第241話 軟体動物クッキング

 俺は取り敢えずこの大量の魚を、地下三階のお魚専用部屋に運んだ。

 レトルトの備蓄を自販機裏に持ってきて、空いたスペースをお魚保管庫にしたのだ。

 母さんの目に触れると、ものすごーく嫌な顔をされてしまうので、この部屋には俺だけが入れるようにしてある。

 蛸とか烏賊なんて絶対に悲鳴を上げられてしまうから、早めに調理したいのだが……

 実は今、実験厨房は新しくレトルトにする『カレーパン』用のカレーを作っていて、魚を調理する場所がないのだ。


「ビィクティアムさん、台所、借りてもいいですか? 母さんが魚介が苦手なんで、うちの厨房使えないんですよ」

「まさか……なれは……じゃない、蛸とやらを調理するのか?」

「嫌そうな顔しないでください。セラフィラントから送ってきたんですよ?」

 本当にめっちゃくちゃ嫌そーーーーうなビィクティアムさんを強引に納得させ、台所を借りることができた。


 蛸や烏賊、鱧と帆立は、全くシュリィイーレに入って来たことがない。

 ラウェルクさんにも、引き取ってはもらえないから全部こちらで使う。

 まずは、鯣烏賊の下ごしらえをしてしまおう。

 一匹やったら【複合魔法】を作ってしまえば、自動で全部できるようになる。


 烏賊の胴からワタを抜き、軟骨も抜き取る。

 ワタとげそを切り分けて墨袋を外して、ワタは……塩辛でも作ろうか。

 イカスミは、俺もあんまり好きじゃないから食べないので、もったいないがサヨナラだな。


 目、くちばしを取って、げその長い二本は先を切って長さを揃えたら塩でしごいて小さい吸盤を取る。

 次に胴の部分は、中をちゃんと洗ったらエンペラを外して皮を剝く……と。

 そうだ、薄皮も取っておこう。

 よし、ここまでを【複合魔法】で自動化。


 俺の下処理をじっと見ていたビィクティアムさんが、子供みたいなわくわくした目になっている。

 こういうの見る機会はなかなかないもんねぇ、貴族の方々は。

「どうです? 綺麗な身でしょう? このまま刺身にしても美味しいですよ」

「え? 生でも食えるものなのか?」

「ええ、たまに食中毒を起こす寄生虫がいますから、それに注意さえすれば平気です。これにはいないので食べられますよ」

 しっかり浄化済なので、アニサキスさんは居ませんよ。


 おなじみ烏賊素麺のように細切りにして、盛りつけてあげるとビィクティアムさんはさらに目を輝かせる。

 お醤油、かけてあげちゃおうかな。

 俺も一口。あ、旨い。めっちゃ新鮮。


「不思議な食感だな……この調味料も旨い……」

「これは少ししかないんですが、只今、量産を試みております。この間もらった大豆で作っているんですよ」

「大豆で、できてるのかっ?」

「俺の生まれた国では、最も国民に愛されている調味料のひとつです。これが料理の要と言ってもいいほどですよ」

 醤油、美味しくできあがるといいなぁ。


 ビィクティアムさんが嬉しげに刺身を食べている間に、イカ飯を作ちゃおうかなぁ。

 烏賊は全部で八十杯ほどあるから、五十くらいはイカ飯にしてしまおう。

 保存しやすいし、温めればすぐに食べられるし。

 こいつも、レトルトを作っておくか。


 残りはあとで烏賊リングとか作って父さんと母さんに食べてもらおうかな。

 形が見えなかったり、げその部分じゃなければ見た目も平気だろう。

 げそは全部、烏賊飯の中に入れちゃおうっと。



 次は、帆立ね。

 先ずは主役の貝柱を取って、ひもと生殖巣をはずす。

 おっと、ウロを破らないように気をつけて……ここは食べられないんだったよな。

 赤い卵巣がメスで、白がオスだったはずだ。

 どっちも煮ると旨いんだよね。

 ひもも一緒に煮ちゃおう。

 佃煮みたいにすれば、ご飯のお供にできそうだ。


 貝柱は、生のまま取っておこう。

 フライもいいし、焼いても旨いし、あ、干しておくのもいいなぁ。

 ビィクティアムさんが烏賊の刺身を食べ終わって、俺の手元を覗きに来たので帆立の刺身をいくつか出してあげる。

 うん、うん、旨そうに食べてるね。



 さてさて、お次は蛸だな!

 と、俺が蛸の番重を取りだした時に、呼び鈴が鳴った。

 家主さんがご対応している間に、蛸のぬめり取りでも……


 申し訳ございませんんんんんんんっ!


 な、なんだ?

 とんでもない勢いの謝罪が聞こえたけど……

 気になってそうっと玄関を覗いてみると、でかい図体の人が両膝両手を地につけて深々と頭を垂れている。

 あれは紛れもなく、ジャパニーズ・DOGEZA!

 この世界でも有効だったのか、土下座……


 父さんより、ちょっと年上だろうか?

 筋骨隆々なおっさんの、土下座である。

「『なれはて』を間違って出荷してしまうなどロカエ始まって以来の大失態、わたくしはどのような罰でもっ!」

「……態とではなかったと?」

「はいっ、決して! しかし、全てわたくしの責任でございます! どうか、港を閉じることだけは、ご容赦くださいっ!」

 ビィクティアムさんの声は、怒気を帯びてはいるが歯切れが悪い。

「……顔を上げろ、ザクルレキス……本来ならば、即刻首を刎ねるところだが……」


「あなたがあれを入れてくださったんですか! ありがとうございますっ!」

 思わず叫んだ俺に一瞬びくっとしたそのガタイのいいおっさんは、いかにも凄腕の漁師でございといった雰囲気だ。

 この感謝と喜びを、是非ともお伝えせねばなるまい!


「魚も全部素晴らしいし、なんと言っても烏賊と蛸は最高ですよ! あ、帆立も北の方まで漁に出てくださったんですよね? 感謝してもしきれないですよ! どれもこれも大好物ばっかりで!」

「あ、あの……こちらの方は……?」

「不銹鋼の錬成者で、魚を届けたタクトだ。こいつがあの『なれはて』を喜んでいるんでな……おまえ達を罰する理由がない……」

 なんでこんなに、呆れたような声なんですかね?

 ビィクティアムさんは。

「真蛸なんて最高に美味しいものを、今まで食べていなかった方が驚きですよ」


 あれ?

 えーと、ザクルレキスさん……だっけ?

 なんでこんな『アンビリーバブル』って顔しているんだよ。


「あれを食べるんですかい? あんた……正気か?」

「おい、ザクルレキス不敬だぞ。信じられないのは解るが、一応、結構な身分なんだからな、こいつ」

「もっ、申し訳……」

「そーいうことは、シュリィイーレでは気にしなくていいじゃないですか。そんなこと言い出したら、俺なんて十回は不敬罪で首、刎ねられてます」

「そうだな。おまえ、王都だったら大変なことになっていたかもな。それより、いいのか? えーと、蛸……だったか。途中なんだろう?」


 俺はビィクティアムさんのご指摘に、慌てて台所へ戻った。

 いけない、いけない。

 番重から出した分はさっさと処理してしまわなくては。

 あ、そーだ。


「折角ですから『魔魚のなれはて』と勘違いされた、蛸の下処理と料理方法、ご覧になりますか?」

 ……「本当に食うんですか? あんな不気味なものを?」

 ……「俺に聞くな。あいつのやることは俺には説明できん」


 もー、何こそこそ話しているんですか。

 ははーん……どうしても蛸が旨いって信じられないんだな?

 よぅし、煽ってやろう。


「へー……セラフィラントの海の男も、大したことないですねぇ。俺のいた国ではあれを怖がるような臆病者は、船にも港にも、ひとりもいませんでしたけどねぇ」

「おい、タクト、その言い方は許せんぞ?」

「そうですぜ、いくらなんでも言い過ぎってもんですよ」

「えー? いいんですよぉ、ご無理なさらないでくださぁい。セラフィラントの方が海の生き物に怯えてるなんて、絶対に誰にも言いませんからぁ」


「だ、か、らっ! 怯えてなどおらんっ! そんなもの、なんっとも思ってはおらんっ!」

「そうですよっ!」

「じゃあ、見ててくださいね」

 下処理を覚えてもらって、美味しささえ解ってもらえれば、廃棄なんてもったいないことはされないはずだ。


 まずは、頭の部分に指を入れて裏返し。

 はらわたなどを綺麗に取り除いたら、元に戻して流水でぬめり取り。

 そして塩を使って更にぬめりを出してから、また流水で流す。

 これを繰り返して、ぬめりがなくなったら下処理は完了。


 足の部分を、刺身にして出してみようかな。

 身と吸盤付きの皮を切り分けたら身の方をそぎ切り、皮の方はさっと湯がいて皿に乗せる。

 醤油をちょっと、かけておいてあげよう。


「食べてみます?」

 ふたりはちょっと躊躇しているが、俺が一口食べてみせるとビィクティアムさんが意を決したように身の方を口に入れた。

「うま……」

「ど、どうですか、坊ちゃん……?」

 お、坊ちゃん呼び。子供の頃からの馴染みの人なのか。


「旨い。こりこりしてて、凄く歯触りがいい」

 ビィクティアムさんはどうやら、この食感がお気に召したようだ。

 ザクルレキスさんも、目を瞑って口に放り込む。

 お、吸盤の方、行った。

「確かに……この食感は……悪くねぇ」


 じゃあ、お湯も沸いたことだし、茹でちゃおうかなー。

 頭を持って鍋の湯に足からゆっくり漬けていく。

 足がくるん、と丸まるこの感じがなんか好きなんだよね。


 色が鮮やかな赤に変わっていくと、ふたりからおおっ、と声が漏れた。

 で、ひっくり返して今度は足が上に向くと、ビィクティアムさんはちょっと目を逸らし、ザクルレキスさんは、ずいっと覗き込んできた。

 面白いなー、ふたり共。


 引き上げたらあら熱を取って、蛸の塩ゆでが完成。

 これはいろいろな料理に使えるので、ここまでを【複合魔法】でオート処理。


 さてさて、蛸料理を食べさせてあげたいんだが、イチ押しのたこ焼きは器具がないので諦め。

 だから、居酒屋で絶対に注文する『蛸の唐揚げ』をつくる。

 蛸に味を付けて、そのままでも食べられるようにしよう。


 生姜と酒、醤油に漬けてちょっと魔法で圧力かけて染み込ませる。

 ジャガイモから作った片栗粉を塗して、あまり多くない油で揚げ焼き。

 この間、西市場で衝動買いしちゃった酢橘すだちみたいな柑橘系の果汁をふりかけて……と。


「どうぞ。蛸の揚げ焼きです」

「あつっ……! うん、これ、旨い」

「でしょ? 蛸は身体にもいいんですよ。捨てちゃうなんて、もったいないです」


 疲労回復とか、眼病予防とか、血中コレステロールを下げるし良質のタンパク質なんだ! ってジムの筋肉自慢さんが言っていたんだよね、昔。

 ザクルレキスさんもビィクティアムさんが旨そうに食べている姿を見て、負けじと頬張る。


「これを……一番初めに食おうなんて思った、タクトさんの国の人は……勇者だな……」

「うむ、恐れ知らずなのだろうな……だからこそ、こんなに旨いものを見つけ出せているのだろう」

「まぁ……極端なこと言えば『海のもんは全部食えるはず』ってどっかで思ってますからねぇ。取り敢えず、とれればすぐに調理って感じだと」


 魚が捕れても、貝が採れても、魚介全部が捕食対象? とかね。

 グロイ深海魚を見ても『蒲鉾ならいけんじゃね?』とか思うしね。

 ふたり共、そんな『こいつ意地汚いだけでは?』みたいな目で見ないでくださいよ。


 あ、そろそろ昼食準備の時間だ。

「俺、手伝いに戻りますね。台所貸してくださってありがとうございます。後でまた借りていいですか? 鱧も多分、母さんが卒倒しちゃうと思うんで」

「ああ、構わんぞ。鱧料理、食わせてくれるんだろう?」

「勿論ですよ! あ、烏賊飯をふたつ置いていきますんで、お昼ごはんにどうぞ」

「『イカメシ』?」

「はい。切っておきましたから、そのまま食べられます。それでは!」


 その他のものを全部番重に乗せて、俺はなるべく母さんの目に触れないように地下の魚部屋にできあがりを運んだ。

 保存作業は、スイーツタイムが終わってからだな。


 これから暫くは、また魚が食べられるぞー!



 イカ飯を食べるふたり 〉〉〉〉


「これ……旨いっすね、ティム坊ちゃん」

「だから言っただろ? あいつの料理は、旨いって」

「島国って、何処なんでしょうか? 『なれはて』まで食っちまうなんて、そんな国聞いたことありやせんぜ」

「北から南、全ての海の幸が集う国だったそうだからな。ん……これ、糯米か……旨い」


「スゲェ港が、沢山あったんでしょうなぁ……『海のものは全部食える』って思えるほどの、多くの種類が水揚げされていたってことだ」

「『灯台』があったらしい」

「灯台って、あの『永遠に消えることなく海を照らす導きの光』ですかい?」

「あいつの町の、象徴だったようだ」

「ははは……そんな港があるんじゃあ、あっしらなんてまだまだ足元にも及ばねぇ。ロカエ以上の港なんてないと思っておりやしたが……とんだ慢心だったようだ」


「今でもロカエはイスグロリエスト随一。だがこれからは、シィリータヴェリル大陸随一の港になれるはずだ」

「はいっ! これからは恐れず、なんでも食ってみることにしますぜ!」

「いや、変なモノは食うなよ……それと、今度積み間違いなどという愚を犯すようなら、本当に港を閉じるからな」

「はっ、はいっ、今後は絶対にこのようなことの無いよう、徹底いたします!」


「本当は、何を積むつもりだったんだ?」

旗魚かじきです。かなりデカイいいやつが獲れまして……」

「……なんで、それを今日、持ってこなかった?」

「あ……すいません……とにかく詫びねぇと、と思って……」

「よりによって、旗魚を入れ忘れるとは!」


「申し訳ございませんっ! 次は、必ず! それと珍しい物もまた……」

「珍品より、ちゃんと『旨い魚』にしろっ! 食わされるのは俺なんだからな! 変なものを入れやがったらおまえの船、沈めるぞ!」

「はい……勘弁してくださいよ……でも、珍しい物ならタクトさん、喜ぶんじゃないですかね?」

「俺が食えない物は、絶対に入れるな! それならまだ『なれはて』の方がマシだ!」

「……はい。蛸……でしたっけね。あれの名前」

「ああ、これからはそう呼んだ方がいいな。そうすれば食おうって気になる。まだ沢山料理があると言っていたからな……」


「あの調味料、手に入らないっすかね?」

「今、タクトが量産をしようとしているようだ。あれ、大豆で作るらしいぞ」

「大豆? あの家畜の餌ですか?」

「ああ。あれも俺は食べようなんて全く思わなかったが……まさか調味料になるとは」



「タクトさんの出身国ってぇのは……とんでもねぇ貪欲な、食い道楽の国なんすねぇ……」

「それは間違いない」

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