第239.5話 ビィクティアムとセラフィラントの人々
▶ビィクティアムとダルトエクセム
「ロンデェエストの湿原はどうだったか? ビィクティアム」
「湿原があったとは思えぬほど、緑豊かな草原になっておりました。本当に一夜でああなったのだとしたら、神の御技としか思えません」
「隅から隅まで、全くぬかるんだ所もなくなっていたのか?」
「ええ……ご覧になりますか? 父上」
「おお! 例の『映像』とやらか!」
「……これが、現在の様子です。草の種類が違う境目が、元あった湿原の際、ですね」
「ううむ……しかし、なんとも不思議なものだな『映像』とは……その場に行って見ているようだ」
「ええ、とても鮮明で、人が見るより広範囲を正確に記録できます。歩いて周りを記録しておりますが特に変わった物も見当たらず、草の下は固い地面でした」
「確かにこれでは、元が何であったかなど忘れてしまいそうだ。呪いが解けた……と言うことなのだろう」
「不審な魔力や気配もなく、目撃した者も『あの影は神の化身だ』と言っておりました」
「そうかもしれんな。神典や神話が発見され、神々の目覚めが近付いているのやもしれん」
「残り二冊が発見され、復活すれば何か解るのでしょうか、我々の『使命』も」
「カルラスの塔に、今一度、調査団を派遣するか?」
「初代は数十人であの塔に挑み、殆どの者が帰らなかった……と記述を残されています。セラフィエムスの使命で、他家の者達から犠牲者を出すわけにはいきません」
「おまえひとりで調査するなど、絶対に許さぬぞ」
「そこまで無謀ではありませんよ、父上。ただ、試してみたいことは……あるのです」
「……『古代の叡智』か」
「あるかどうかも解りませんが、闇雲に人海戦術で挑んだとて、上手くいくとは思えませんから」
「わかった。だが、危険は冒すな。おまえだけなのだからな、セラフィエムスには」
「はい、肝に銘じておりますよ」
「それにしても、この映像というものは実に面白い。これもあの青年が作ったのだったな」
「はい。私の銘紋もタクトに考えてもらったものです」
「そう! そうだ、あの紋だ! ああも美しい紋は、初めて見たぞ!」
「印章ができあがったので、紋章院に登録を済ませて参りました。ご覧になりますか?」
「勿体ぶるな。自慢したいのであろう! 早く見せろ」
「……こ、この金属は……!」
「タクトは『
「あの……まさか、あの伝承にあった幻の『
「タクトの国、あの大魔導国で作られていた金属だそうですから、間違いないと思っております。調べようといたしましたが、まったく削ることもできないのです」
「『金剛石より硬く黄金に輝く天光を宿し何ものにも侵されぬ神鋼』か……」
「腐食に強く、人体には影響がない、とのことです。ただ、誰にも作り出すこともできず、誰も加工できないであろうとも言ってました」
「作り出せるのは彼のみか。しかも誰ひとり加工できぬのでは、手の出しようがない」
「合成に金を使用するようですから、かなり高価でしょう。この印章の全てが『緋色金』ですが、これだけでも貨幣価値に換算することができぬ程かと」
「まさか、不銹鋼以上の金属まで作ってしまえるとは……まさに『叡智』であるな」
「それと、もうひとつ」
「なんだ、まだ自慢が足りぬのか」
「ええ。この指輪印章です」
「……気になっておったわ。そんなに美しい造形の指輪印章など、皇家にも存在すまい。どうせタクト殿が作ったのであろう?」
「はい。造形も勿論ですが、この印章は……このように、金属にでも布にでも石にでも、魚にさえ押印できるのですよ」
「なっなんとっ! 色が付くのか! 美しい蒼だな……」
「これはタクトの魔法で、私の魔力を色で表すとこの色になるのだそうです。ですから、この色で押印できるのは、私だけだと言っておりました」
「おい……ティム、自慢するだけ、か?」
「ええ、そうですよ」
「儂の分も頼まんか!」
「駄目ですよ。タクトは魔法師で、錬成師ではありません。私のものは元々の意匠を考案したということで、特別に作ってもらえたのです」
「くっ……! なんと、大人げない自慢をしおって!」
「散々宝物庫のものを引っ張り出して、私に自慢して見せていた方はどなたでしたっけね?」
「……なんとかならんのか?」
「タクトが喜ぶものを何か贈れば……頼みやすいですが」
「なんだ? 何を欲しがっとる?」
「それは、父上がご自身でお考えくださらないと。あ、もうひとつ。タクトがセラフィラントの牛の乳から作った乾酪です。これは差し上げますから、どうぞ召し上がってみてください」
「おい、半分ではないか」
「半分も持ってきたんですよ。本当なら一欠けにしようと思っていたのですから。こんな美味い乾酪は、セラフィラントでも数えるほどです。要らないなら、持って帰りますよ?」
「食べるに決まっておろう! ええい、こんなになんでも作ってしまうやつが何を欲しがるかなんぞ、解るわけないであろうが!」
▶ビィクティアムとザクルレキス
「おや、ティム坊ちゃん! お久しぶりです」
「その呼び方は止めてくれと言っただろう、ザクルレキス船長」
「あっしらにゃ、いつまで経ったって坊ちゃんは坊ちゃんですよ。家督を継がれたら改めますがね」
「……あと百年以上もそう呼ぶ気か。それより、どうだ? 不銹鋼の艤装は」
「いいですね! ありゃあ最高の金属だ。セラフィラントの強い潮風に負けねぇものなんざ初めてですよ」
「それはよかった。では今回も、かなりいい魚が揃ったのだろうな」
「当然ですよ。ロカエの魚介は天下一ですからね。この間の鮪、ちゃんと食べられましたかい?」
「ああ、旨かったぞ! タクトが見事な料理にしてくれたから、生でも楽しめた」
「え……内陸の方が、あれを捌けたんですか?」
「タクトは元々島国育ちだそうだから、鮪も鮭も鰯も素晴らしい料理にしていたぞ。今回も旨いのを頼む」
「そうですか……あの魚、全部……こりゃあ、負けていられませんやねぇ」
「おい、別に勝負事ではないだろう?」
「鮪が捌けるくらいでいい気になられちゃあ、たまったもんじゃねぇですよ。ロカエの魚介、何処まで食えるか試してやりやしょう!」
「……おい、そうムキになるな。俺が料理してもらうんだから、あんまり変なものは入れるなよ?」
「ええ……任せてください」
「本当に、普通の、旨い魚にしてくれよ?」
「なーに、入れちまえば、あっちに着くまで開かねぇあの積み上げ箱なんでしょう?……絶対にビックリさせてやりますよ」
「頼むから! 本当に変なものを入れたりするんじゃないぞ!」
▶ビィクティアムとカルラス港の面々
「最近の漁はどうだ?」
「ああ、ここ半年は、あまり良くないね。そのせいで港の格が下がっちまった」
「少ないのか?」
「夏はまだマシだった。でも
「そうだな……しかし、そんなに離れないと獲れないのか」
「ああ、どんどん獲れなくなっているんだ。水温だけが原因じゃないかもしれないって、組合の連中が調べてくれてるよ」
「そうか、聞いてみよう」
「おや、お珍しい、世嗣殿下」
「名前で呼んでくれ港湾長。ムズ痒い」
「では、ビィクティアム様、本日は如何なさいましたか?」
「カルラスの格が下がったと聞いてな」
「はい、今我々もそのことで悩んでおりまして……」
「水温のせいだけではないのか?」
「どうも水質そのものも、悪くなっているようなのですよ」
「魔法での浄化は間に合わないのか?」
「範囲が広すぎて、まだ原因となっている汚染源が特定できないのです」
「そうか……足りないものや、必要なものはあるか?」
「『水性鑑定』ができる者が少なく、おりましても精度の低い者が多いので、人材が……それに、浄化を魔法だけで行うには無理がありますので、別の方法も考えておりますがこれといった打開案がなく……」
「わかった。技能を持つ者を、優先的に採用しろ。費用はセラフィエムスが出す」
「ありがとうございます、一日も早い原因究明に努めます」
「頼む。セラフィラントの漁港が低位であるなど、許し難い事態だからな」
「あんた、この塔を見に来たのかい?」
「ああ、あまり人がいないのだな、この辺りは」
「この塔以外、なーんもねぇからなぁ」
「じいさんはこの辺りに住んでいるのか?」
「ああ、この塔が見える家なんだがよ……この間、朔月の初め頃だったかな。この塔が夜中に光ったんだよ」
「え?」
「みーんなは見間違いだって言いやがるんだけどよ、絶対に見たんだよ、わしゃあ」
「どのように光ったんだ?」
「こう……すぱーんと上の方に向かって光が飛び出してよ、その後、この中の方が光ったんだよ」
「光以外に、何か見えなかったか? 塔の中……とか」
「ああ、中に四角い影が映ったな……でもちょっとの間だけで、すぐ元に戻っちまった」
「そうか……面白い話が聞けた。感謝するぞ」
「朔月の初め……あの湿原に影が入っていったのも、朔月の八日だったな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます