第240話 ロカエ港からの挑戦
俺がウキウキで出迎えると、どうやらビィクティアムさんも同乗してきたらしく馬車から降りてきた。
まさか、夜行便でお帰りとは。
ん?
微妙な顔をしているが?
「長旅、お疲れ様でした! 今回はどんなお魚なんですか?」
「すまん、俺は中身は見ていないのだが……その……」
どうしたんだ?
ビィクティアムさんにしては、珍しく歯切れが悪いなぁ。
「おまえの魚料理が旨かったといったら……ロカエの漁師達がなにやら、対抗心を剥き出しにしてしまって……何を積み込んだのか……」
ははぁん、『海なし』町の人間の作った料理を、自分たちのご領主様の跡取りが褒めたんでムカついちゃった訳か。
ふっ、もともとは
それにしても、みんな勝負事が好き過ぎるよ。
もっと、穏やかに生きましょうよ。
「へぇ……港の漁師さん達のお薦めってことですね! それは、ますます楽しみですよ!」
「それともうひとつなんだが……」
まだ、何かサプライズが?
ビィクティアムさんの声が、ちょっとずつ小さくなる。
「俺の指輪印章を父が羨ましがってな。もし、贈った物が気に入ったら是非とも自分の分も作って欲しいと言っているのだ」
「指輪印章……あ、あの魔力印影が使いたいとか?」
「ああ。魔力を色で可視化、なんて今まで考えてもいなかったものだからな。あの人は新しもの好きで……指輪印章だって、かなり持っているはずなのに」
指輪タイプは公印ではないので、装いなどに合わせていくつか作っておく物だそうだから複数あるとは思うんだけど。
「もしかして、蒐集癖がおあり、とか?」
「ああ、専用の部屋を作るほどで、いろいろな物を集めるのが好きなんだ」
おお、コレクターですな。
そうなると、仲間意識が芽生えちゃうね。
そっかー、それならば、ちょっとは採点を甘くしてあげようかなぁ。
「じゃあ、セラフィラント公ご自慢の逸品なのかな? 早く見たいですねー」
申し訳なさそうにビィクティアムさんが取りだした箱は、掌より少し大きいくらいの箱だ。
開けてみると……岩石が入っていた。
「俺には全くこの岩の価値が解らん。鑑定したが、特別なものとは思えないんだが」
「そうですねぇ……成分的には……」
確かに珍しくはない成分だ。
石英、蛋白岩、二酸化ケイ素……でも、なんだか不思議なくらいはっきり層になっているみたいな……あ!
もしかしたら!
俺はその岩石を加工魔法で真っ二つに割ってみた。
ビィクティアムさんがいきなり何しやがるんだ、って表情をしている。
「やっぱりですね。見てください。これは割ってこそ、真価の判る岩石なんですよ」
切断面が美しい縞模様になっている。
赤が美しい部分と白、濃いオレンジ、黒そしてまた鮮やかな赤。
「これは……」
「『
「初めて見た……綺麗なものだな」
「堆積岩の瑪瑙ですし、この辺りではこういうのは採れないです。海岸や川なんかにも、綺麗な
これは素晴らしい贈り物だ。
俺は、セラフィラント公の指輪印章の作成を引き受けることにした。
見本にとビィクティアムさんからひとつ預かったのだが……いいのか? 印章を他人に預けて。
「おまえが悪用するのなら、とっくに俺のものでやっているだろうし、ここでその印章が使われたら、犯人はすぐに捕らえられるからな」
デスヨネ。
お縄になるようなことは、致しませんとも。
次は本命、馬車に乗っている活魚水槽と番重を見てみよう。
ビィクティアムさんは東門詰め所へと向うのかと思いきや、一緒に中身を確認するという。
さてさて、ロカエからの挑戦状は一体何でしょうかねぇ。
まずは、活魚水槽から。
「大きい方は……お? えーと、なんだっけ、これ……あ、
「よく知ってたな」
「焼いて食べると、旨いんですよねー」
ムニエルとかバター醤油焼きもいいよね。
中くらいの方には、真鰺が入っていた。
素敵だ……! アジフライが食える!
小さいの方は……おおっ! こんなものが獲れるのか!
「これ、
「……おまえ、これ食べるのか?」
「あれ? 苦手ですか? めっちゃくちゃ美味しいですよ! うわー、たーのしみー!」
さてさて、番重の方は……っと。
一段目、秋刀魚が大量に。
二段目……も、秋刀魚だ。
三段目は、おおっと、鰤じゃないですか!
照り焼きはサイコーですよねっ!
四段目、おや……これは……
「セラフィラントって、帆立も採れるんですかっ?」
「あいつら、結構北側まで行って態々採ったんだな……ロカエに入ってくるのはもう少し後のはずなんだが……」
「無理してくださったわけだ。いやー、これも美味しいですよねぇ」
「え、これも食べ方を知ってるのか? ロカエでも、なかなか採れん貝だぞ?」
ビィクティアムさんがいちいち驚くのだが、そんなに知らないものなのかな?
あ、シュリィイーレには、貝って入って来ないからか?
市場で見かけたこと、ないもんなぁ。
「俺の生まれた所では、よく食べられていましたからね。北から南まで、全ての海のものが、全国に流通していたのですよ」
なんてったって、俺の大好きなK軒のしゅーまいにも使われている素材だからねっ。
五段目だが、そろそろとんでもないものが出てくるかなぁ?
おっ、おおおおっ!
「すっげーー!
「う……これ……」
「あれ、これも好きじゃないんですか? 美味しいのにー」
「どうやって食うんだ? こんなもの」
子供が大嫌いな食材を見せられたかのような、あからさまに食べたくなぁい……というような顔を見せるビィクティアムさん。
「セラフィラントじゃ、あまり食べないとか?」
「ああ……たまに漁師達が食べているみたいだが、旨くはないと……」
「ヤレヤレ……こんなに美味しいものを、不味く食べる方が大変ですよ。たぶん旨いから、漁師達だけのお楽しみだったのでは?」
烏賊の鮮度を保つのが難しくて、セラフィラントでも港付近以外には出回らないのかもしれないな。
糯米もあるし、イカ飯作っちゃおうかなー。
さーて、最後の六段目はなーにかなっと!
ん?
見慣れない色だから一瞬なんだか解らなかったけど、これを送ってくださるとは!
「おい、これは酷い嫌がらせだ!」
「え? なんで?」
「これは『魔魚のなれはて』と呼ばれているものだぞ? 侮辱以外のなにものでもない!」
ビィクティアムさんは真顔で、怒り心頭といった風情だ。
マジ怒りである。
いえいえ、確かにこの子はいろいろと悪評もありますけどね、美味しくて良い子ですよ。
「嫌だなぁ、魔魚なんかじゃありませんよ。これは『蛸』。しかも、旨味の強い『真蛸』です」
「……まさか……おまえの国では、こいつも食するのか?」
「はい!」
ビィクティアムさんの顔が青ざめ、引きつったまま戻らない……
日本人はあっちの世界でも、世界一蛸を食べる人種でしたからね。
でもあちらでは、港のある国じゃ蛸料理も沢山あったはずだけど、こっちではどうして海のある地域でも嫌われちゃってるんだろうなぁ。
……美味しいのにー。
「なんで『蛸』が『魔魚のなれはて』なんですか?」
「魔魚は、触手を伸ばして絡みつき魔力を吸い尽くす魚だ。陸に這い上がって人から魔力を吸い取り、海に戻っていく。それの死骸はあがったことがなく、違う姿に変わって死ぬ……とされている」
「ああー、蛸の手足がそんな感じに見えちゃっている、と。烏賊は平気なのに変な話ですねぇ」
「本当にこれ、食べるのか?」
「当然です! あ、量が多いものは、また他の方に分けてあげてもいいですか?」
「ああ……それは構わんが……こんなものまで食べるとは……怖ろしい国だな……」
偏見。
食文化が豊かなだけですよ。
絶対に食べさせてやる。
蛸は栄養があって、身体に良いんですからね。
しかし蛸でこの言い様だと、クリオネのバッカルコーンなんか目の当たりにしたら大騒ぎなんだろうなぁ。
……ちょっと、見せたい。
その頃のロカエの漁師達 〉〉〉〉
「おい、『なれはて』はこの箱に入れておけって言っただろう? 何処に置いてあるんだ?」
「え? ちゃんと箱に入れましたよ、船長。……あれ? 何処行ったかな」
「船長ー、送るって言ってた
「なんだとっ? 旗魚はティム坊ちゃんの好物だから、絶対に忘れるなと……おい、おまえ……『なれはて』を入れた箱ってぇのは、何色だった?」
「青い積み上げ箱でしたよ? 一番下に入れといてくれって、船長が言ったんじゃないっすか」
「馬鹿野郎っ! 一番下の倉庫から持ってきた箱に入れろっつったんだ!」
「あれ? 間違っちゃいましたか……?」
「まさか、船長……その青い積み上げ箱って……」
「大変だ……シュリィイーレに『なれはて』を送ったなんて……! ティム坊ちゃんに大恥をかかせるどころか、不敬罪で首が吹っ飛ぶかもしれねぇ……」
「えっ……」
「今すぐシュリィイーレに行くっ! 一番速い馬車を……いや、馬を用意しろっ!」
「はいぃっ!」
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