第234話 伝承
もう一度深く座り直し、チーズを一欠け口に入れてからゆっくりと話し出す。
「見ましたよ。上着を掛ける時に落ちたんで。街道の地図にいくつか印が付いてるなー程度ですけど」
「結構しっかり見てるじゃないか」
「今度、馬車でセラフィラントに向かうことと関係があるんですか?」
「……おまえ、本当に勘がいいな」
「小心者は情報を精査し、関連づけて警戒することに慣れているのです」
やっぱりなんかあるんだな。
調査かな……?
でも、場所的にロンデェエスト領だから、ビィクティアムさんが調べることなんて……
俺の疑問に答えるように、ビィクティアムさんは俺の顔を見ながら話し出す。
「湿原が、一夜にして草原に変わったらしい」
「へ?」
湿原……って、あの湿原かな?
「ロンデェエスト領とエルディエラ領の境にある湿原の近くで、六日の夜、上空に怪しいものを見たという者がいた。だがイスグロリエスト内陸まで来る、空を飛ぶ魔獣なんてものはいない」
この近辺にいないだけで、存在はしているのか。
プテラノドンみたいなやつかなぁ。
この世界の空は、俺だけのものじゃなかったのかー。
ちぇっ。
「西から東に向かって飛んでいく姿を見たと言っていた。そしてその翌々日の夜に、今度は王都方面から同じものが飛んできて湿原に降り立ち、その中へと消えていったそうだ」
あれ?
なんか、嫌な予感が……
湿原に入っていった影って、もしや……
「どうした? 酔ったか?」
「いえ……なんか、怖そうな話なのかなって思って」
「襲いかかってきた暗殺者共を平気な顔で縛り上げてたおまえが、今更何を怖がってるんだか」
「暗殺者みたいに、目的が判っているやつなんか怖くないですよ! なんだか判らないものとか、どう対処していいのか困るものっていうのが嫌いなんです!」
「……なるほど。一理ある……のか? 結局その影の正体は判らなかったんだが、その日の朝、いきなり湿原が草原に変わってしまっていたと言う」
それ、俺のせいだ。
絶対にその影って、俺のことだと思いますっ!
俺が入り込んだことで溜まっていた魔効素が湿原に吹き出して、草原化しちゃったのかもしれない……
もしくはその穴から水分が全部洞窟内に入っちゃって、乾いちゃったとか。
そーいえば最後、水に押し出される感じで放り出されたような気もする。
「あの湿原は『呪われている』と言われていた。それが消えたとあって各方面で騒ぎになっているようだから、見ておきたくてな」
「『呪われた湿原』?」
「遙か昔に黒ずくめの魔法師が『何か』を隠したことで大地が穢れ、何も実らぬ湿原が生まれた……という伝承がある」
そんなおっかない話、知ってたら行かなかったのにー。
「それが……あの地図の印が付いた場所なんですか?」
「目撃者の家と湿原の位置だ」
地図を取り出して開き、俺の方に見せてくれる。
湿原の周りにはどうやら何軒かの家があったようだ。
暗くて見えなかったな……
その家の方が目撃者なんだろうな……もう、暗くなったらみんな寝ましょうよ!
夜更かしは駄目だよ!
「あの辺りにはもうひとつ伝承があったんだ。遙か古代に『天を突き刺す塔』が建っていた、と言う話が」
それって、あの三角錐のことだろうか。
天を突き刺している……と言えなくもない。
地下だったけど。
でも、場所はもっと離れていたからなぁ。
もうひとつ別の塔なのかな?
「湿原の時は入ることができなかったが、草原になったのであればその塔があの近くにあったという痕跡が発見できるかもしれん」
「なんで、そんなものを他領まで探しに行くんです?」
「その『天を突き刺す塔』が、同じ物ではないかと思ってな……セラフィラントにある塔と」
セラフィラントにも、あの三角錐があるのかよっ?
もしかして、あっちこっちにあるのか?
「リバレーラに最も近い海岸にあるのだが、入口も何もない。だが、カルラス港に入るためのいい目印になっている塔だ」
「その塔にも、伝承があるんですか?」
「……怖いんじゃなかったのか?」
「視認されている物であれば、ある程度の予測ができるので大丈夫です」
ビィクティアムさんの話によると、セラフィエムス初代当主がその中に入り神の言葉を手に入れ宝玉を持ちかえった、とされているらしい。
神の言葉……は、聖典のことだろうか。
宝玉は、石板裏の九芒方陣に埋め込まれていた石かもしれない。
だとしたら、もうその三角錐には入れないだろう。
宝玉を得て初代セラフィラント公は【神斎術】を手に入れたのだろうから。
「その宝玉が、これだという話なんだ」
えええっ? なんで残ってるの?
ひょっとしたら魔力のお支払いなしに、物理で刳り抜いて来ちゃったとか?
見せてくれた青い石の入った金の腕輪には、加護が掛かっているようだ。
この石はラピスラズリみたいだな。
あの石板にあった石と同じくらいのサイズに見える。
「青く光が見えるんですね……」
「やっぱりおまえの目には視えるのか」
「え? 誰でも見えているんじゃないんですか?」
「加護の強さによる。俺にはこの程度では視えない」
墓穴。
でも魔眼になったから視えるんですーって言い張れるな、これからは。
「ビィクティアムさんは、その塔に入りたいんですか?」
「その塔には【神を呼び覚ます魔法】が眠っていると言われている」
あ、セラフィエムスの『使命』か。
確かあの審問会でドードエラスが言っていたっけ……『時の彼方に在る神を呼び覚ます』。
でも三角錐の中にあるのは、多分神典か神話の石板だ。
『神』は石板の比喩か?
それとも【神斎術】のことか?
「……そんな魔法が眠ってるなら、ちょっと見てみたいですね」
「塔を、か? おまえが来たいというならセラフィラントはいつでも歓迎するぞ」
「観光になら行ってみたいです。魚も港で食べれば新鮮で美味しいでしょうし、貝とか、海藻とかも採っている所を見たいですね」
「その時は案内してやる。旨い魚介も酒もセラフィラントの自慢だからな」
なんにも警戒なんかせずに楽しめる『旅行』なら、いつか行きたい。
その時は一番に、セラフィラントの港に行ってみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます