほど……確かにそうですな」
「そうですとも、リンディエン神司祭! ましてや『聖称』を賜ったセラフィエムス卿に我々が何かを『授ける』など、神がお怒りになってしまわれる!」
「『聖称』は……使命を果たされたセラフィエムス卿に対しての神々の祝福なのでしょうか。だとしたら、家門の使命に関わっていない我々では、賜ることはないのですよね……」
「いや、使命を果たして尚、この国に仕えると誓いを立てたことが神々の意に沿うたことであったから、ではないですか?」
「なれば、我々も神々の意を汲み、御心に叶えば……」
「わたくしは、そう思います。神々は、全てをご覧になっているのですから」
「うむ、私も同意である。セラフィエムス卿のように決して諦めず、倦まず弛まぬ努力をして、神々の意を汲むことこそ必要なことであろう」
「……もし賜るとしたら……どんな名になるのでしょう……」
「セラフィエムス卿のように、見栄えのよい名であろう。なにせ、神々がお考えくださるのだから」
「ますます意欲が湧きますね。励まなければ!」
▶従者の家系貴族達
「い、今更、セラフィエムスに対してどうすれば……」
「おまえの所では散々、口さがないことを言っていたからな。今度はおまえ達ルーデライト従者達が、罵られる番だぞ」
「貴様らゲイデルエス家門従者とて、同じではないか!」
「我々はおぬしらのように、下らん悪口などはたたいておらん」
「馬鹿にしていたことには変わりない。今度はセラフィエムスに媚びるつもりなのだろう?」
「力のある者に添うは、当たり前のことだ」
「セラフィエムス卿がおまえ達の腹を読めないと、高を括っている訳か」
「きっ、貴様、ロウェルテア家門の……」
「今までセラフィエムスを侮ってきた全ての従者家系は、皇家からも教会からも厳しい沙汰があるだろうなぁ。お気の毒様」
「我がロウェルテアがセラフィエムスと関係が深いからと、今まで随分と不快な思いをさせられた。俺達だって忘れてはいないぞ?」
「ふん、おぬしらと下らん話をしておる暇などない」
「娘をセラフィエムス卿の婚約者に……とでも売り込むつもりか」
「ははは! 止めておけ! 恥をかくだけだぞ」
「そうとも。セラフィエムス卿が、従者の家系など相手にするものか」
「会わせてみねば解らぬわ。貴様らとて、同じようなことを企んでおるくせに」
「ふん、従者の、下位貴族の娘がセラフィエムスのお子を授かることなどできん。あの魔力量を見ただろう?」
「う……た、確かに。しかし、お手つきになれば、それだけでも家格が上がるというものだ」
「だから、無理だよ。大した魔力量を持たぬ女に、セラフィエムス卿が惹かれるはずなどないからな」
「ええい、煩いっ」
「こうしてはおられぬ。我らもセラフィエムス卿に娘を……」
「わたくし達も……」
「やれやれ、こりゃあ大変だね、セラフィエムス卿も。急に女達が寄ってきて」
「あの方が今更、下らん女に引っかかるとは思えない」
「ああ……セラフィエムス卿に相応しいのは、我がロウェルテアの姫君だけだ」
「ロンデェエスト公は……どなたを推されると思う?」
「俺は、三女のエレーアルテ様だと思っている」
「四女のミスフィリス様が相応しいと思うが……」
「賭けるか?」
「いいだろう。葡萄酒を三本だ」
▶セラフィラント公とコレイル次官とロンデェエスト公
「わたくしの監督不行届で、我が家門の従者共が大変な失礼を致しました……」
「顔を上げてください、コレイル次官。私も息子も、あの程度では揺るぎませんぞ」
「セラフィエムスのお血筋が、どれ程強靱なお心をお持ちかは存じておりますが……そういう問題ではないのです……はぁ……」
「コレイル次官は……あの従者共を、如何なさるお心積もりでしょう?」
「実は、もともとキシェイス家は新しい年より家格を下げ、従者階位が剥奪されることが決まっておりました」
「おや、それでは自分で華々しく散ることを選んだわけだ。馬鹿の考えることは突飛すぎて予想もつかん」
「アデレイラ……その言いようは……」
「いえいえ、ロンデェエスト公の仰有る通り、ここでなにがしかの功績を立てて、わたくしに価値を主張するつもりだったのでしょう……他者を貶めることでの功績など、あろうはずがないというのに」
「
「アデレイラ!」
「私は純粋な疑問を持っただけだぞ、ダルトエクセム」
「それは、わたくしも聞きたいですよ……四代前と三代前が従者などとした者達は、悉く愚か者ばかりで……中でもキシェイス家は正当な血筋の娘を、ただ気に入らぬからと放逐し、その娘が産んだ子供に家系魔法が宿っていることが解ると、無理矢理に我が家門の傍流家系へ嫁がせようと画策したり……もう、本当に……全員磔にでもしたいくらいでして」
「そ、それは……ご心労甚だしかったことだな。いや……そこまで愚か者だったとは私も想定外であった」
「お解りいただけますかっ? その息子達は傍若無人で、親戚筋の者まで勝手に貴族面をしだすし、どれっほど……シュリィイーレでセラフィエムス卿にご迷惑をお掛けしたか……!」
「あー……ビィクティアムも、かなり厳しく処罰しておったから……恨まれていたのであろうなぁ」
「でも、これでスッキリしました。あいつら全員、財産も何もかも接収して放逐することに致しますから。従者の認定は人格を最優先で、わたくし自身が全員、選び直すつもりです。いえ、本当は従者など要らないのですけどね!」
「それは……ご苦労なことだ。お疲れになりませんようにお祈り申し上げる」
「ありがとうございます、セラフィラント公。……わたくしも心穏やかに、美味しい菓子でも食べて過ごせる日が来ることを願っております」
「菓子……といえばこの間ビィクティアムの持ってきた『ショコラ・タクト』を食べましたなぁ。噂以上に美味であった」
「なにっ! なぜ、私の所に持ってこないのだっ!」
「無理を言うな、アデレイラ」
「『ショコラ・タクト』……あれは実に、美味でございますなぁ……」
「コレイル次官も、召し上がったことがおありなのかっ?」
「ええ、今、末息子がシュリィイーレの衛兵隊に所属しておりますから、時々持ってきてくれるのですよ。その店の菓子は、どれもこれも素晴らしく美味しいのです」
「ずるい……私だけ、食べていない……っ!」
「ロウェルテア家門からは、どなたもシュリィイーレには赴かれていないのでしたか?」
「ああ……今年成人した次男の騎士位研修は王都だし、長男が行った十年前にはまだ『ショコラ・タクト』はなかった……」
「今度ビィクティアムに持って行かせるよ、アデレイラ」
「本当か?」
「ああ、あいつも……レティエレーナ嬢に会いたいだろうしな」
「そうだ! レティエレーナだ! 今度こそ、ビィクティアムと婚約させてやれるのだろうな?」
「おや、そんなおはなしが」
「そうなのだ。コレイル次官、あなたからも言ってやってくれ! いつまでも先延ばしにしおって……」
「仕方なかろう。あやつが『まだ早い』とか『自分は相応しくない』などとごねるのだから」
「魔力量のことなど気にするほど、うちのレティは狭量ではないぞ?」
「それは……男系家門の男としては仕方ございませんよ、ロンデェエスト公」
「……そういうものなのか? それにしたって、もう何ひとつ問題あるまい! 今やビィクティアムは、イスグロリエスト随一の魔力量を持ち、神々からの寵愛もいただいている」
「そうですねぇ、あの魔力量には目を剝きました。いや、なんとも素晴らしいことです」
「初めて見た時は……自分の目が願望を映してしまう魔眼にでもなったのかと思ったほどです」
「おめでとうございます、セラフィラント公」
「ありがとう、コレイル次官」
「で、いつビィクティアムはロンデェエストに来るのだ? 長くは待てんぞ」
「おまえは……菓子が食いたいだけではないのか?」
「それもあるが、レティエレーナが待っているといっているだろうが。あの子はビィクティアム以外は絶対に嫌だと、他の男とは会おうともしないのだからな。責任を取ってもらわねば」
「儂から強制はできんし……したくない。強要された関係は、絶対に壊れる」
「レティエレーナを、あのドードエラスの愚者と比べるな。不快だ」
「まあまあ……こういうことは焦っても仕方のないことですし、セラフィエムス卿も今後のことはお考えでしょうから、おふたりが言い合っても詮無いことでございますよ」
「コレイル次官は達観していらっしゃるな」
「……蜜月も破綻も……よぉく、存じております故」
「ご苦労が……絶えないのですね」
「ええ……息子の買ってきてくれる菓子が、唯一の安らぎなのです……」
▶ロイヤルファミリー
「なんだか……怖ろしいですわ。神典や神話が見つかる度に、大きく今までの全てが揺らいでいくようで……」
「うむ。今回のビィクティアムのことは……この目で見ても未だに信じられぬ」
「あの場で、ビィクティアムが誓いを立ててくれていなかったらと思うと……」
「大丈夫だ。セラフィエムスは。他の大貴族達も、決して愚かではない」
「そうですね……神々も『これでよい』と仰せでしたものね」
「父上!」
「何事だ、許可も求めずに入室するなど」
「あ、申し訳ございません。気が急いてしまって。母上もご一緒でしたか」
「どうかしましたか、エルディエステ」
「わたくしに、在野で学ぶ機会をいただきたいのです」
「まぁ! あなたは皇太子なのですよ?」
「だからこそでございます」
「いきなりどういった風の吹き回しだ?」
「セラフィエムス卿の……ビィクティアムの魔法や技能をご覧になりましたでしょう?」
「ああ、素晴らしい魔法と魔力量であった」
「魔力量や神斎術は確かに素晴らしいですが、わたくしが申し上げたいのは、その他の一般的な魔法や技能の段位でございます」
「その他……か。確かに、殆ど全てのもので特位か第一位であったな」
「魔法師も一等位でありながら、騎士としても第一位、あらゆる魔法に長け、剣術や体術も常人以上。しかも鑑定などの知識も。私の方がたった五年とはいえ年長であるにもかかわらず……特位の魔法や技能など……片手でも余るほどしかない」
「ビィクティアムとあなたとでは立場が違います」
「だからといって、わたくしの魔法や技能が劣っている理由にはなりません」
「在野……とは、具体的にどうしたいのだ」
「他国に見聞と研鑽に行かせてください」
「駄目だ」「駄目です」
「……では、国内の別の領地での研鑽をお許し願えませんでしょうか。私はこの国のことももっと知りたい」
「王都でも充分に学べます」
「足りません。もっと、あらゆることを学び、甘えを許さずに鍛えたいのです!」
「行くと言ったからには、一朝一夕に戻ることは適わんぞ」
「はい」
「泣き言も、言い訳もできん」
「はい」
「陛下!」
「最長で一年だけ、シュリィイーレであれば……構わん。あの町は今、最も安全な場所だ」
「ありがとうございます、父上!」
「ただし、条件がある」
「え……?」
「身分を隠し、誰にも皇国皇太子であると悟られないこと。隠蔽の魔法で姿も全て変えよ。名前もだ」
「は、はい」
「絶対にシュリィイーレの外に出ないこと。外壁の外に出ることは何があっても許さぬ」
「はい」
「ふたり、侍従を付けよ。そのふたりからおまえの行動全てを報告させる。別行動も許さぬ」
「し、しかし、それでは……」
「勘違いするな。決しておまえは自由ではない。名を偽ろうと、おまえが皇太子であることは揺るがぬ。全て監視下、保護下にあって当然だ」
「……はい」
「一ヶ月に一度は必ず王都に戻り、皇太子としての務めを果たせ」
「はい」
「ひとつでも違えば、すぐに王宮へと戻す」
「はい!」
「それと、もうひとつ」
「母上からも……ですか?」
「当然です。絶対に、女性と関係を持ってはいけません。友人としてでも許可できません」
「は……い」
「おまえが関係を持った女性は、命を落とすと心得なさい」
「はいぃっ?」
「アイネ……なにもそこまで……」
「そこまでしなくてはいけないことです。エルディエステには、れっきとした婚約者がいるのですよ? シュリィイーレには、傍流貴族の女性も多くいらっしゃいます。万一のことがあれば……皇家は破滅します」
「は、破滅……」
「そうです。皇家と関係を持つ女性の存在とは、そういうものなのです。もしおまえがシュリィイーレで婚約者以外の女性と関係を持ったり、剰え身ごもらせたりしたら即刻廃嫡に致します。覚悟なさい」
「はっ、はいっ! 決してそのようなことは致しません!」
「う、うむ、それくらいの心構えで当然じゃな」
「あと、一ヶ月に一度戻る時は、必ずタクトの菓子を買っていらっしゃい。忘れたら承知しません」
「うむっ! 厳命じゃ!」
「はい!」
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