第236話 初めての【治癒魔法】

 どうせこれ以上市場にいても売れない、とふたりは俺を家まで案内してくれた。

 俺を『兄ちゃん』と呼んでくるのが弟のエゼル、もうひとりの未だに全く笑わないのが兄、レザム。

 なんと十二歳と十四歳だった。

 背が高いから、もう少し上だと思ったのにな……

 こいつら、絶対に俺よりでかくなりそうだ。


 ふたりの家は、俺が輪作をお願いしているエイドリングスさんの家の近くであった。

 レザムが俺のことを父親に説明してくれて、家の中に入れてもらったけど……めっちゃ睨まれている。

「あんた……子供を騙して、なんか企んでるんじゃないだろうな?」

 おおぅ、ストレートに聞いてくる人だなぁ。


「騙してまでここに来るほど、俺は暇じゃないですよ。ちょっと怪我を見せてください」

「金なんかないぞ」

「要りません。金なら俺は、沢山持っていますから」

「金持ちだと思うよ。あの茸に、こんなに払うくらいだから」


 レザムが売上げを父親に見せると、めちゃくちゃビックリされた。

 あの舞茸にはその価値があると説明すると、納得はしていないもののおとなしく怪我を見せてくれる気にはなったみたいだ。

 怪我は……腰と左足。

 俺の目には、患部が毒々しい深緑に見えた。

 これ『神眼』の視界だな。


 裂傷と、骨折もあったみたいだ。

 ろくな治療をしていないのだろう。

 骨は正しくくっついていないし、傷口は黒ずんでいる。

 浄化作用のある水のおかげで、なんとか毒やばい菌に冒されていないのだろうが、このままでは歩くこともできなくなるだろう。


 その傷に手を当てて【治癒魔法】をかけていく。

 ゆっくりと、身体中を巡るように。

 身体の奥から治していくイメージで、魔法を展開していく。

 初めてだな【文字魔法】以外で治療するのは。


「傷が、なくなってく」

「動く……足が、動く!」


 ふぅ、と一息ついて、神眼で視るとあの深緑色はなくなり、仄かに明るい緑色に父親の全身が包まれていた。

「すげぇ……兄ちゃん、すげぇ!」

「なんとか治ってよかったです」

「あ、ありがとうっ! こんな、こんな奇蹟みたいなことが起きるなんて……! 本当に、ありがとう!」


 おや、レザムが俺を睨んでいるのは、なんでかな?

「あんた……聖魔法の魔法師なのか?」

「ああ、専門は【文字魔法】だけどな」

「なんで! なんで、もっと早く来てくれなかったんだよ! 教会に行ったのに!」


 え?

「いつ?」

「父ちゃんが怪我してすぐだよ! 剣月けんつきの三日! 去年の母ちゃんの時だって!」

「俺が聖魔法を教会に登録したのは先々月、望月ぼうつきの二十六日だ。それに、怪我だと医者に行くように言われただろ?」

「そ、そうだけど……金なんか、ないし……」

「レザム、この人は俺が怪我した時も、母さんの時もまだ聖魔法師じゃなかったんだ。怒ることじゃない」


 俺はレザムに正面から向き合って、視線を合わせる。

 同じ目線でちゃんと話せば、こいつはきっと解るタイプの奴だ。


「医者は、金がないと診てくれない訳じゃないぞ。まずは治療してもらって、後から少しずつ払うことだってできるんだ」

「そう……なんですか?」

 お、敬語になった。

「そうだよ。もしできないなんて言う医者がいたら、医師組合に訴えればいい。そういう制度が、ちゃんとあるんだから」


 知らないから、尻込みして行かなかったのか……

 うーん、以前ミトカもいろいろ知らなくて、あの馬鹿医者にいいように騙されていたっけなぁ……

 医師組合は、もう少し広報活動に重きをおくべきだな。


「あの……すみません、でした。俺……」

「いいよ。家族のことだもんな、ムキになって当然だよ」

「……ありがとう」

 うん、お詫びとお礼が言えれば、大丈夫。

 良い子、良い子。

 自然と子供扱いしてレザムの頭を撫でてしまったが、さほど嫌な顔はされなかった。


 父親にちゃんと栄養付けて体力を回復してくださいね、と玄関を出ようとしたところで大切なお願いをしておかねばと振り返った。

「俺が怪我を治しちゃうのは、お医者さん達から文句言われちゃうかもしれないんで、他の人には話さないでいてくださいね」


「はい、本当に、ありがとうございました」

「兄ちゃん、ありがとねっ! また、来る?」

「西の市場には行くよ」

「……売り物がないから、俺達、毎日は行ってないんだ」


 ああ、そうか。

 今年は、何も作れなかったって言っていたなぁ。

 うーむ……折角元気になっても売り物がないんじゃまた森に入って、危険な場所での採取をしたりするのかなぁ。

 それは止めて欲しいなぁ。

 子供達は勿論、体力回復していないお父さんも、まだ森歩きは無理だと思うんだよな。


 少し項垂れて自嘲気味に、父親はエゼルの頭をくしゃっとしながら溢す。

「畑も妻を亡くしてから行き届かなくて、元々あんまり収穫量は多くないんですよ」

 ご夫婦ふたりでやっていたのか。

 子供達がまだ成人前じゃ、戦力にはならないよなぁ。

 この時期から栽培できるものって、なんかあったかな……

「よければ、畑を見せてもらっても?」


 案内された西門から出た耕作地区にある畑は、確かにあまり大きくはないしこの四ヶ月全く手入れされていなかったこともあり、雑草モリモリであった。

「酷いもんだな……なんとか綺麗にしてもすぐに冬で、春まで何も作れない……」

 悲しげな父親の呟きには、不安と絶望感が混じる。

 子供達も、しんみりした表情になってしまっている。


「おい! ラディス、もう怪我はいいのか?」

「エイドリングスさん!」

「なんだよ、タクト、こんな時期にこっちまで来るなんて」

「この子達と、西市場で知り合いましてね」


 ふたりの父親、ラディスさんは驚いたように振り向いた。

「あ、あんたが、タクト……さんか」

「エイドリングスさんとお知り合いとは思いませんでしたよ」

「隣同士だからのぅ、ラディスとは」


 隣……?

 あっ、畑が隣同士か!

 てか、農家の『隣』って距離あるな!

「なんにせよ、怪我が治ってよかったなぁ、ちびっ子共もこれで安心じゃろ」

「ちびっ子じゃないよっ!」

 エイドリングスさんはガタイがいいからねぇ……俺に対しても『ちびっ子』扱いだしねぇ。


「えーと、ラディスさん……は、いつもは何を作っていらっしゃるんですか?」

「菠薐草だよ。春と夏の二回、収穫できるからね」

「秋と冬は全く何も?」

「ああ、どうしても雪が……ね。だから畑にも家にも雪が全然積もらないエイドリングスさんに話を聞いたことがあったんだ。あんたのこと」


 なるほど、菠薐草ならひとりでもなんとかなるんだな。

 でも、それだけじゃ生活は厳しいだろう。

 なんせ、子供達は食べ盛りの育ち盛りだ。


 その菠薐草だって、秋植えはシュリィイーレでは向かない。

 一気に寒くなってしまうからか、枯れてしまうことが多いのだ。

 この時期に植えられて、雪を気にせず春頃に収穫できるものなんて……


「ラディスは、畑に対する愛情が足らん」

「そういう精神論じゃないよ、エイドリングスさん」

「いや、多分その通りなんだよ。俺は……本当は、果樹園をやりたかったんだ」


 果樹園をするには、もっと大きな土地がいる。

 この畑の、少なくとも五倍くらいないと収穫量と手間が見合わない。

 その上、魔法があっても植えてすぐに実が生る訳じゃない。

 一から始めるにはかなりの資金も必要になるから、手を出すには覚悟がいる。


「……もしかして、ラディスさんは『果実栽培』の技能がある、とか?」

「ああ、でも『草類育成』もあるんで畑を作ったんだ」

 なんと! 『果実栽培』に『草類育成』とは最高の組み合わせ!



「ラディスさん、是非とも作っていただきたいものがあるのですが!」

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