第256話 開示

 写し出されたビィクティアムさんのデータに、会場は水を打ったように静かになった。

 誰ひとり、視線を外すことができないようだ。

 陛下でさえ、ぴくりとも動かない。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 名前 ビィクティアム/聖魔法騎士

 家名 セラフィエムス 

 年齢 71 男

 殊勲 イスグロリエスト紅勲章

 在籍 セラフィラント

 父 ダルトエクセム/セラフィラント領主  

 母 アシェレイナ/故

 魔力 31806


 【神斎術師 準階】

 青金石掩護・初代

 海の護り・正 

 薫風・練


 【第一等 騎士】

 剣聖 第一位階級

 

 【魔法師 一等位】

 制御魔法・特位 境界魔法・特位

 空力魔法・特位 風刃魔法・特位

 迅雷魔法・特位

 

 制水魔法・第一位 回復魔法・第一位

 焰熱魔法・第一位 


 【適性技能】 

 〈特位〉

 錬金技能 鉱石鑑定 身体鑑定

 剣術技能 身体操作 体術技能

 〈第一位〉

 金属鑑定 水生鑑定 弓術技能

 馬術技能 盾術技能 操船技能

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 他の人の身分証データ見るの初めてだ……

 聖魔法騎士……ってもしかして、パラディンって奴か?

 うわ、かっこいいっ!


 ビィクティアムさんの雷は【雷光魔法】じゃなくて【迅雷魔法】……なのか。

 そうか、それで強力だったんだな。

 確かセラフィエムス家門は、雷光系が絶対遵守の血統魔法、だったよな。

 やっぱり、正当な後継者ってことなんだな。


 段位が上がっているのは神斎術恩恵の可能性もあるけど、これはかなり凄い。

 しかし映し出されたものを眺めてると、なんだか違和感が拭えない。

 どうしてこうも、色々な属性が出ているんだ?


 いや、自分のことは棚の上なのだが。

【文字魔法】みたいな反則技の魔法がないのに、ほぼ全ての属性の魔法や技能が顕現している。

 でも、どれもこれも、もの凄く魔力を食うモノばかりだな。


 ビィクティアムさんって、元々『全属性持ちオールラウンダー』なのかな?

 だから魔法が育っていない時は、器用貧乏的で役に立たなかった……って感じなのかも。

 だとすると、これからもっとありとあらゆる魔法が出て来そうだなぁ。


 てか、七十一歳……まぁ、こちらではかなりの若手なんだよね、うん。

 向こうの世界換算だと、二十五歳前後って感じだもんね。

 見た目もそれくらいだし。



 静かだった会場がいきなり、破裂したかのような歓声と拍手に包まれた。

 吃驚しすぎて、一メートルほど落ちてしまったくらいだ。

 誰もが口々にその膨大な魔力量と、高段位を讃えている。

 そして『神斎術』を。


「し、神斎術……」

「まさか……獲得なさっている方がいらしたとは……」

 聖神司祭様方も驚愕を隠せないようだ。


 陛下がデータから目を放せないまま、ビィクティアムさんに問う。

「ビィクティアム……おまえ、いつの間にこれほどの魔力を……?」

「神斎術を賜りました際に、神々より恩寵をいただきました」


「うっ、嘘だっ! あり得ないっ……あり得ないっ!」

「控えよ! おまえはセラフィエムス卿に対し、不当な侮辱をしたのだ! その罪、決して許されぬ!」


 コレイル次官は強めにキシェイス、いや、ヒューデルを制すると、近衛に捕らえるよう指示をした。

 おおっと、逃亡を図るヒューデル!

 追う、近衛!

 ヒューデル、確保ーっ!

 だが、仲間がいた模様!

 何人かの貴族が慌てて退席しようとするので、ちょっと弱めの雷なんか落としちゃおうかなー。

 逃がさないぞー。


 パシーーンッ!


「えっ? ま、魔法っ? セラフィエムス卿、あなたが?」

「いいえ、私ではありません」

「セラフィエムス卿ではありません。魔力量が、全く変わっておりませんから」

 カルティオラ神司祭の声に『では、誰が……』と誰もが顔を見合わせ、辺りを見回す。

 そこに、ハウルエクセム神司祭の叫び声が響く。


「神です! 神が、おわすのです!」


「ハウルエクセム神司祭……どういうことだ?」

「陛下、神々が、神斎術を持つセラフィエムス卿にお味方なさっているのですっ! 誰ひとり魔法を使うことのできぬこの場所で、雷光が走ったことが何よりの証拠でございますっ!」


 ハウルエクセム神司祭は必死の形相で、まるで許しを請うかのように胸に手を当てて祈りを捧げている。

 あれ……もしかして、俺の脅しが効き過ぎちゃったのかな……

 トラウマになってたら、ごめんなさい……



 不審な行動をした者達も捕らえられて、場内も静かに……なっていないな。

 あちらこちらから、不穏な声が聞こえてくる。


「セラフィエムス卿が神斎術を得られたということは、聖魔法師などより上の位ということですよね?」

「ああ、皇家では、神斎術はおろか、神聖魔法すらないのだから……」

「セラフィエムス家門こそが、この国の新たな導き手ということですか?」

「いや、しかし、皇家にはそれ以上に価値ある魔法が……」

「神の認める神術より価値のある魔法など、あるのでしょうか?」


 誰が本当のトップか……これはビィクティアムさんには、織り込み済みの事態なのだろう。

 表情が全く変わらない……というか、余裕すら感じられる。

 皇太子殿下の方が、ちょっとビクついてるっぽい。


「皆様、お静まりいただきたい」


 ビィクティアムさんの声に一瞬で、誰もが口を噤む。

 命令ではない、強制ではないが、従わせる『声』。

 従いたくなる……というべきか。


「私は神々より、この神術を行使する許可をいただいた。それはあくまで皇家とイスグロリエスト皇国、そしてセラフィラントのため。私は、セラフィエムスは、今後もこの国のために皇家の臣として、力の限りを尽くすと誓約致します」


 一拍おいて、割れんばかりの拍手が、陛下の前に跪いたビィクティアムさんに注がれる。

 神斎術は、皇家ですら持ってはいない最も高位の神術。

 たとえそれがあったとしても、セラフィエムスは決して臣としての本分を忘れないと誓う必要があったのだ。


「うん、これでいい」


 あ、しまった!

 うっかり声、出しちゃった!

 まだ双方向で聞こえちゃうの、直していなかったのに!

 慌ててビィクティアムさんの方を見たら……キョロキョロしてる……


「今……お言葉を賜りました」


 うわぁ……またご神託になっちゃったよー。

「何っ? 神が何か仰せだったのかっ?」

 陛下、前のめり過ぎ。


「はい。『これでよい』と。セラフィエムスが皇家とこの国に仕えることこそが、神々のお望みのようです」


 そうそうっ! そんな感じでっ!

 よかったー、ビィクティアムさんが素直に受け取ってくれる人で。


 会場中から感嘆が漏れる。

 安堵の空気が、皇家の方々にも。


 じゃあ、ここらでちょっとお祝いしちゃおうかなぁ。

 魔法で光学迷彩を試している時に、面白いことできるようになっちゃったんだよね。

 空気中の水滴にもならない水の粒に、光を閉じ込める。

 そして、それを一気に量産!


 ぶわぁっ、と光の欠片がビィクティアムさんを包む。

 そして、会場全体を。


 あ、ビィクティアムさんの身体から、ふわっと柔らかな風が吹いている。

 もしかして、これが『薫風』なのかな?

 金色の、風。

 なんかとってもビィクティアムさんに似合うね。


 金……ゴールド? オーロ?

 いや、イタリア語よりスペイン語の方がビィクティアムさんっぽいか?

 ディネーロ……だったかな、金は。

 意味的にはニュアンスが違うけど、音の響きはこれが好きだなぁ。

 風は……ヴィエントだった気がするから……


「ディネロヴィエント」


 なんて感じだとカッコイイ?


「え、今、なんと……?」

 うわっ、また声が出ちゃった。

 まずい、まず……え?


「うわあぁぁぁっ!」

「どうしたのですか、カルティオラ神司祭っ?」

「みっ、みっ、みっ、見てっ、見てくださいっ! セラフィエムス卿の名前っ、名前がっ!」


 会場中が、カルティオラ神司祭の投影するビィクティアムさんのデータに視線を合わせたその時。

 すすすーーっと、家名と年齢の間が開き、もう一行、ゆっくりと表示され始めた。


『聖称 ディネロヴィエント』


 何、やってくれちゃってんの、神様っ?

 俺の思いつきの痛い中二病的ネーミングを、なんでこの国の重要人物にさらっと付けてくれちゃってんですかっ!


 いや、聖称おなまえを付けてあげるのはいいですよ?

 ビィクティアムさんは、それに値する生き方をしてきた人だと思うし!

 だったら自分で考えた名前にしてあげてよ、神様っ!


「『聖称』……?」

「な、何事だ……これは」

「今聞こえた音が……『ディネロヴィエント』が……名前? 俺の?」

「こ、古代文字、ですか?」

「いや、これは、前・古代文字だ!」


 あああーっ!

 ごめんなさいー、皆様を混乱の坩堝にーーっ!


 はっ!

 もしかしてこれ【硬翡翠掩護】の『加護と守護を与う』ってやつか?

 名前を付けることで、授けられちゃう魔法なのかっ?

 でも神斎術があって聖称まで出たのに、ビィクティアムさんの身分証は金色のままなんだな……なんで?


「神々が……セラフィエムス卿に、御名をお与えになった……!」

「神が眷属としてお認めになったのだ」

「黄金の輝きと共に、神々がセラフィエムス卿を祝福なされた!」


 聖神司祭様方の『神様に関することを大事おおごとにする』習性が発動している。

 誰ひとり突っ込みのいないこの場では、全てが受け入れられてしまう……

 そして、大事件になっていく……


 大歓声とはち切れんばかりの拍手の中、俺はヘロヘロと天窓から表に出た。


 ごめんなさい、帰ります。

 ……きっとビィクティアムさんに変なことするやつは、もう出ないよね。

 帰っておとなしくしてます。



 嗚呼、俺の、馬鹿野郎……!

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