第251話 神斎術、公開?
「えっ『神斎術』について、公開するって……? 今、俺が言ったことをですか?」
「いや、俺がそれを授かったということを、だ」
ええええーーーーっ?
いや、別にいいんだけど。
家門の特殊な魔法って、秘匿するんじゃないの?
俺がどうしてそんなことを……みたいな顔で驚いていたからだろう、子供をあやすような表情で申し訳なさそうにビィクティアムさんが覗き込んでくる。
「そんなに驚かせるつもりはなかったんだが……」
「どーして……?」
「この間おまえに聞いただろう? 『神々の槍の穂先』の話。で、試しにカルラスの塔でやってみたら……魔力量が一気に増えて、神斎術が顕現していた」
あ、いや、授かったことに吃驚した訳じゃ……って、そっか、吃驚するところか。
「ここまでの事態でなければまだ秘匿してもよかったのだが、俺が魔魚に対して攻撃したことや、海の浄化をしたことの説明をしなくてはならんし……」
海の浄化……なるほど。
それでカルラスの魚がこんなに早く戻ってきて、しかもいい状態だったということか。
ビィクティアムさんの『神斎術』で、生き物たちに『成長羽翼』が掛かったわけだ。
「……俺を小馬鹿にしている者達を、牽制しておかんとならんからな」
「セラフィエムス卿を小馬鹿にするとか、ただの馬鹿なのでは……」
「それを思い知らせてやらないと。魔力が少ないと言うだけで、随分と侮られたからな」
おお、ビィクティアムさんにしては珍しく目が座っていらっしゃる。
あ、そういえばシエラデイスとかドードエラスとか、あの辺りはそんな感じでムカつくこと言ってたよね。
魔力量は使えば増やせるけど、使いづらい魔法ばかりだったら使用することすら困難だ。
そうなれば自然と魔法は使わず過ごすようになり、魔力量の増加は見込めない。
「馬鹿が小馬鹿にするほどのことだったんですか? だとしても聖魔法は使えたし、セラフィエムスの家系魔法だって持っているんでしょう?」
「魔力量は一般的な十八家門の成人の儀過ぎくらいなら、だいたい四千前後なんだよ。俺は、半分くらいだった。鍛えようにも、黄魔法や特殊な独自魔法、血統魔法ばかりで、日常的に使える魔法は殆どなかったからな。適性年齢でも……大して増えなかったし」
少ない魔力量なのに膨大に魔力を使用する魔法しかなかったのなら、そもそも発動できない、か。
初期魔法って、本当に運なのかなぁ。
「公開ってどうするんです?」
「まずは……父上に言わねばならないのだが……」
お家に帰りづらいことでも……?
きらり、と左腕の石の入っていない金の腕輪が光った。
そうか!
加護の腕輪のラピスか。
使っちゃったもんなぁ。
「もしかして、その腕輪の石、ですか? なくしちゃったとか?」
「なくした……というか、使ったというか」
「持ってますよ、青金石。加護はなくなっちゃうかもしれませんけど、格好くらいは取り繕えますよ?」
「頼んで……いいか?」
「はい」
俺はその場で以前見たような形に、手持ちのラピスを加工して嵌め込んだ。
一応、強化と防汚だけはしておくか。
「助かった。石がなかったら何を言われるか解らん。まぁ……加護の件は勘弁してもらおう」
「この加護より、神斎術の方がきっと凄いですから、大丈夫ですよ」
そして代金だから受け取れよ? と、またしても大金貨を差し出されてしまったのである。
……まいどありー。
三日後の帰省の手土産にショコラ・タクトを作って欲しいと言われたので、心を込めて甘さを全く抑えない最高級品を作ることにした。
ビィクティアムさんの元々の魔力が二千前後だとしたら、今は三万前後……ということだ。
もし魔力量と甘味が関係しているなら、俺に次ぐ甘党になっているはず。
厨房でチョコレートのテンパリングをしながら、ふと考える。
あれ?
俺……甘党だっけ?
いや、甘いものは嫌いじゃあなかった。
昔から、ばあちゃんのおはぎとか、カルチャースクールのおば様達からもらうカップケーキとか好きだった。
だからといって、毎日甘いものを食べるなんていう習慣は、あちらにいた頃はなかったはずだ。
買い置きのお菓子なんて、ポテチだけだったんだから。
こっちに来てからなんだよな……俺がやたら甘いものを食べたくて、作るようにまでなったのは。
甘いものに対する情熱も、あちらにいた頃とは段違いだ。
やっぱり、魔力と甘味は関係があるのかもしれない。
そんなことを考えながら作ったショコラ・タクトはビィクティアムさんの神斎術獲得祝いで、アーモンドをふんだんに使った贅沢仕様となった。
カットして食べるホールケーキではなく、ポーションタイプで二十個ほど。
お祝いモードなので、飾りもいつもより少しだけ豪華なチョコ細工にしてみた。
お持ち帰り用の箱も特別製だな、これは。
放り投げたとしても中身がずれたり壊れたりしないのはいつものことだが、お祝いものなので箱もそれらしく美しくしよう。
……いろいろ、後ろめたい気持ちを誤魔化すためではない。
断じて。
今回の帰郷で全てが公開されると決まれば、ビィクティアムさんは何ひとつ後ろ指さされることのない完璧な次期当主となるわけだ。
魔力量は皇族すら抜いて、聖神司祭様達すら及ばぬ神斎術を授かって、歴史上最も偉大で最も神に愛された当主として讃えられるだろう。
もう……シュリィイーレに、戻っては来なくなるのだろうか。
すぐにではないかもしれないけれど、そう遠くない未来には領地に帰って嫡子として領地経営をして行くはずだ。
喜ばしいことなのに、ちょっと寂しく感じてしまう。
折角、俺の作るスイーツを、全部食べてもらえるようになったのになぁ。
あの家も……いつまで使ってもらえるかなぁ……
その日がいつかは解らないけど、その日まで毎日ちゃんと美味しいものを食べてもらえるようにしなくっちゃな。
三日後のセラフィエムス邸 〉〉〉〉
▶玄関
「おかえりなさいませ、若君」
「ああ……どうした? 総出で出迎えとは、珍しいな」
「皆、お帰りをお待ちしておりましたから。この度の若君の偉業、カルラスの司祭殿から伺いましたので」
「態々、司祭がいらしたのか……」
「
「少々、身体の具合が優れなくてな。もう大丈夫だ」
「左様でございましたか。閣下がお待ちかねでございます」
「解った。あ、これを」
「こちらは?」
「土産だ。皆で食べるといい」
「お気遣いありがとうございます。今宵は宴にございますので、お召し上がりになりたいものがございましたらお申しつけください」
「うん、そうだな……
「畏まりました」
▶セラフィラント公・私室
「父上、ビィクティアムです」
「やっと戻ったか! 入れ!」
「帰りが遅くなりまして申し訳ございません」
「ああ! まったくだ! これほどおまえの帰りが待ち遠しかったことはないぞ!」
「あ、申し訳ございません。まだ、指輪印章はできあがっていないのですが……」
「違う! それはどうでも……は、よくないが、後回しで構わん! カルラスの件だ」
「司祭殿から既にご報告があったのでは?」
「おまえの口からちゃんと聞きたいのだよ! 解らんか、この親心というやつが!」
「はぁ……えーと、何から話したものか……」
▶厨房
「おおっ! これは噂の『ショコラ・タクト』ではないですか!」
「えっ皇室認定品の、ですか?」
「うむ、なんと、美しい菓子だ……」
「若君が俺達にってくださったんですよね? こんな高級品、いただいちゃっていいんですか?」
「うむ。むしろ食べなければ不敬にあたる。態々お持ちくださったのだからな」
「凄い、二十もありますよ。ひとり一個で、五個余っちゃいますよっ」
「馬鹿者、旦那様と若君の分もあるのだぞ。余りは……三個だ」
「いや、旦那様は甘いものがお好きだから、二個は召し上がるだろう」
「それでも、ふたつ、余りますね……」
「……それは……最後にくじ引きじゃな」
「はい。公平な
▶セラフィラント公・私室
「何? 魔力量が……増えた?」
「はい。おそらくその『神斎術』を授かった際の……まぁ、神々のご厚意、かと」
「どのくらいだ?」
「今、ご覧にいれます」
「……」
「父上?」
「………なんだ、これは……?」
「ご覧の通りです」
「何度見直しても、三万一千八百六……と読めるが?」
「はい。合ってます」
「ち、父上っ? どうされたのですか、いきなり……!」
「これが、これが泣かずにいられるか……! やっと、神々がおまえに正しい魔力をお与えくださったのだぞ!」
「……ライリクスにも言われました。少ない魔力量だったのは身体をつくり、本来の魔力を戻すことができるようになるまでの、神々のご配慮だったのだろう、と」
「ライリクス……マリティエラの夫となったドミナティアの末弟か。なかなか良いことを言うの」
「それにしても……『神斎術』とは。まさに神々を呼び覚ます神術か。まこと、おまえは『海の守護者』となった訳だな」
「この資格がなくならないように、これからも研鑽いたします」
「……無理はするなよ」
「それと、この神斎術と魔力量は公開しようと思っております。よろしいでしょうか」
「ああ、今までおまえを侮り、セラフィエムスにまで嘲りを向けてきた不埒者どもに一泡吹かせてやらねば! だが、おまえがそう言うとは少し意外であった」
「そうですか? 俺だって結構……根に持っておりますから」
「嘘をつけ。おまえを誹る者達など、無視しておったではないか」
「カルラスの件で思い直しました。強者は常に『強者であること』を示さなくてはならない……と。カルラスの港が格を落としてしまうことは領主家門の責であると、口には出さずとも内外の誰もがそう思っていたはず。俺が魔魚を討った時、海を浄化した時の人々の誇らしげな顔は……忘れられません」
「そうか。上に立つ者とは、そういうものだ」
「俺の評価がセラフィラントの評価になるのであれば、尚のこと誰より相応しいと自信を持とうと、思えるようになりました」
「それでこそ、我が息子だ。皇室と教会を通じて、おまえの魔力と神斎術の公開を行おう。神斎術の詳しい……権威が明らかとなる文献があると、一番良いのだが」
「俺がその神術を実際に行使する、ということでは足りませんか?」
「王都に海はないぞ? まぁよい。少し考えて、時期をみてみよう」
「よろしくお願いいたします」
「ところで、この間の乾酪、もうないのか?」
「はい、あれで全てですし、もうタクトの所でも……いや、これからできあがるのか?」
「まだ作っている途中なのか? いつできる?」
「あと一、二ヶ月はかかりましょう」
「なんだと! そんなにかかるのか!」
「旨いものを作るのには、時がかかるものなのですよ、父上」
▶食後の厨房
「……余りませんでしたね……」
「まさか、若君までふたつお召し上がりになるとは……」
「旦那様もみっつ……」
「
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