第234.5話 夜更けの人々
▶ビィクティアムとライリクス
「タクトは帰ったぞ。もう起きているんだろう? ライリクス」
「……あんな、へんてこな箱で運ばれるとは思ってもいませんでしたよ」
「凄いだろう? あれに荷物を載せると、重さが百分の一になるらしいぞ」
「タクトくんは相変わらず……どうしてそういう物を、簡単に作ってしまうんでしょうね。いてて……」
「運んだ時どこかにぶつけたか?」
「いえ、寝違えたんだと思います……それにしても、タクトくんは……怖いですね」
「ドミナティアのことか」
「ええ。あんな風に思っていながらも、全く感じさせずに喋れるんですよ? 僕には……信じられないです」
「多かれ少なかれ、みんなやっていることだ。タクトはそれを言葉で説明しただけ」
「……そうですね。それは、理解していますがタクトくんの正論より、兄の愚かさの方が……受け入れやすく感じてしまいます」
「『正論』なんて誰だって鬱陶しいものだ。愚かさを受け入れやすいと感じるのは……自分と同じように弱いのだと安心するからだ」
「本当ですね、その『正論』めいた言葉も実に鬱陶しい」
「ははは、そうだろう? 俺もタクトがあそこまで辛辣だとは思わなかったが、もしドミナティアがきちんと約束を果たそうとしていたのなら、結果的に叶わなかったとしてもタクトは信用し続けていたはずだ」
「約束を果たすことではなく、約束を守ろうとして欲しかった……ということなんですね」
「以前、上皇后殿下が仰有っていた『タクトは約束に対して真摯であることを求める』と。だから、そういうことだと思うぞ?」
「兄は……真摯ではなかったと言うことですか……」
「『使命』に対してもな。まさか神との盟約である使命まで、疎んじているとは思わなかった。最も神々を近くに感じるものだろうに」
「ドミナティアでは『使命は初代からの厳命』であると教えられました。そうですか……セラフィエムスでは『神との盟約』なんですね」
「そう、なのか? 使命に対しての意識が違うとは、考えてもいなかった……」
「もし、セラフィエムスのように言われていたのなら、兄は是が非でも自分で全て訳したでしょうね」
「そうなっていたら『正しい言葉』は見つけられなかった。結果的にドミナティアは神の意に沿うたということだ」
「タクトくんでなければ、正典は書き上げられなかった……ということで神々は許してくださったんですかね?」
「かもしれんな」
「あの市場で、兄が探していたのは上皇陛下……ですよね、多分」
「だろうな。自分の引退と息子の相続を、後押ししてもらいたかったのかもしれないな」
「無理だったでしょうね。まだ結婚もしていない者に、家門は継げません」
「その他にもいろいろあるからな……誰が口添えしたところで、無駄だっただろう」
「先ほど、どうしてセラフィラントの伝承をタクトくんに話したんですか?」
「あいつはカンがいいから気付かれて、話した」
「……それだけじゃないでしょう? あなたがセラフィエムスの『使命』をちらつかせたのは初めてですよ?」
「おまえだってタクトが訳した神典第三、いや、正しくは第四巻か。読んだだろう?新しく追加されている部分も」
「……! まさか『星の導き』、ですか」
「そうだ。『目覚めし星の導きによりて神命の扉開かれん』……タクトの魔眼は『星』だ」
「賢神一位と同じ色の瞳だからですか?」
「ああ、神の瞳は夜に星となって地上を見つめる。あの色の瞳の魔眼を、他の誰かが顕現させたのであれば何とも思わん。だが、タクトならば話は別だ」
「彼は……この国の誰より神々に近しい国の生まれだから、ですか」
「タクトの魔眼のことを、ドミナティアに話しただろう?」
「はい、先日教会で会いましたから……あ……!」
「そうだ、だから、あいつはタクトを王都に連れて行こうとした。タクトの魔眼が『神命の扉を開く』と考えたからだ」
「だったらなんであなたは今になって……もしや、兄に試させたんですか? タクトくんが動くかどうか」
「動かないとは思ったけどな。タクトはシュリィイーレを離れることを極端に嫌がっているから」
「ずるいですね」
「神に恥じぬことならなんでもする。『使命』とはそういうものだ」
「タクトくんに、嫌われたくなかっただけでしょうに」
「当たり前だろ? タクトほど正直なやつなんて、なかなかいない。だから、嫌がることはさせたくない」
「それで、話を聞かせて興味を持たせただけ……ということですか」
「ああ。今はこれで充分だ。早く終わらせようなんて考えてないからな」
「ドミナティアに対する嫌味ですか? 仕事中毒のあなたが、どうして態々時間をかけて里帰りするのかというところから計画的、というわけですね。地図だって態と見せたんでしょう?」
「……おまえ、タクトみたいにずけずけと……」
「今度のことで思い知ったんですよ。もっと前から兄と腹を割って話をしていれば、もう少し違っていたのではないか、と。だから、家族にはもう遠慮しないことにしました。今は仕事中でもありませんからね」
「……どうかしたんですか? あ、照れていらっしゃる?」
「うるさい……!」
▶ガイハックとミアレッラ
「まだ飲んでいたの? 上でも下でもヤケ酒なんて……身体に悪い飲み方して……」
「聞いていたか?」
「半分くらいね。約束のことは……つらかったねぇ……」
「俺ぁ、セインドルクスのどこを見ていたんだろうな……貴族なら家門と名に、誇りを持っていて当たり前だって信じていた」
「タクトは、ちょっと人と違う見方をする子だからねぇ」
「タクトは、あんなに怖がっていたのに……解ってやれていなかった」
「この間、ちょっと泣いていたね。あたしも……吃驚した」
「人任せにして、自分の子供を他人に護ってくれなんて、頼むべきじゃなかったんだ」
「あんた、勘違いしちゃいけないよ。タクトは強い子よ? ちゃんと元気で帰ってきたじゃない。『護ってやる』なんて必要ないの」
「でもよ、あいつ……」
「うん、泣いていたのは……多分、違うことだと思うのよ」
「他に何があるんだよ、あいつが泣くほどのことなんて」
「全部なくしちゃった時のことを、思いだしたんじゃないかって。ひとりっきりになっちゃった時のこと。王都で怖かったのはきっと、あたし達が側にいなくて不安だったんじゃないかって思ったのよ」
「寂しかった……ってことか?」
「あの子『全部崩れて、ひとりだけ残された』……みたいなこと言ってた。あの伝説の国があの子の故郷なら『その時』の光景を見ちゃったんじゃないかと思うの……だから『ひとり』ってことを、もの凄く怖がっているのだと……感じたのよ」
「見ちまっていたのかもしれねぇな。何もかもが壊れて、なくなっていく光景……」
「だからね、あたし達が護ってやらないといけないのはあの子の心で、これ以上あの子を不安にさせたりしないことだと思う。なかなか恐怖は消えないかもしれないけど、あたし達は絶対に何があっても味方だって、側にいるってタクトが心の底から安心してもらえるようにさ、していこうよ。ね?」
「そうか……そう、なのかもな……何があっても、俺達がついてるって、大丈夫かなぁ……タクトは、信じてくれっかなぁ?」
「何言ってんの! あんたのためにあんなに怒ってくれるんだよ、あの子は! あんたのことが大好きなんだから!」
「おまえの方が……ずっとタクトのこと解ってんだなぁ……」
「……違うよ。解って、なんていない。信じているだけだよ。タクトのことも、あんたのことも」
「……やっぱ、おまえは最高だぜ、ミアレッラ」
▶マリティエラ
「……もうっ! なんで帰ってこないのよ!」
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