第235話 西市場
翌朝、ライリクスさんがめちゃくちゃ凹んでいた。
朝は物販スペースだけ開けているので、通り抜けるのかと思ったら自販機横の椅子に座ったままなかなか立ち上がらない。
どうやら昨夜酔いつぶれてビィクティアムさんの所に泊まったので、家に帰りづらいらしい。
その上、もの凄い二日酔いなのだとか。
「昨夜、一度起きた時にはなんともなかったんですけどね……今朝になったら頭痛と吐き気が……」
「水を二、三杯飲めば、治りますよ。はい」
俺は顔に縦線でも入っているんじゃないかってくらい、どんよりした表情のライリクスさんに水を渡した。
シュリィイーレの水は、毒素や身体に悪いものを排出してくれる特別な水ですからね。
すぐには無理だけど、一時間もすれば元通りです。
お、水もキラキラに見えるぞ。
うーん、この神眼はオフにできないのかな?
もう少ししたら、調整できるようになるのだろうか。
マリティエラさんに怒られるのが怖いのか、ぐずぐずしているライリクスさんを追い出し、俺は恒例のランニングに出発。
ついでに朝市に寄って、そろそろ出始める栗を大量購入するのだ。
気分を上げるには、好きなものを買うのが一番だ。
そして、俺には市場でこそ試したいことがある。
ふっふっふっ、この神眼の威力が遺憾なく発揮されるのは、間違いなく市場なのである!
栗は西の市場で売られ始めているので、今日は西回りルートである。
ちょっと遠回りではあるが、ベルデラックさんの工房前を通りレリータさんの店の前を横切って、マーレストさんの木工工房を過ぎると西市場だ。
果実と木の実が充実している、果樹園に一番近い市場である。
葉物野菜も東の大市場に引けを取らないが、ここで扱われているのはシュリィイーレ西の畑で作られているもののみだ。
市場に足を踏み入れると、あちこちの果実や野菜達がキラキラしている!
俺に『今、僕達美味しいよっ!』と語りかけてくれているようだ。
最高……!
早速、今日の俺の一番の目的、サテュースさんの出店に顔を出した。
サテュースさんは西の果樹園で栗や夏みかんに似た柑橘系の果物を作っている。
「おっ! 早いな、タクト! 今年の栗は大きくて旨いぞ!」
「おはよう、サテュースさん。勿論、栗を目当てに来たんだよ。選んでいい?」
「おう! ま、どれでも旨いけどな!」
栗がたっぷりと入れられた番重の中から、より輝いているものを選び取っていく。
おおっ、確かに今年は粒が大きいし、どれもこれもぴかぴかだなぁ。
デカ目のトートバッグいっぱいに二袋分、最高の栗を調達できた。
さーて、他の木の実も買わなくてはと、俺は市場内を絨毯爆撃のごとく物色していく。
今年はどの店も、とっても良いものを売っているなぁ。
そして各店で聞いた話によると去年の冬の初め、
そのせいか魔獣も現れず、シュリィイーレ側の森では獣に食い散らかされず、魔獣の毒にやられていないため、木の実や茸の収穫がかなり多いのだとか。
ただあの辺りはまだ崩れる危険もあるから、入る時はかなり装備を厳重にして行くと言っていた。
俺も一瞬、行って見ようかと思ったのだが、危険を冒すのはちょっとな……
では採ってきてくださった方々に敬意を込めて、値切らずにお買い上げ致しましょうか。
キラキラに吸い寄せられるように、あちこちの店で買い物をしてしまった……
だが、後悔はしていない。
全部絶対に美味しいと確信できるからな!
いかん、そろそろ戻らないと朝ご飯に遅れてしまう。
そう思って最奥の店を横目に見ながら向きを変えようとした時、ふと、今日一番の燦めきが俺の目に飛び込んできた。
あの店に置いてある籠の中だ……やたら光って見えるぞ。
これは確かめてみなくは、と俺はその外れの小さい出店へと足を向けた。
近付いて見ると、十五、六歳に見える男の子がふたりで店番をしている。
こんな端の方だと人もあまり来ないだろうし、売っているものも少ないみたいだ。
「えっと、その籠の中のものは売り物?」
隠すようにしているのなら購入品かもしれないと思って確認した。
「売り物だけど……見たら気味悪いって言うよ」
ちょっと仏頂面の小さい方の男の子が、ぷいっとそっぽを向きながら答える。
なるほど、客にそういわれて引っ込めたのか。
しかし、キラキラなのである。
間違いなく『旨いもの』に違いない。
「見せてもらってもいいかな?」
「ああ、いいけど……」
「見せても絶対に、気持ち悪いって言うなよ! もっと客が来なくなっちまう!」
背の高い方の……お兄ちゃんかな?
その子は俺を睨みながら、早口でそう言った。
随分、嫌な思いをしたのかもしれない。
「解った。言わないよ」
そう約束して、籠の蓋を開けてもらった。
ふおおおおっ! なんてでっかい……!
これは『舞茸』だ!
天然物の、こんなにデカイ舞茸なんて、最高級品じゃないか!
西の森か?
それにしたってこんな大物が生えているなら、今までそこには誰も近付いていないってことだ。
危ない場所ではないのだろうか。
「……驚いた?」
「ああ……これ、いくらで売ってるんだ?」
聞いた価格は、馬鹿みたいに安かった。
おいおい、そりゃああまりにも安すぎだろう、と思ったが、この茸の価値を知っている者はおそらくいないだろう。
シュリィイーレでは、舞茸は全く流通していない茸だ。
俺は、音声を周りに聞き取られないように【音響魔法】を使った。
「これ、そんなに安く売っちゃ駄目だ。採ってくるのだって大変だっただろう?」
「うん……西の森の奥のあまり行かないところで見つけたんだけど、結構……大変だった」
「道から外れるから足場が悪くて。でも、茸なら売れると思ったんだよ」
「その場所、絶対に人に教えちゃ駄目だぞ。この茸はかなり良いものだ。俺に買わせてくれ」
俺は他の人の目に触れないように、彼らの言った金額を大幅に上回る代金を渡した。
「こ……こんなに……?」
「いいのかよ? 返せって言われても、返さねぇぞ?」
「この茸にはそれくらいの価値がある。でも、知っているやつはシュリィイーレには殆どいないと思う」
舞茸がこの近辺で採れるなんて、聞いたことがない。
多分、知らないから見つけても誰も採ろうとしないのだろう。
茸は毒があって、危ないものが多いからね。
菌である茸類は一般的な『植物鑑定』では鑑定ができないから、手出しはしづらいよな。
「毎年は採れない茸だから、採れた時は南青通り・三番の食堂に持ってきてくれたら全部買い取るよ」
「本当か?」
「ああ、これ、俺の大好物なんだ。そうだ、今日の夕方か、明日の昼に来てくれたら食わせてやるよ」
「……わかった。ありがと、買ってくれて……」
「今日は、なんにも売れてなかったから……」
このふたりは兄弟で、いつもは父親と来ているらしい。
しかし、今年の春に父親が怪我をして殆ど畑仕事ができず、全く収穫がなかったそうだ。
母親は既に亡くしているから、子供達だけで森から木の実や茸などを採ってきて売っていたのだが、そろそろ蓄えも尽きて来ているのだとか。
うーむ……聞いてしまったからには……なんだかこのまま帰りづらい。
俺は父親と一緒に茸を採って来たとばかり思っていたのだが、この子達だけだとしたら西の森は危なすぎる。
ましてや足場の悪い山道なんて、いつ崩れてもおかしくない場所なのではないか?
そんな所にこの子らを行かせるのは……やっぱりまずい。
大人として、ここは子供の安全を考えるべきだ。
それには……
「お父さんの怪我、ちょっと診てもいいか? もしかしたら治せるかもしれない」
「えっ! 兄ちゃん、医者なのか?」
お、『兄ちゃん』ってなんか、新鮮。
「医者に払う金なんかないよ」
「俺は医者じゃないから、金は要らないよ」
聖魔法は
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