第249.5話 ビクティアムとマリティエラとライリクス

「もうっ! こんなにお疲れのまま戻られるなんて! どうしてセラフィラントでお休みになっていらっしゃらなかったの、お兄さま!」

「父上と顔を合わせづらくて……いろいろ、言いつけに背いてしまったし」

「お兄さまが、父上の言いつけを守らないなんて珍しいこと。ほらっ、横になっていらして!」


「その上、加護の腕輪から青金石を外してしまった」

「えええっ? これって、加護宝具でしょう? どうなさるの?」

「どうもこうもできん……もう何処にもないからな」

「どこに落とされたか、お解りにならないとか?」

「うむ……どう説明したらいいのか……」


「それより、まずはお身体を拝見いたします。じっとしていてくださいね……え?」

「なんだ? 何か病気でも見つかったか?」

「いえ……ご病気もお怪我もありません。でも……これ、こんなことって……」

「はっきり言えよ」

「魔力の流れが……尋常でないほど多く、魔力が身体を巡っております。それなのに全く滞っていないし……魔力量が増えております」

「え?」


「おそらく、今のご不調は、増えた魔力量に身体の機能が追い付いていないからでしょう。お兄さまはかなり鍛えていらっしゃるから、この程度で済んでいる、としか」

「魔力が……この年になって増えるものなのか?」

「魔力は使えば増えます。ただその増加の幅が、年齢が嵩むと少なくなっていくというだけよ、お兄さま」

「なるほど。どれくらい増えているんだ?」

「それは……ご自分の目で、お確かめになった方がよろしいわ」


「………」

「いかが?」

「なんで……? 何が起きたんだ?」

「わたくしの方が伺いたいです」

「三万一千もの魔力なんて……どうして、俺が?」

「タクトくんに次ぐ、我が国二番目の魔力量の多さだと思うわ」


「今のタクトの魔力量は解るのか?」

「この間ちらりと視えた時は、四万六千三百くらいだったけど……まぁ、タクトくんは参考にならないわ。お兄さまは一体何をなさって、いきなりそんなに増やしてしまわれたの?」

「……知らん。それに新しく魔法が出ている。いや、魔法なのか? 『神斎術』……なんて知っているか? マリティエラ」

「いいえ。初めて聞きます。顕現していらっしゃるの? 言葉の響きからして、かなり神々に近いもののようですけど……」


「聖神司祭様方に聞いてみるべきか……」

「タクトくんの方が、いいんじゃないかしら? 多分、聖神司祭様達もご存知ないと思うわ。タクトくんの国だったら、そういうものの知識もありそうだわ」

「あいつ、魔法のことは全然だったぞ?」

「『魔法』は、でしょう? 元々彼が勉強していたものが『神斎術』かもしれないじゃない」

「そうか……! 使えないまでも、座学で勉強している可能性はあるな。よし、聞いてみよう」


「ああああっ! まだ駄目ですっ! 起きないで! お身体を治してからよ!」

「大丈夫だ。近いのだし、少し腹も減ったし……」

「だ・め・で・すっ!」



「お邪魔しますよ、兄上」

「ライ、いいところに来てくれたわ!」

「どうしたんですかマリー……兄上を羽交い締めにしているとは、なかなか力強い……」

「ライリクス、マリティエラに放せと言ってくれ!」


「お兄さまがお腹が空いたからって、タクトくんの所に行こうとしているのよ! 今歩き回ったら、絶対に倒れるって言っているのに!」

「僕は無条件でマリティエラの味方なので、ちゃんと寝ていてください」

「マリティエラがこんなに馬鹿力とは……」

「まぁ、失礼ね、お兄さま! あなたが弱っていらっしゃるだけです」


「確かに発熱しているようですから、食堂に行ったらかえって迷惑をかけてしまいますよ。食事ならちゃんと、僕が買ってきましたから」

「……ちっ」

「その舌打ちはなんです? 義弟に対して、感謝する場面ですよ?」

「もう、ライもお兄さまで遊ばないで。お兄さまは横になっていらしてください」


「今日の夕食は、すずきの牛酪焼きだそうですよ。今用意しますね」

「あ、私がやるわ。ライは、お兄さまを見てて。絶対に逃げ出さないように見張っててちょうだい」

「ありがとう、マリティエラ。兄上のことは任せてくださいね」



「……もう大丈夫だと言ってるのに」

「大丈夫な人は、こんなに熱が出たりしていませんよ」

「心配はない。不快感もないし、食欲もある。魔力が……増えているみたいだから、そのせいだ」

「魔力が?」

「さっき確認したら、三万一千を超えていた」


「……なんですか……そのタクトくん並みの魔力は? 元々あなたは魔力量が……あ、すみません……」

「構わん。本当のことだしな」

「いえ、軽率でした。あなたが随分悩んでいらしたことなのに」

「そうだな、三千もなかったからな。十八家門の嫡子で四千を超えないなんて、聖魔法など使えまいとよく言われた」

「でも、ちゃんと使えていらしたじゃないですか」


「身体を鍛えて、耐えられるようにしていただけだ。使用範囲も狭いし、もたせるのも必死だった。その俺に、どうして今になってこんなに……」

「実はお心当たりがある……のでは?」

「ああ、だがまだ断定はできないし、したくない」

「失望する可能性があるとでも?」

「俺の身体が、この魔力に耐え続けられるか解らないからな……」

「大丈夫だと思いますよ?」

「どうしてそう言い切れる」


「あなたの身体全体から『加護光』が溢れ出ているように見えますから。神の加護があるのなら、乗り越えられると言うことでしょう」

「俺自身から? 身分証入れだけでなく?」

「ええ。身分証入れは眩しくて見えないほどですが、今のあなたからは、タクトくんと同じような加護を感じます」

「……この魔力量、ちゃんと俺のものにできるのだろうか」

「できます。だからこそ、神々は当初あなたに少ない魔力しか与えなかったのかもしれませんね」

「なんだよ、それは。随分意地が悪いな」


「あなたが身体を鍛えて聖魔法を使えるようになって、器ができあがったからこそ、本来持っているべき魔力を、戻してくださったのかもしれませんよ」

「器……か。試練を乗り越えられるか、試されていたということか?」

「おめでとうございます。全てを乗り越えて、あなたは紛れもなくセラフィラントの当主となるべく、神々に選ばれたということですね」

「いいのだろうか……俺なんかで」

「あなたでなければならないから、その力が宿ったのですよ。あなたも自己肯定感が乏しいのですねぇ」


「仕方ないだろ。ずっと、俺は『劣等』だったからな。どんなに努力しても及ばないことばかりだった。なのに、周りに引き立てられ庇われて恩恵に与って。実力で手に入れたものではないと言われたって、当然だった」

「そんなことは……」

「そうなんだよ。俺は父が、妹が、師が助けてくれた。幸運だっただけだ。ずっと……自分の実力で周りを認めさせられる兄が羨ましかった」


「あなたの兄上は……申し訳ないが、あなたに憧れられる資格があったとは思えませんでしたが」

「実力があったのは本当だ。使い方や考え方が……間違っていたが。でも、タクトに出逢ってやっと、俺は兄の気持ちが少し、解った」

「タクトくんに会って、ですか?」


「あいつ、ホントになんでもできるだろ? 膨大な魔力を持っていて、あらゆる魔法が苦もなく使えて、俺より遙かに年下なのに全部が俺の上だ。初めの頃は凄いと思うだけだったが、その内羨ましく思えるようになって……嫉妬もした。その時になんとなく思ったんだ。年下なのに絶対に自分が手に入れられないものを持っている人間が側にいることが、どれほど……醜い思いを抱かせる原因になってしまうのか」


「あなたは、そんなものに囚われなかった。あなたの兄とは全く違います」

「俺がどうしてあんなにあいつのことを知りたがったか……自分でも不思議だったんだが、やっと判ったんだよ。俺は『あいつに敵わなくて当たり前だと思える理由』を探していたんだ」


「……それで、あなたは慰められたのですか?」

「いいや、全然。俺は馬鹿だなぁと思っただけだったな」

「タクトくんは、比べる対象としては特殊すぎます」

「ああ、その通りだ。そもそもそんなこと、比べるものじゃなかったって気がついた。そしたら、自分の持っているものだけで精一杯やればいいんだと思えるようになって、楽になった」

「そうですか」


「だから、そうやって納得して、やっとあいつと素直に接することができるようになったっていうのに、なんで今更こんな魔力とか新しい魔法とか! これ以上俺に、何を考えろって言うんだ!」

「いや、そこは素直に喜びましょうよ? 特に考えなくても『幸運だった』ってことでいいじゃないですか?」

「そうなんだよ! 結局俺の実力とか思惑なんてものより『運』の方が人生の主導権を握っているんだ!」

「ちょっと……自慢に聞こえるのはなぜでしょう?」

「え?」


「『幸運』が舞い込む人生なんて、そうそうあるものじゃありませんよ。それを得ているのに、まだ望みがあるわけでしょう? わりと同情できないくらいの、いい人生ですよ」

「……そういうものなのか?」

「そうです。だから、これからは自分は幸運に愛される実力の持主だってことを自覚して、周りを不快にさせない程度で自慢してくださいね」

「……すまん……気をつける」

「こういう素直なところは、美徳ですね」



(やれやれ、お兄さまって昔からご自分に良いことがあると、なんで自分なんかが…って落ち込むのよね。その分努力もなさっているし、嫌な思いも、苦しい思いもしていらっしゃるのに、そのことは全然考えていらっしゃらないんですもの……)


「おまたせしました。お食事を運んできましたよ」

「……そういえば、もの凄く腹が減った」

「はい、お兄さま。お菓子もあるわ」

「そうか……なんか、甘いものが食べたい……ような気がする」

「え?」

「まぁ! 珍しい。一口、召し上がってみます?」


「……美味い」

「これ、タクトくんのお菓子の中でも、結構甘い方ですよ? 大丈夫なんですか?」

「今までのお兄さまだったら、口に入れた瞬間に吐き出すほどの甘さよ?」

「美味い。食事の後で食べるから、俺の分も取っておけよ」


「魔力が増えると、味覚が変わるのでしょうか?」

「初めて聞くわ、そんなこと……」


「鱸、旨……!」

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