第250話 魔力と甘味と小心者の神斎術論

 魔魚退治から四日後、カルラスからの魚が入り始めたとラウェルクさんが教えてくれた。

 めちゃくちゃ笑顔で、ほっとしたような顔だった。

 よかった。

 これで、あの不審者共もいなくなるだろう。


 スイーツタイムにやってきたラウェルクさんは、頑張ってくれてた従業員達と家族にと、本日新発売のシトラスのケーキを二ホール分も買ってくれた。

 その大量買いに、食後に買おうとしていた人達が食べている途中に中腰で物販スペースを覗き込んでいる。

 大丈夫ですよ、お待ちのお客様達。

 まだ沢山あるからね。


「それでな、タクト。カルラスからの魚が入ってくるようになったのはいいんだが、やっぱりたまにはロカエの物を出したいんだよ。また入ったら声かけてくれねぇか?」

「ええ、それは勿論ですよ、ラウェルクさん。うちでも使い切れない場合がありますから、そう言ってもらえると助かります」

「良かったぜ。新しく入ってきてるカルラスのものも、以前に比べて段違いに質の良いものばかりだし。シュリィイーレでも、魚好きが増えてくれたらいいんだけどな」

 まったくですよ。

 魚の美味しさってやつを、もっと広めて行かなくては!


 ありゃ?

 こんな時間にビィクティアムさんが……忙しくて時間が押しちゃったのかな?

「いらっしゃい。あ、食事、まだ平気ですよ」

「いや……菓子を食べたくて」

 え?


「なんだ? そんなに変なことを言ったか?」

「ええ、聞き間違いかと思うほど……本当にお菓子でいいんですか? 今日のはさっぱりはしていますけど……甘いですよ?」

「ああ。甘いものが食いたくてな」


 なんとっ!

 渋栗とビターチョコ以外は、匂いすら甘すぎると拒否っていたビィクティアムさんからそんな言葉が聞かれるとは!

 しかし疲れていて、一時的に甘いものを欲しているだけかも……

 口に入れたらやっぱだめ、とか言い出すのでは?

 たとえビィクティアムさんでも、お残しは厳罰ですよ?


 だが、そんな心配はただの杞憂であった。

 ……綺麗に平らげてしまったのだ。

 いや、確かにシトラスのケーキはさっぱり目ですよ。

 でもタルト生地は少し甘めだし、生クリームとカスタードクリームもふんだんに使っているし、甘くグラッセした柑橘も載っていたんですよ?


「……本当に、ビィクティアムさんですか? そっくりさんでは……?」

 この世には、三人のそっくりさんがいるというから。

 いや、ドッペルゲンガーとかっ?

「俺以外の誰に見えるというんだ。最近大丈夫になったんだよ、甘いものが」

「大丈夫というより、寧ろ大好きですよね、長官」


 ライリクスさんがニコニコと笑いながら入ってきて、ビィクティアムさんと同じ席につく。

「美味しかったですか?」

「うむ。食べやすくて美味かった」

「じゃあタクトくん、僕にもお願いします」

「タクト、俺ももうひとつ」

「「「「「えええええーっ?」」」」」


 俺だけじゃなく、食堂にいた衛兵さん達全員が驚愕の声を上げてしまった。

 いったい、何があったっていうんだ?



 ふたつ目のケーキも、完食。

 もの凄く美味しそうに食べきって、お菓子の自販機を覗くビィクティアムさんをこの目で見ていてもまだ信じられない……

 もしかして味覚障害にでもなっちゃったんでは? と心配してしまうくらいだ。

 そして聞きたいことがあるから夕方、家に来て欲しい……と言われた。


 カルラスのこと、かな……?

 ばれてないよね?

 声、聞かれちゃってるからなぁ。

 でもあれだけで俺の声だとは……解っていないと思いたい!

 聞かれても全力でしらばっくれよう!


 夕刻、夕食準備が終わってから俺はビィクティアムさんの家を訪ねた。

 チーズを使ったクッキーを手土産に。

 以前だったら多分、クッキーじゃなくてチーズのまま食べたいって言ったはずだが、本当に甘党にシフトチェンジしているなら、こっちの方が喜ばれると思ったのだ。

 そして、めちゃくちゃ笑顔で食べている。


「あ、すまん、つい……突然、甘いものを美味いと感じるようになってな」

「こんなに目の前で見ていても信じられない気持ちが拭えないのですが、美味しいと思ってもらえるなら嬉しいです」

「実は、おまえに聞きたいことがあるんだが」

 来たーっ!


 大まじめな顔で、ビィクティアムさんが真っ直ぐ俺の目を見ながら聞いてきたのは……

「魔力が増えると甘いものが食べたくなるなんて、聞いたことはあるか?」


 予想外の質問に、一瞬表情がなくなってしまった。

 魔力量と甘党の関係?

「聞いたことはないですが……面白い考察ですね」


 言われてみれば、甘いものが好きな人は衛兵隊の人に多い。

 彼らは全員が、貴族かその傍流家系だ。

 シュリィイーレの在住者も、そういう人が大勢いる。

 ロイヤルファミリーも、めちゃくちゃ甘党だった。

 貴族や皇族は、臣民より格段に魔力量が多い。


 勿論、そんなものと関係なく甘いものが好きな人もいるだろうが、魔力量が多いと好き嫌い以前に『身体が欲する』のではないだろうか。

 魔力の回復とか質を高める作用があるとか、甘味にはそういう特殊効果があるということも考えられる。

「その方面の研究は面白そうですね。でも……そんなことを言い出すってことは、魔力量が増えたんですか?」


 絶対に増えているはずなんだが、増え幅がどれくらいか気になるんだよね。

 俺の時は、途轍もなく増大したからなぁ。


「……ある魔法が発現して、元の魔力量の十四倍ほどになった」

「じ、十四倍っ? 身体、大丈夫なんですか?」

 予想以上の上げ幅だ。

 俺が使用魔力の二、三倍だったから……ん?

 そっか、ビィクティアムさんは保有魔力を遙かに超える魔力を取られているから、俺の倍率と比較はできないのか。


「体内に流れる魔力量が、かなり変わったらしい。おかげで三日間、熱が引かなくて困った」

「甘いものは身体を動かす栄養になりますし、感情を抑制する物質を引き出して精神的に安定させる働きがあるらしいですから、魔力の増大によって不安定になった身体と心を整えるのに必要なんじゃないですかね……? 身体が欲する必要な物は、美味しく感じると言いますし」

「そう、なのか。俺は今まで、殆ど魔法を使わずに過ごしていたからな」


 やっばり。

 魔力量が元々少ないって言ってたから、セーブする癖がついているんだろうな。


「それと『神斎術』というのは知っているか?」

 い、いきなりそっちを聞いてくるか!

 無事に顕現しているとは思ったけど、ちゃんと獲得できてて良かったよ。

「本で読んだことはありますけど、周りに使える人はいなかったので詳しくは解らないですね」

「知っていることだけでいい。教えてもらえないか」


 えーと、あの『生命の書』に載っていたのは……

「『神斎術』は魔法と同じではありますが、魔法よりかなり大きい力で『神術』と同義です。元々その人が持っていた魔法や技能で、使える術が変わります」

「段位に関係なく……か?」

「はい。元の段位は関係ない……らしいです」

 でも、一番上まで引き上げられてから神術へと到る、みたいな感じだと思う。

 もし段位が低ければ、授かった時に増えるはずの魔力を使ってしまうので魔力量の増え幅が小さくなる……ってことなのかな?


「どのような種類の神術があるんだ?」

「まずは宝玉を手にした者が授かるもの。『硬翡翠掩護』『青金石掩護』『虹瑪瑙掩護』などですが、これで全部ではありません」

 本当は五種類ほどあったのだが、全部覚えているというのも怪しいかな、とみっつだけにしてみた。


「どれも『宝玉による守護を纏う』という加護があり、『硬翡翠掩護』であれば『他者に加護を与えられる』魔法が使えるようになります。もし他の魔法や技能が取得出来て条件を満たせば、使える能力も魔法も増えるようです」

「『青金石掩護』とはどういうものだ?」

 お、やっぱりそこを聞きますか。

 ビィクティアムさんが手に入れたとしたら『青金石掩護』だろうと、予習してきたのである。


「確か『成長羽翼』ですね。他者に対してなのか、自分に対してなのかは不明ですが、技能や魔法等の成長を助けてくれる力です」

「行使する魔法というより、加護のようだな」

「そうですね。掩護はそうかもしれません。魔法や技能で顕現するものが変わる術としては『祭陣』などがありますが、人によって違うのでどのようなものかまでは判らないです」

「『海の護り』というのは知っているか?」


『海の護り』……?

 あ、ああ!

 俺の自動翻訳だと『護海』って出ていたやつかな?


「それは『海を清め護る神術』ですね。海の状態や海の生物の状態が鑑定できたり、海の浄化や波を操ることができます。これ、海辺の町に住んでれば絶対に欲しいって思うものですね」

「『神斎術』は、授かったら神に仕える職になるということか?」

「いいえ、それはないです」

 てか、冗談じゃないでしょ。

 職業選択の自由は、絶対に脅かしてはいけませんよ。

 ……まぁ、貴族の嫡子だと……『選択』は無理だろうけど。


「『神斎術』が使えるようになると『神斎術師』とされますが、それは職業ではありません。神術を使う資格があるというだけです。魔法師と同じように段位があり、上から『真階』『正階』『準階』『練階』『無階』。この段位は『神斎術』でも使われます」

「段位を上げるには、どうするんだ?」

「その神術をきちんと正しく使うこと……だそうですが、判定は神々がなさるので、詳しくは解らないです」

「全て神々の御心のままに、か」


「『神斎術』は代々受け継がれていくみたいですが、それを行使する資格のない者には顕現しません。血筋だけではなく、人格も込みで神が裁定するのでしょうね。常に全ての世代で顕現するものではないようです」

 こう言っておかないと『神斎術』が出ないから跡継ぎじゃない! なんてことにもなりかねない。

「おまえの国の伝承で、神々の方陣に魔力を注ぐと啓示がある……というのがあったよな?」

「はい」

「声が聞こえたりもするのか?」


 きたきたきたー!

 そう、あれは俺ではなく、神!

 そういうことにしなくては!


「そういうこともありますよ。でもその声は『神斎術』を持つ者だけにしか聞こえず、知っている者の声に似かよって聞こえるのだそうです」

「知っている者の声?」

「ええ。本来、人の耳や目は神々の声や姿を捉えられません。でも、資格のある者だけには、神々は何かを示したいのでしょう。だからその者の見知った人の姿を借りたり、声を借りたりするのだそうですよ。そして神の声を聞いたとか、神の啓示を受けたなんて言ってても『神斎術』を持っていなければ、それは全て嘘か錯覚です。姿は……まぁ影くらいなら見えるかもしれませんが、はっきりとこんな顔だとか、こんな出で立ちだなんて見ることができるのも『神斎術』を持った者だけ……ということです」


 ……人はやましいことや隠したいことがあると、言葉を立て続けに繰り出し、捲し立てるものだというのは……本当らしい。

 あまりにも説教臭く、あまりにもご都合主義的理論展開だ。

 いや、既に理論ですらない……が、どうか御納得いただきたぁーい!


「なるほど……ありがとう。おまえに尋ねて正解だった。勉強になった」


 ご、ごめんなさい……

 なんて素直でいい人なんだ……!

 小心者の保身に走ったこの言い訳を全て受け止めてくれるなんて、やっぱりこの人こそ神斎術を得るに相応しい人だ。


 これからも俺は、ビィクティアムさんに全力で美味しいものをご提供すると誓います!



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