第253話 聖典第一巻、発見

 たこ焼き器が完成し、練習に勤しんでいた俺の元にひとりの神官が訪れた。

 俺が『聖典第一巻・改』を仕込んでから三日後のことである。

 ……思ってたより早いな。


「タクト様は、いらっしゃいますか?」

「あー、はいはーい、ちょっと待っててくださーい」


 そう言って慌てて表に出たら、その神官にもの凄く怪訝な顔をされた。

 そっか、俺の格好か。

 思いっきり屋台のにーちゃんスタイルだもんな。

 こっちでは、男でも半袖なんて誰も着ないからね。

 肘を出すのは、大変下品なことなのだ。

 捲り上げていた袖を下ろして、改めてご挨拶。


「えーと……タクト、様?」

「はい」

「いったい……何をなさっていらしたのですか?」

「たこ焼き、作ってた。はい、一皿あげる」

「あ、ありがとうございます」

「熱いから気をつけて食べてね」


 はふっ、はふっ、と口の中に空気を送り込んで熱さを和らげようとしながら食べる光景は、正しいたこ焼きの食べ方である。

「どう?」

「おっ、美味しいで、ふっ、熱っ」

「よかった。収穫祭の時に店先で売るから、暇があったら来てよ」

「はいっ……あ! すみません、教会にお越しいただけますか?」



 流石に着替えだけはして、神官さんと一緒に教会へ。

 聖堂奥の部屋の、方陣門の前で待っていたのはサラレア神司祭だった。

 どうやら、王都とここを結ぶ方陣門を復活させることができたようだ。

 それで早かったんだな。


 満面の笑顔のサラレア神司祭に、俺もつられて笑顔になる。

「こんにちは。サラレア神司祭様」

「お元気そうで何よりだ、タクト殿」

「本日は、どのようなご用件で?」

 我ながら白々しい。


「実はですな、聖典の第一巻と思われる書物が発見されたのですよ」

「おお! 素晴らしいですね! 一体、何処にあったんですか?」

「なんと、旧教会に隠し部屋がありましてなぁ。魔力がかなり必要な強固な扉でしたが、五人がかりでやっと開けまして」


 えー……そんなに魔力、要らないはずだけどなぁ。

 ちょっとドヤ顔のサラレア神司祭……もしかして、話を盛ってるのかな?


「中の部屋も大変状態が良く、素晴らしい魔法で覆われておりました。そしてこれまた、酷く難解な箱の中に隠されており、これこそが聖典であろう! と」

 からくり箱もお土産品程度のクオリティだったはずなんだけど……ぶきっちょさんが多いのかな?


「実は……全く読めないのですよ……恐らく、以前伺った『前・古代文字』ではないかと思うのですが」

「拝見しますね……はい、間違いなく前・古代文字ですね……ああ、ここなら読めるのでは?」

「え? どこですか?」

「ほら、あの『元・外典』の部分ですよ」


「あ……ああ! 本当だ! おお……! ではやはり、間違いなく」

「ええ、聖典の第一巻ですね。サラレア神司祭様が見つけられたのですか?」

「あー……いえ、ドミナティア神司祭、です」

 功績を譲ったわけですか。

 サラレア家の使命とは関係なかったんだろうな『原典の発見』ってのは。


「それはよかった。前回のものは俺が発見者だったので、今回はドミナティア神司祭に見つけてもらいたかったんですよ」

「左様、使命を果たされるには、発見者となっていただかなくては……あ、いや……」


 サラレア神司祭って、嘘がつけない人なんだなぁ。

 ということは、本当に五人がかりで開けたのか。

 弱い。弱すぎるぞ、教会関係者達。


「で、タクト殿にまた、翻訳と清書をお願いしたい」

「はい、喜んで承りますよ。教会の司書室をお借りしてよろしいですか?」

「勿論です。どれくらい、時間が掛かりますかな?」


 うーん、と、勿体ぶって本を眺めつつ、間違いなく全ページ揃っていることを確認した。

 まぁ、読めないから間を抜くなんてできないだろうけど、もしまだ教会内に反抗分子がいるなら破るくらいはするかと思ったんだよね。

 破れないけど。


「あまり長くないものですし、三日もあれば」

「そ、そんなに早く?」

「前回のものを書き上げたからか、もの凄く早く書けるようになったのですよ」

「それは素晴らしい。では、四日後の朝に取りに伺いましょう」

「はい。それはそうと……どうしてドミナティア神司祭が直接いらっしゃらなかったんですか?」

 俺、意地悪。


「さあ? まだもう一冊あるから、と、仰有いましてな……」

「なるほど。精力的ですねぇ」


 そして俺はそのまま聖典第一巻を教会の秘密部屋で翻訳するから、と司祭様に断り司書室へ向かった。

 魔眼で見られていないことを確認しつつ、司書室から秘密部屋へと入っていく。

 そうだ、この間ビィクティアムさんが持ち出した聖典第二巻とすり替えた、原典の二巻を返しておこう。


 といっても、ここにあるものは複製品だ。

 本当の『原典』は、全て王都の皇宮聖教会へと移されている。

 ぶっちゃけ王都の教会よりここの方が安全なのだが、まぁ、総本山に原典がある方がいいだろう。

 さて、この聖典第一巻・改もここに置いて、閲覧制限と移動制限をつけて……と。

 今日から三日間は教会に通って翻訳作業の振りをしないとな。



 四日後の朝、約束通りサラレア神司祭が聖典と訳文を取りにいらした。

 中身を確認しながら真剣に読んでいるサラレア神司祭の様子に、やっぱりこの国の人は神々のことを本当に大切に思っているんだなと実感させられる。


「……まさか……聖魔法以上の魔法が、神聖魔法以外にもあったとは……」

「はい、凄いですよね。魔法、というより神術、ですね」

「神術……神斎術か。いや、今回も素晴らしい訳文、ありがとうございました。こちらを元に複製を作成いたしますぞ」

「こちらこそ、書かせてくださってありがとうございました。もう一冊、一日も早く見つかることを祈っております」



 その十日後、聖典第一巻の発見の発表があり、訳文の全てが公開された。

 無事に付録として増ページした神斎術の部分も明かされ、多くの貴族達に衝撃が走ったようだ。

 今まで至高とされていた聖魔法以上の魔法や神術が存在していたこと、そして神の言葉を聞き神の姿を見ることのできる者が限定されたこと。


 聖魔法を持つ者だけでなく、聖魔法のない者ですら『神の言葉を聞いた』などと吹聴していた者どもが、かなりいたらしい。

 そいつらは神を騙った不埒者として誹りを受けるだけでなく、今後そのようなことを口にしたり文書に残したら厳罰に処されることとなった。

 つまり、神典・神話のみが神々の言葉であり、神斎術を持たぬ者の言葉はただの妄言であると王都聖教会が断じたのだ。

 これにより教会関係者の必殺技『神の思し召しである』が使えなくなったのである。


 そして……俺はすっかり自分のことを忘れていたのだが……俺には聖魔法以上と格付けされた『神聖魔法』があるわけだ。

 これは、皇族にも教会関係者達にも知られてしまっている。

 そのため、新たに作られた『神聖者』なる称号を受ける羽目になってしまった。


 でも、俺のこんな称号なんて、もうすぐ吹っ飛ぶのだ。

 だって『神斎術』を携えたビィクティアムさんがいるのだから。


 聖典第一巻、少しは援護になったのだといいんだけど。

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