第237話 美味しいものを作ろう

 ラディスさんに俺の希望を伝え、もし少しでもその気があるなら、明日の昼にうちに来て欲しいとだけお願いした。

 全く違う物を作るには勇気が要るだろうし、子供達のことも心配だろう。

 俺のことが信用できるかどうかも、わからないしね。



 大慌てで転移して戻ったがランチの準備には間に合ったものの、朝ご飯を食いっぱぐれてしまった。

 今日のランチは、鶏肉の香草焼きと温野菜サラダである。

 早めの昼ご飯を食べて臨まなくては、腹の虫が大合唱を始めてしまう。


 母さんが厨房に置いていた舞茸を、不思議そうに眺めてる。

 天然物は、虫出しをしないとね。


「タクト……これ、なんだい?」

「舞茸っていう茸だよ。すっごく美味しいから、夕食に食べようと思って」

「へぇ、不思議な形の茸だねぇ……」

「それで美味しかったら、明日の昼に食堂で使ってよ」

「そうね、茸ならいろいろ使えるね」


 これでうちの茸栽培部屋にまた一種、増えたわけである。

 夕食の舞茸は、天ぷらにしよう。

 ランチに食堂で出す分は、牛肉と一緒に炒めようかなー。

 焼いても美味しいよなー。



 夕食に食べた舞茸の天ぷらは、父さんにも母さんにも大好評であった。

 勿論、他にもいろいろな野菜を天ぷらにしたのだが、人参の天ぷらと舞茸の天ぷらがダントツで旨かったのである。

 揚げ物って素晴らしい……!

 明日の昼はシシ肉の煮込みに、舞茸の天ぷらを添えて出すことになった。


 そして父さんと母さんに明日、多分ラディスさんと子供ふたりが訪ねてくるかもしれないと言うことを伝えた。

「でね、その子達、母親を去年亡くしたばかりなんだ。だから……」

「わかった。母さん、あんまり表に出ないから」

「ごめん、ありがとう」


 俺が『母さん』って呼ぶと……多分、つらいんじゃないかと思うんだ。

 俺がそうだったから。

 もう自分にはそう呼べる人がいないんだと、実感してしまうことが苦しい。

 その日の夜、明日三人が来てくれますように、とお祈りしながら眠りについた。




 翌日、昼時少し前に三人がやってきた。

 よかった。

 ちょっとは、前向きに考えてくれているみたいだ。


「いらっしゃい、ラディスさん、レザム、エゼルも。ちょっと遠かった?」

「俺、こんな所まで来たの初めてだよ!」

「こら、エゼル、挨拶が先だろ!」


「こんにちは、タクトさん。見せてもらいに来ました」

「タクト、でいいですよ。俺の方がうんと年下なんだから」

「タクト!」

「おまえは駄目だよ! すいません、こいつ、全然挨拶とか……」

「いいって。そのうち……痛い目みたら覚えるさ」


 レザムはちゃんと『お兄ちゃん』してるなぁ。

 俺は兄弟いなかったから微笑ましいとしか思わないけど、いろいろあるんだよな、きっと。



 三人を裏庭に案内する。

 そう、俺が見せたかったのは硝子ハウス。

 お願いしたいのは『苺の栽培』である。


 苺は『野菜』の仲閒だ。果樹ではなく、草なのだ。

 だが果物的に使われるので、完全に野菜と言いきれるものでもなく『果物的野菜』なのだろう。

 つまり、果実であり、草である。

 ラディスさんの持つ『果実栽培』と『草類育成』は、まさに苺のための技能と言えるのだ!


「透明な家……」

「これ、硝子なんですか?」

「そうだよ、レザム」


 ラディスさんとレザムは初めて見る硝子ハウスに驚いているだけだが、エゼルはぴたぴたと触ってみたり興味津々だ。

 好奇心旺盛だなぁ、エゼルは。


「ぶつかっただけで、割れちゃいそうですね……」

 ラディスさんが、怖々と硝子ハウスに触れる。

「そんな軟弱な作りでは、ありませんよ。エゼル、この棒で思いっきり叩いてみて」

「駄目ですよ、タクトさんっこいつ、結構力強いし!」

「へーきへーき、いいよ、力一杯やってみて」


 ラディスさんとレザムははらはら、エゼルはわくわく。


 がぃんっ!


 エゼルが振り下ろした棒は硝子ハウスにヒビひとつ入れることができず、跳ね返される。

 何度もガンガンと叩くが勿論、まったくの無傷である。

「俺の魔法で強化してありますからね。剣も鎚も炎も水も効きません。さぁ、中に入ってみてください」


 三人を中に招き入れ、苺の説明をする。

 今ここにあるのは、夏の間に作っていた『子株』で、これを植えるのがだいたい来月、弦月つるつきの初め。

 肥料を与え、水やりをしながら冬を越し、花が咲くのが春先。

 シュリィイーレには蜜蜂が少ないので、自然受粉でなく人工的に受粉させ、繊月せんつき半ばくらいから収穫ができる。

 そしてまた『子株』を作る……というサイクルである。


「この硝子部屋の中は常に適正温度で、湿度管理もされていますが、水やりや土壌の管理も必要です」

「これなら……雪も心配ないんですね?」

「ええ、ちゃんと俺が魔法付与しますからね。この部屋の中にはあなた達三人だけしか入れないようにしますから、盗まれたり荒らされる心配もありませんよ」


「……苺は、一度だけ見たことがあります。赤くて、綺麗な果実だった。貴族の果実だと聞かされたんですが……」

「『昔は』ね。これからは『シュリィイーレの春の果実』になります。あなた達が協力してくれたら」

「俺も聞いたことがあるよ。でも……あんまり美味しくないって……」

「俺は魔法師だぞ? 俺の手にかかったらなんでも美味しくなるんだよ。そうだ、昨日おまえ達から買った茸、食べてみるかい?」


 俺は三人を食堂に連れて行って、ランチをご馳走した。

 あれ?

 レザムが緊張しているが……ああ、衛兵さん達が多いからか。


「大丈夫だよ。みんな優しい人達だから」

「前に門の外で仕留めた魔獣を運んでるの、見たことある。強いんだろう? 衛兵隊って」

「ああ! シュリィイーレの衛兵隊は、イスグロリエストで一番強い衛兵隊だからな」

「かっけー……」


 エゼルは、制服姿に憧れているみたいだ。

 レザムはあんまり興味ないのかと思ったが、チラチラ見ている。

 やっぱ男の子は好きなんだろうなぁ、衛兵さんが。

 心なしかいつもより、衛兵さん達がぴしっとしているみたいだなぁ。

 子供の憧れを壊さないように、かな?


 ランチのシシ肉は、子供達の大好物らしい。

 そして、付け合わせに舞茸の天ぷら。

「どうだ? 旨い茸だろう?」


 天ぷらをほおばってむぐむぐと食べながら、レザムもエゼルも美味しそうに微笑む。

「うん……! こんなに美味しいと思わなかった!」

「ああ、あの茸がこんな旨いなんて」


 ラディスさんも意外だと驚いているが、笑顔である。

 美味しいものは、やっぱり正義だ。

 幸せの条件のひとつだ。

 三人とも、もの凄く楽しそうで俺は自分のことのように嬉しかった。



 昼時間も終わる頃、父さんに頼んでいた修理品を受け取りに来ていたロンバルさんが食堂に顔を出した。

 うちに来た時はいつもお菓子を買って帰るのが、ロンバルさんのお決まりコースなのだ。


「おやおや、ラディス、怪我はよくなったのかい」

「ロンバルさん、久しぶり。怪我はすっかり治ったよ。タクトのおかげで」

「そうかい。よかったなぁ、レザム、エゼル」


 ロンバルさんは子供達と仲が良いみたいだね。


「ロンバルさん、この店によく来るの?」

「ああ、ここの菓子は旨いんだぞ、レザム」

「……苺、食べたことある?」

 レザムのやつ、俺のスイーツを信じてねぇな。


「あるとも! 甘くて凄く美味しかったよ。来年の春にまた食べられるぞ」

「そっか。旨かったのか……」

 レザムが、にこにこっと破顔する。

「今度ラディスさんの所でも、うちで使う苺を作ってもらおうと思っているんですよ」

 俺がそう言うと、ロンバルさんはぱっと笑顔になってラディスさんに向き直った。


「本当なのか、ラディス?」

「ええ、タクトが……いろいろ教えてくれるんで、やってみようかと思っています」

「そうか! そりゃあ、素晴らしい! おまえ達が作った苺を食べられるなら嬉しいよ」

 ラディスさんも不安はあるだろうけど、やってくれるなら全力でサポートしますよ、俺は!


「タクトくーん、パンおかわりー」

「はいはーい……ファイラスさん、パン四個目だけど、この後お菓子入るの?」

「入る。全然、問題ない」

「最近、制服の釦がきつそうだよ?」

「う……大丈夫だよ、まだ」

 子供達の夢を壊さないでよね、ファイラスさん。


 今日のスイーツは、昨日大量買いした栗を使ったモンブランである。

 甘いのとあんまり甘くないのと、二種類あるので選んでもらえるのだ。


「この菓子もタクトが作ったのか?」

「はい、如何ですか? ラディスさん」

「とっても旨いよ、それにすごく綺麗だ。そうか、苺も……こんな風に美味しくしてもらえるのか」


「父さん、俺も一緒に作る!」

「俺もっ!」

 レザムとエゼルに、やる気スイッチが入ったらしい。

 ラディスさんは、そんなふたりの頭を撫でながら新しい一歩を踏み出してくれる決意をしてくれた。


「そうだな、みんなで作ろう。タクト、宜しく頼むよ」

「はい、頑張りましょうね」

「絶対に、美味しいお菓子にしてよね、タクトさん!」


 任せておけ、お子様達。

 苺はスペック高いからね。

 最っ高に美味しいスイーツにしますとも!

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