第252話 裏工作
ビィクティアムさんがセラフィラントに戻って二日後、頼まれていたセラフィラント公の指輪印章ができあがった。
印章部分は緋色金だが、指輪の方にはいただいた
セラフィラント公は、どんな色の印影になるんだろうな。
今度、ビィクティアムさんに教えてもらおう。
さて、そろそろ来月の
うちの店頭販売は何にしようか悩んだのだが……たこ焼きを作っちゃおうかと思っている。
予め茹でてぶつ切りにしてしまえば、姿形は解らない。
やはり『蛸』が美味しいものだということを、まず知っていただくのが得策だ。
それに、たこ焼きは祭りの定番である。
俺としては、絶対に縁日とかで買っちゃうものベストファイブに入るのだ。
あんまり中が、とろとろじゃない方がいいかもしれない。
火が通っていないって、思われちゃうのも困るし。
餡入り焼き以来の店頭実演販売だが、甘味ではないからどれくらい売れるか解らないんだよな。
お菓子は、自販機販売のみでいつもと違うものを入れておこうと思っている。
プラリネみたいなチョコの、アソートパックだ。
六個入りと十個入りの二種類にしたんだが、普段のものよりちょっと高めに価格設定してあるのでこちらも……どうなるか。
結構チョコレートは市民権を獲得してきたし、どの甘味よりチョコが好きっていう人も必ずいるはずと踏んでの販売である。
まずはたこ焼き用に鉄板を加工して、上手く作れるように練習もしなくちゃ……などと考えながら食堂内を手伝っていた。
「すみません、私は魚介の取り扱いをしておりますものですが、こちらでも魚料理を出されていると伺いまして……」
いかにも商人風の、痩せた腰の低い感じのおじさんが訪ねてきた。
なんだか、飛び込み営業のサラリーマンを思い出す風情の人だ。
「はい……出していますけど、今日は肉料理ですよ?」
「いえいえ、もしよろしければ私どもの方からも、魚を卸させていただけないかと」
「どちらの港のものですか?」
「レブレック港です。輸送に関しても、うちで全てやっておりますから、お安くできます」
なるほど、こういう売り込みもくる訳か。
レブレックは、リバレーラで一番セラフィラントに近い港だったな。
「すみません、うちではロカエのものしか扱わないんですよ」
「え、ロカエ……ですか。しかし、ロカエで揚がらない魚もございますし、是非とも一度お試しいただくことは……」
「うちはセラフィエムス卿と、ロカエ港のみと取引する約束をしておりますので、そういう訳にはいかないんです」
「……セラフィラント公ではなく、セラフィエムス卿、ですか?」
ん?
なんか、嫌な含みがあるな。
上目遣いで、小馬鹿にしたような口調が嫌な感じだ。
「セラフィエムス卿は……まだご領主ではないでしょう? ならば口約束だけでは……」
「ちゃんと証書がありますし、公印も押されています。うちではロカエ以外の魚介を扱うつもりはありません」
「劣等貴族とお噂の方ですから……本当に家門を継がれるかどうか解らない方との約束など、なんの効力も……」
こいつ、命いらないのかな?
「出て行け」
「は?」
「この町でセラフィエムス卿を侮るやつとは、口も聞きたくない! 今すぐシュリィイーレから出て行け!」
「な、なんですか? 私は別に……あなたに指図される謂われはありませんよ!」
「なら、大貴族であり聖魔法師でもあるセラフィエムス卿への不敬罪で告訴する!」
「じ、冗談……」
「本気だよ。さぁ、今すぐここにいる衛兵隊員に捕らえてもらおう!」
「うわわわわっ……!」
思いっきり睨んでやったら、わたわたと逃げ出した。
言葉にならないほどの怒りが湧いてくる。
噛み締めた唇から血が出そうなくらいだし、怒りで震えが止まらない。
大貴族の、英傑の家門の嫡子が、あんなやつらにまであんなこと言われてんのかよ。
……貴族達の間で……どんな扱いをされていたのだろう……
魔力量が少ないというだけで、その他は全て誰より優れているのに。
ビィクティアムさんが神斎術と魔力量を公開すると言った時、何もそこまでしなくてもと思っていた。
十八家門の次期当主に対して、そんなこと程度でどうこう言うやつらなんか無視すればいいと。
だが、上に立つからこそ示さなくてはいけないんだ。
領地を、民を護る力があるのだと。
その最も誰もに解りやすく、直裁に迫るものが魔力量と聖魔法なのだ。
「タクトくん、ありがとう」
「え?」
突然、名前も知らない衛兵さん達からお礼を言われた。
突っ立ったまま動けずにいた俺の身体が少し、弛緩する。
「長官を馬鹿にするやつなんて、絶対に許せない。でも、俺達は……何も言うなって言われてるから。胸がすっとした」
「ああ、絶対に取り合うなと……長官命令だからな」
こういうこと、ちゃんと徹底しているんだよなぁ、シュリィイーレ隊は。
ビィクティアムさんの
「任せてくださいよ。持ってる権力財力魔力全部ぶっ込んででも、俺が仕返ししてやりますから」
「ははははっ、すげーな」
「いや、本当にタクトくんは権力あるからね、冗談にならないよ?」
「やだなぁー……本気に決まっているじゃあないですか」
口元に微笑みを、だがきっと今の俺は目が笑っていないに違いない。
衛兵さんのひとりがちょっと引きつつ、呟く。
「殺傷沙汰は止めてね?」
「その辺りは弁えておりますよ……精神的に追い詰めて、バッキバキに心を折る……くらいしかしませんって」
「こわ……」
衛兵さん達にマジ怯えされてしまったが、本気である。
まだ感情の高ぶりがおさまらない俺は、食堂を後にして自室に戻った。
もう侮られることはなくなると解ってはいても、イスグロリエスト国内全体にそれが広まるまでには時間が掛かるだろう。
でも、これ以上ビィクティアムさんにも、セラフィラントにも傷ついて欲しくない。
魔力量と同時に聖魔法以上である神斎術のことも公開されるが、そもそも神斎術がどれほどのものなのか、誰ひとり知らない。
俺が何か言ったところで、それはただの戯れ言と言われてしまえばお終いだ。
そうだよな……神聖魔法だって『なんだか解らないけど凄いかも』程度の評価だ。
聖魔法より凄いものを神から授かったのだと、万人に認めさせて初めて汚名が雪げるのではないだろうか。
そのために必要なもの……権威付け?
実演したところで、目に見えて効果がすぐに現れなければ認められにくい。
一番手っ取り早いのは……古文書。
聖典にでも書かれていれば、尚良い。
そういえば聖典第一巻はあんなに解りやすい場所で、激烈に難易度が低いというのに未だに見つかっていない。
セインさんって、絶望的にカンが鈍いのだろうか?
東市場で翠玉の腕輪のパーツを探していた時も、全然違う場所ばっかり見ていたもんなぁ。
探し物に向いていない人なのかもしれん……
まぁ、今回は、それが幸いしたが。
そう、俺は今とても悪いことを考えている。
聖典第一巻の、ビィクティアムさんをカルラスの塔に導いたあの物語後に、神斎術の説明を付け加えちゃおうと思っているのだ。
巻末付録的に。
つまり『生命の書』のそのあたりの文書を『聖典第一巻』として世に出すのである。
勿論、ビィクティアムさんに話した俺の創作部分は書かない。
あれはあの場所へビィクティアムさんを誘導するためだけのものだったし、うっかり『大いなる神術』探しなんか始まったら、目もあてられない。
よし、善(?)は急げ。
俺はコレクションから取り出した複製の聖典第一巻の装丁をバラし、生命の書の神斎術についての項目をコピーした。
神斎術は最も神々に近い神術だと書かれている部分は、絶対に入れておかなくては。
ただ、細かい魔法の内容については何も書かれていないので、解っている範囲で書き加える。
文字は俺の字ではなく、この聖典に使われているものをコピペして組み合わせていくのだ。
そうだ、魔法の序列も解りやすくまとめて書いておこうっと。
一番上が神斎術、次が神聖魔法、で、聖魔法……と。
神斎術師以外には、神々は視認できないとか一般人には声なんか聞こえないってのも加えておこう。
そうすれば、不埒な『神がそう仰有っている』なんていう馬鹿共もいなくなるだろう。
『付記』としておけば、本文をいじる必要がないから巻末にページを増やし装丁をつけ直して、本として完成させたら王都の旧教会にあるあの隠し部屋に転移。
改めて隠した場所を確認したが、全く誰ひとり辿り着いた形跡がない。
本当に全然、見つかっていないんだな……
旧教会の内部なんかは隈無く調べているのに、どーしてこういう怪しげな所に気付かないかなぁ。
聖神司祭様方は、全員頭が固くていらっしゃるのかな。
さて、無事にすり替えられたのでシュリィイーレに……おや?
表に……人がいるのかな?
俺は旧教会の柵の中に転移して、すぐに上空へと飛び上がる。
飛行速度が、かなり上がったな。
「ここら辺で、先ほど何かが聞こえた気がしたのです」
「こんな所に何があるというのだ?」
おや、あれはサラレア神司祭だ。
丁度良い。発見してもらっちゃおう。
セインさんには申し訳ないが、今回の発見者はサラレア神司祭になっちゃうのかな。
俺は水たまりに落ちるように、小さめの雷を落とした。
「うわぁ!」
「な、なんだ? 晴れているのに……も、もしや、啓示では! 誰か、ドミナティア神司祭を呼んでこい!」
よしよし、これで平気かな。
サラレア神司祭、グッジョブでーす。
俺は自分の部屋に転移で戻り、早く訳文の依頼が来るといいなとウキウキしながらスイーツタイムのお手伝いに食堂へと向かった。
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