第238話 期待

 苺作りを引き受けてくれたラディスさん一家の畑の整備と、硝子ハウス設置にやってきた。

 この二日間のうちに雑草は取り除かれているが、畑自体に栄養が行き届いていないので土壌作りからだ。

 魔法で土を作り、畑面積の七割ほどの広さで硝子ハウスを設置すると子供達から歓声が上がった。


「魔法師って凄いんだな……!」 

「なあ、タクト、俺も魔法使えるようになるかなっ?」

 相変わらずエゼルは、俺を呼び捨てなんだな。

「毎日ちょっとずつ練習すれば、使えるようになるよ。土系の魔法が使えると畑作りが楽になるぞ」


「タクトさん、俺、使える! 【土塊魔法】!」

 おお! レザム、君はなんと有望な魔法が使えるんだ!

「それ、いい魔法だな。土を自在に動かせる『土類操作』技能と組み合わせて使うと、耕すのが早くなったり、いい土が作れるようになるぞ」

「……『土類操作』は、まだないや……」


 満面の笑顔になったすぐ後にしょぼんとしてしまったレザムが、なんか幼く見えて可愛い。

 十四歳でまだまた伸び盛りなので、今その技能を持っていないからといって気にする事はない。


「魔法や技能は身体を動かしていろいろなことを試したり、毎日同じことを根気よく続けたりすると出やすくなるんだ。土の状態を毎日観察して、記録を取ってごらん」

「タクト、俺にも……出るかな?」

「ええ、勿論ですよ、ラディスさん。魔法も技能も、死ぬまで新たに獲得することができます。ただ……結構頑張らないと出にくいものもあるので、根気は要りますが」


 俺も結構土いじりしてるけど、土系魔法は出てこないよなぁ。

 やっぱ適性の問題なのかな。


「そうなのか。新しいことが、できるようになれるのか……俺も」

 ラディスさん、子供達に触発されたのかもの凄く前向きだ。

 やる気がアップしたみたいでよかった。

 実務だけじゃ足りない部分の知識なんかは、俺が知る限りのことでフォローしてあげよう。

 いい作物を作ってもらうためには、適切なOJTと福利厚生が必要だ。



 その後、ご自宅の方も『お家まるっと魔法付与』で快適化して、こちらの指定作物を作ってもらうので小作代と準備費をお渡しした。

 これには、ラディスさんがとても恐縮してしまったようだった。


「まだ何もしていないうちに、こんなにしてもらうのは……」

「これは期待値込みです。来年の春、期待以上であれば上乗せしますが、そうでなければ……」

「絶対、いい苺が作れるよ! 絶対!」


「ほほぅ? 楽しみにしてるぜ、エゼル。でも簡単に『絶対』なんて言葉を使うな。農業は自然との兼ね合いで、不確定要素が多い仕事だ。安易に言い切ると、取り返しのつかないことになる場合もあるからな」

「それって、タクトさんの経験則?」

「……そうだよ。いろいろ大変なんだからな。約束は確実に守れる範囲でしかするなよ」


 レザムは賢い子だなぁ。

 ほんと、約束は守ってこそのものだからね。


 軽く早めの昼食をとった後、硝子ハウスの中で定置植えの実践とお世話の手順説明。

「今年、植えてもらう苺は三種類です。この広さだと、まだ今年だけは硝子部屋の中も場所が余ると思うので、菠薐草も植えて大丈夫ですよ。冬になってからでも、中の温度は菠薐草にも適温ですから」

「いいのかい? それは、凄く助かるよ!」

「ただ、売るほどはできないかもしれないので、ご自宅で食べるくらいですかね」

「充分だよ」

「春と夏は、硝子部屋の外に作ってくださいね。中だと苺へ影響が出ると困るので」

「ああ、わかった。この中で菠薐草を作るのは、今年だけにしておく」


 ん?

 なんだか、ラディスさん達の胸の辺りがキラキラしている。

 俺の神眼は、何を視ているんだろう。

 やる気とか、精神的安定とか、そういうものかな?

【硬翡翠掩護】とのコラボだろうか。


 でもきっと、このキラキラは『良い状態』だ。

 この輝きが『希望』だったら素敵だな、と思った。

 春には必ず、美味しい苺ができあがるだろう。




 帰宅して、そのまま硝子ハウスで俺も子株の定置作業だ。

 ラディスさん一家に任せた三種を少しずつと今年の春に収穫した一種はうちの硝子ハウスで栽培する。

 こちらは品種改良用だ。

 勿論原種も取っておくのだが、いろいろなパターンの交配をして次のシーズンに甘さがアップしたものができればと思っている。


 追肥の準備もして、明日ラディスさんに届けに行こう。

 ついでに子供達にお菓子でも持って行ってやろうかな。

 さて、一段落したから食堂のランチタイム準備に入るかー。



 ランチタイム・スイーツタイムが終わった頃、セラフィラント行きの馬車がやってきた。

 ビィクティアムさんが同乗して行くからか、いつもより立派な馬車である。

 不銹鋼を積み込んで、牛乳を入れてもらう缶は今回、十缶ほどお願いする。

 冬場は運んでもらえないから、この便の後はおそらくあと一回くらいしか往復できないからね。


 ビィクティアムさんは、実家に戻るというのに相変わらずの制服姿だ。

 この人、本当に私服持ってないんだなぁ。


「タクト、魚の箱は入れたか?」

「はい、水槽はみっつ、魚用の番重は六段……ですけど、本当に六段もいいんですか?」

「勿論だ。ロカエは今年、豊漁だからな」


「そうなんですね。カルラスは最近あまり、いい魚が揚がっていないって聞きましたけど」

「よく知ってるな」

「知り合いの食堂の方に聞いたんですよ。カルラスから仕入れてる魚の質が悪くなっていて、量も少ないって」

「ふむ……詳しくは知らんが、捕れる魚が変わってきたとは聞いたな。戻ったら少し調べてみるか」


 魚類交代か……でも急激な変化だとしたら、何か原因がありそうだけど。

 いい魚が沢山入ったら、またラウェルクさんに持って行ってあげよう。

 何が来るかは、お楽しみだけど秋刀魚とか鰯がいいなー。


 俺が魚の事で頭がいっぱいになっている時、ビィクティアムさんが録画機をとりだして尋ねてきた。

「タクト、録画用の記録石ってあるか?」

「ありますけど……」

「湿原が草原になったって場所を、記録しておこうと思ってな。長い時間はいられないし、細かい所をもう一度見直したい」


 そっか、三角錐のヒントがあるかもって言っていたよね。

 俺はビィクティアムさんに新しい記録石を渡し、当然転送できるように細工した。

 俺のせいで地形が変わってしまったのであれば、やはり昼間に確認したいのだが飛んでいくのを誰かに見られたくないからね。


「もし時間あったら、海とか港とかも記録してきてくださいよ。戻ってきたら見せて欲しいです」

「そうか、海が近い所に住んでいたんだもんな、おまえも」

「ええ、海と港と灯台が、俺の町の象徴でしたからね」

「……灯台、か。ロカエとセレステ、カルラスには行くつもりだったから、記録してきてやる」


 おお!

 観光ムービーっぽいの、期待してますよ!


 俺は絶対に今日の夕食を抜いてしまうであろうビィクティアムさんにお弁当を持たせ、セラフィラント行きの馬車を見送った。

 ビィクティアムさんには、もう少し生き物として『食べる』ということを大切にしてもらいたいものである。

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