第255話 嫌疑
一段低いその席から立ち上がってデカイ声を張り上げた男は、何も言わないビィクティアムさんにキレかかっている。
「き、貴様にその資格など……な、ないと……」
おやおや、だーれも口を開かないからしどろもどろになってしまった。
ビィクティアムさんがちらり、と陛下を見る。
「セラフィエムス、許す」
そう言った陛下に一礼して、ビィクティアムさんはそのいちゃもん野郎に向き合う。
「貴公の名を聞こう」
「な、なんだと……?」
「陛下の許しもなく口を開き、べらべらと捲し立てる無礼千万で不敬な貴様の名を聞いてやると言っているのだ!」
おおぅ。
こっちまでピリッとしちゃう迫力だぜ、ビィクティアムさん。
そーか、許しがないと喋っちゃいけないんだったっけ。
すっかり気勢を削がれて、オロオロしだしたぞ。
「名乗れ」
陛下の一言で更に場が緊張する。
「わ、わちくしは」
あ、噛んだ。
「ルーデライト家門が従者、キシェイス・ヒューデルと申します」
ルーデライト……確かコレイル領の次官、扶翼の家門だ。
こんなことしちゃって、ルーデライトのご当主であるコレイル次官は……あ、あの下を向いちゃってる人かなー。
「こっ、このセラフィエムス卿は、陛下の褒賞に値する人物ではございません!」
「儂の裁定が気に入らぬ……ということか?」
「いっ、いえ、滅相もございませんっ! 先ほどの内容の通りだけでしたら正しく授賞に相応しいと存じます」
「他に何があるというのか」
陛下の声が重くなるが、キシェイスは初めて檜舞台に上がった新人大根役者の如く、周りの空気を読むことなく突き進む。
「わたくしは、カルラスから行商に来た者に聞いたのです。セラフィエムス卿が不遜にも神の言葉を聞いた、と言ったことを!」
ざわり、と場内が揺らめく。
どうやら皆さん、きちんと聖典第一巻を読んでいらっしゃるようだ。
感心、感心。
「神の声が聞こえるなどと言う妄言を吐く者が、魔魚を討ったり海を浄化したなどと誰が信じましょう! そもそも、そう言っているのはセラフィラントの者だけ。領地の次期領主に、媚びてのことに違いないのです!」
おいおい、結局陛下が騙されてるって言ってるようなものじゃねーか。
陛下の裁定が甘いって、公然とディスっちゃ駄目だろうに。
言い切って得意満面のキシェイスだが、コレイル次官は頭を抱えてしまったまま顔を上げない。
「第一、劣等貴族であるセラフィエムス卿に、そんな魔法など使えるわけがないのです!」
あー、こいつも命が要らないみたい。
うっわー……セラフィラント公もビィクティアムさんも、めっちゃ静かだー。
逆にこえぇーーっ!
「慎め! ヒューデル! 無礼にも程がある!」
お、顔を伏せていたコレイル次官が声を上げたぞ。
「お許しください、陛下」
「構わん」
「大変申し訳ございません、セラフィエムス卿……従者を御しきれぬは我が家門の責任、このお詫びは必ず……」
主家に頭下げさせちゃったよ……どーすんだろうなぁ、キシェイスは。
あ、固まっちゃったかな?
あれ?
コレイル次官は『キシェイス』じゃなくて『ヒューデル』って言ってたな。
この『正式な場』で姓じゃなくて名前を呼んだってことは、あいつは家門の主でも嫡子でもないってことか?
こりゃ単なる『不敬』じゃ済まないだろ?
そもそも、ここにいていい身分ですらないかもしれない。
「頭をお上げください、コレイル次官。あなたがあの愚か者に指示したことでないのは、解っております」
「わたくしはっ! ぎ、義憤に駆られて、声を上げたのでございますっ!」
おお、主を気遣うビィクティアムさんに更にくってかかるとは。
玉砕確定だねぇ。
派手に散って欲しいものだ。
陛下が一歩進み出て、ビィクティアムさんの前に立つ。
「セラフィエムス、神の声を聞いたとは、まことか」
「……はい」
会場が響めく。
「わたくしはカルラス港で、確かに神のお声を耳にしております」
ビィクティアムさんのはっきりとした断定の言葉に、会場中に緊張が走った。
「ほ、ほら、みろっ! やはり妄言を……おまえの方こそ不敬ではないか! 劣等者め!」
「貴公は何をもって、私を劣等と言っているのか」
「何……とは、今更。きさまが貴族とは思えぬほどの魔力量しか持たず、碌に魔法を使えぬことなど、ここにいる全ての方々がご存知のこと!」
そろそろ頃合いかな?
「では、皆様にもご確認いただこう」
「セラフィエムス、何を……」
陛下を無視して、ビィクティアムさんは聖神司祭様方に向き合う。
「カルティオラ神司祭殿、あなたの『拡影の魔眼』で私の身分証の全てを皆様にご覧いただけるように、正面の壁に映していただきたいのですが、可能ですか?」
ええっ?
カルティオラ神司祭、そんな魔眼だったの?
拡大投影できるなんて、凄いじゃないか!
どぎまぎするカルティオラ神司祭に、ビィクティアムさんは自分の身分証を拡大して渡す。
「で、できますが……よろしいのですか?」
「構いません」
「何もかも……魔法も技能も、全部公開されてしまうのですよ?」
「もとより、セラフィエムスは何も隠し立て致しません。我が家門は幼い頃から儀式の度に、そして成人の儀と継承式の際にも全てを公開する習わし。今、見られたからといって、恥じ入るものなどございません」
そ、そうなのか、セラフィエムス……強いな。
「で、では……」
ビィクティアムさんから預かった身分証を見たカルティオラ神司祭は、一瞬目を見開き、何度も瞬きをする。
さーて、クライマックスだ。
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