第254話 授与式

「え? 王都になんて、行きたくないです」


 初の『神聖者』認定で、王都の教会に来いと言われたので、全力で拒否した。

 ならばその称号は与えられないと言われたので、解りました、要りませんと話を打ち切った。

 面倒なものをもらわずに済んだとほっとしたのも束の間、シュリィイーレの教会でいいから来てください……と頭を下げられたので、仕方なく教会に来たのだが。


「どうしても、来てはもらえないですかねぇ?」

「しつこいですね。絶対に嫌です」


 この問答を小一時間、繰り返している。

 態々ハウルエクセム神司祭が迎えに来たのだから、と周りの王都から来た神官達がやいのやいの言うのも非常に煩い。


 シュリィイーレの神官さん達は、憮然とした表情だ。

 俺に、というよりなんで王都から神官が来てこの教会でぶつくさ言っているのだろう、という無言の抗議のように感じる。

 俺も同感である。


「なんで王都の教会が勝手に作って認定したものを、俺が我慢して受け取らなくちゃいけないんですか? そんな認定、して欲しいなんて言ってませんよ」

「どうしても……駄目ですかねぇ?」

「駄目です。俺、王都は大嫌いですから」


 埒が明かない。


「ご用件がそれだけなら、帰りますね。それでは失礼致します」

「来ていただけないのでしたら、輔祭の階級を下げる……と言っても?」

「ええ、どうぞ。なりたくてなった訳ではありませんから、剥奪でもいいですよ」

「……できる訳ないでしょう、そんなこと……はぁ……」


「申し訳ありませんが、絶対に行きません」

「解りました……」

「ご理解いただけて助かります」


 帰ろうとしたら神官数人に出口を塞がれ、両肩を押さえつけられた。

 なるほど、こう来るのか。


「荒っぽいことはしたくないのですよ。いらしてください」

「お断りします」


 神官達とハウルエクセム神司祭の目の前に、微弱な落雷を落とす。

「うわぁっ」

「ひっ!」

「おや、神がお怒りのようですね。どうやら神々は、俺の味方みたいです」


 普通、聖堂では聖魔法以外の魔法は発動しない……と言われている。

 しかし一般的に使わないだけで、使えないわけではないのだろう。

 俺の魔法は難なく発動している。


「き、君の魔法では……」

「俺に【雷光魔法】はありませんし、聖堂では魔法が使えないのでしょう?」

「そうだが……ほ、本当に神が……?」

「既に神々が認めた『神聖魔法』を持つ者に、それ以下の魔法しか持たぬ者達の作った称号などを無理強いするからじゃないんですか? それでは、さようなら、ハウルエクセム神司祭様」


 真っ青になって尻餅をついたままのハウルエクセム神司祭をおいて、さっさと教会を後にする。

 暫く教会関係者とは、距離をおいた方がいいかなぁ。

 ま、どうせ神話の最終巻は見つかっていないし、やりたいことは残っていないから構わない。

 頼み込めば、俺がなんでも承知すると思われたらそれこそ厄介だ。



 その翌々日、ビィクティアムさんが明後日、王都に行くという話を聞いた。

「カルラス港の魔魚退治と海の浄化で陛下から褒賞が出る……と仰有ってましたね」

「ライリクスさん達は、全員お留守番?」

「セラフィラントのことは、シュリィイーレ衛兵隊には関係ない……ですからねぇ」


 ちょっと悔しそうなライリクスさんに、衛兵隊の本心が見える。

 敵地にたったひとり、自分たちのトップを送り出さなくてはいけない悔しさが。

 どうせまた、ビィクティアムさんを侮っている傍流とか、下位貴族なんてやつらも列席しているのだろうからな。


 そうか、護衛もなしなのか。

 過保護加護が付いているからビィクティアムさんに何かあるってことはないけど、きっとその場で神斎術のことも公表するはずだ。

 何も起こらないといいんだけどな。


 今まで自分より下だと侮っていた者が、実は遙か高みに在ると判って狼狽えない者はいない。

 中には認めることができずに、パニックになるやつもいるだろう。

 ビィクティアムさんの晴れの席を、そんな馬鹿共に邪魔させたくない。


 こっそり覗き見に行っちゃおうかなぁと思った俺は、部屋に入って魔法で姿が隠せないかを考えた。

 自分の件で行くのは嫌だけど、隠れていていいなら話は別である。


 光学迷彩とかかけてれば、見つからないんじゃないかなー。

 そう、カルラスで俺の姿がブロッケン現象で見えてしまったのは、俺の影がうすーーーーい雲に映ってしまったせいだ。

 しかし光を使った魔法【極光彩虹】で、光学迷彩がまとえるのではないかと思うのだ。

 若しくは、カメレオンのように周りの風景に溶け込めるのでは? と考えた次第。


 だけど、俺の魔法でできるとすれば、空間歪曲かな。

 いや、映像投影もちょっと細工すればできるか。

 どっちも使えるようにしておこう。

 あのバカみたいに天井が高い皇宮の広間での式典だろうから、上の方を飛んでれば判らないとは思うけど室内だからね。


 マントで足先まですっぽり……は、ちょっとやり過ぎか?

 顔は念のため立体マスク。

 布製がコレクションに中にあったよな。

 何だか忍者か隠密みたいで、ちょっとわくわくするぞ。



 そして、その日は快晴であった。

 早起きした俺はしっかりと準備した魔法を確認し、マント姿にマスクという如何にも『不審者ですよ』という格好で光学迷彩を試してみた。

 うん、これなら大丈夫そうだ。


 式典というものは、基本的に午前中に行われる。

 そして午後に簡単なお食事会的なものがあって、最後に舞踏会である。

 俺の大綬章授章の時は、不埒者どもの捜索と逮捕でお食事会はなかったが。


 朝食後すぐ着替えて、皇宮の三階屋上に転移してから、大広間のある式典宮へと飛ぶ。

 窓が開いてないかな……あ、天窓が開いてるぞ、ラッキー。

 一応窓の外側に転移目標、書いておこうっと。

 緊急避難に使うかもしれないしね。


 おおおーっ!

 改めて見ると、中は壮麗な造りだよなぁ。

 あの時は緊張していてそれどころじゃなかったが、他人事であればこんなにも観光気分が味わえる。


 もう、列席者達は入ってきている。

 玉座に近い方が、位の高い人達なのだろう。

 もの凄く豪華な刺繍入りのマントを着けている方々が、所謂『大貴族』十八家門の方々だろうか。


 あのおじさん、ビィクティアムさんに似てる……セラフィラント公かな。

 へぇ、女性のご当主も何人かいるんだ。

 その次席に聖神司祭様方、司祭、彼らの後ろには神官と近衛、そして一段下がった辺りに他の貴族の方々、といった配置のようだ。


 俺が懸命に足跡を探した、あの絨毯が敷かれている。

 あんなに長かったのか……必死だったからなぁ、あの時は。

 よく転ばずに歩けたものだ。


 んー、ちょっと音が聞き取りづらいから、ビィクティアムさんのケースペンダントから聞いちゃおうかなー。

 盗聴モード、オン。


 皇王陛下が現れ、一段下がった両サイドに皇后殿下と皇太子殿下がいる。

 名前が呼ばれ、ビィクティアムさんが入ってきた。

 うっひゃーー! 何あれっ! めっちゃカッコイイ!

 流石、着慣れていらっしゃる……俺と同じ配色の礼服なのに雲泥の差だぜ……


 陛下から褒賞が読み上げられ、恭しく一礼したリンディエン神司祭が、目録を受け取ってビィクティアムさんに渡そうとしたその時。


「お待ちください! セラフィエムス卿にその褒賞を受け取る資格など、ございません!」


 出ましたー。

 いちゃもん野郎の登場ですー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る