第233話 ヤケ酒
そう、それだけは許せない。
「父さんはあなたを信頼していた。だから、俺はその約束を踏みにじったセインさんを許せないんです」
「タクト……」
「兄は……嘘をつくつもりはなかったんだと思います。ただ……あなたに期待していただけるほど、強くは……なかった。申し訳ございません」
「おまえが詫びることじゃねぇ、ライリクス」
多分、父さんと約束した時は、セインさんは本気で俺を護るつもりだったのだろう。
でも俺を護ってくれていたのは、ビィクティアムさんやライリクスさん達衛兵隊の人達だ。
セインさんは俺を警護する人達が既にいるから、自分は手を引いてもいいと思った。
俺は『護られている』のだから、自分が何もしなくても大丈夫だと勝手に納得した。
この時、父さんと交わした言葉は『約束』から『雑事』になったわけだ。
何も言わないセインさんに向き合ったビィクティアムさんから、きつい口調ではっきりと拒絶が伝えられる。
「ドミナティア神司祭、シュリィイーレの民を本人が拒否する王都に行かせることはできない。王都との方陣門も閉じる。必要があれば、正規の手続きで再び許可を取られよ」
ビィクティアムさん、ありがとうございます。
お断りくださって助かります。
でも、ビィクティアムさんが王都に行く時、面倒になっちゃうよね……すんません。
「長官……」
「ライリクス……すまん、俺はやはり、ドミナティアを認めることはできん」
「はい。お気になさらず。僕も……今は無理ですね」
ふたり共、俺の無礼な言い分を聞き入れてくれた。
本当はこんな風に傷つけたくなかったなんて言ったところで、言い訳にしかならないけど、ライリクスさんとビィクティアムさんにも聞いて欲しかったんだ。
そろそろ、俺自身も吐き出したくなっていたのかもしれない。
弱いなぁ……俺も。
セインさんはきっと俺を王都に連れて行って、聖典探しを手伝わせる気だったのだろう。
もしくは俺に探させて、自分は徐々に手を引くつもりだったのかもしれない。
だから、もう二度とそんな気が起こらないように、俺は優しさとか同情なんて持てないと伝える。
「セインさん、今度こそ『使命』を果たしてくださいね。聖典を見つけて持って来てくだされば、訳文は俺が書きますから」
まぁ、一冊は簡単に見つかるから、モチベーションも上がるだろ。
ビィクティアムさんはセインさんに視線を向けず、ライリクスさんもまた後ろを向いてしまっている。
唯一、セインさんを睨み付けていた父さんが口を開いた。
「……セインドルクス、俺は二度とおまえの顔は見たくない」
それだけ言うと父さんは、セインさんの返事も待たず二階に上がっていった。
父さんはセインさんが、家門も使命も大切にしていると信じていた。
それを完全否定してしまったのは、言い過ぎたかもしれない。
でも、我慢できなかった。
あんな、何ひとつ約束を守ることのできない人に、父さんの言葉を軽く扱われるのが許せなかった。
「あ、そうだ、セインさん」
俺は外へ出ようとするセインさんを引き留めた。
「差し支えなかったら教えて欲しいんですけど、どうしてあの日、腕輪を壊したあの日、東の市場にいたんですか?」
買い物とは思えない。
かといって、セインさんのような人が、市場の商人達に他の用事があるとも思えない。
「……あの市場には……お忍びで、とある方がいらしていることがある、と聞いて、探していた」
「お忍び……ですか」
引退した大貴族の当主とか……かな?
「だが、会う前に加護の腕輪が壊れた……神々に会うな、と戒められていると思ったのだよ」
「そう、ですか。ありがとうございます」
あの時、腕輪が壊れていなかったら誰に会うつもりだったんだろう。
ま、俺にはもう関係ないことか。
その後、セインさんは何も言わず、とぼとぼと教会に戻って行った。
ライリクスさんが付き添うかと思っていたのだが、見送っただけでまた食堂に戻ってきた。
えっ? いきなり酒瓶を掴んでラッパ飲みしたぞっ?
「ライリクスさん……そんな飲み方して、大丈夫っ?」
「……付き合いなさい、タクトくん。ヤケ酒を飲みたい気分なんて生まれて初めてです。君のせいですからね!」
えええー、それは冤罪ですぅ……とも、言い切れないか。
解りました。お付き合い致しますよ。
「よし、飲むか。タクト、もう一本あるか? なければ、俺の家から取ってきてくれ」
「……とっておきの酒を出しますよ」
ビィクティアムさんもライリクスさんも、きっと俺に気を遣ってくれているのだ。
俺がこれ以上、必要以上に怒りに囚われないように、そして言い放った言葉を後悔しないように。
お心遣いは嬉しいし、俺もちょっとはヤケ酒したい気分ではあるが……流石にライリクスさんが、一番気の毒な気がする。
こういう時は強めの酒をぱーっと飲んで、さっさと寝ちゃうに限る。
俺は厨房でこっそり、日本酒を出した。
テキーラとか出したいところだが、残念ながら俺は買ったことがない。
瓶だけは詰め替えて、大きめのグラスを用意する。
さぁ、ぐいっと行こうか!
「秘蔵の酒です。父さんには内緒ですよ?」
「ガイハックさんのか。今度、セラフィラントの酒も持ってきてやる」
俺的に、この日本酒には、味醂干しなのだが……出しちゃうか。
軽く炙ってちぎる。
うん、これでいいや。
後はチーズくらいかな。
「……なんれすか、これ、甘くて美味ひい」
ライリクスさん、本当に弱いんだな。
一杯でろれつが回ってないし、めっちゃ赤いし、若干涙目……なのは仕方ないか。
「うん、甘いが、苦みもあって旨い……魚か?」
「干した鰯を、味醂という調味料で味付けして胡麻をふったものです。ちょっとだけ焼いて食べると、美味しいんですよ」
ビィクティアムさんは、全く素面に見えるなぁ……
おかしい。
さっき父さんと一緒に、三本は葡萄酒の大瓶をあけていたはずなのに。
日本酒もお気に召したのか、もうコップ酒三杯目だが……けろっとしている。
「うん、この酒も初めての味だ……旨いが、結構酒精が強いな」
シュリィイーレで飲まれてる酒のアルコール度数が十二度くらいだから、二十度でも強い方だろう。
この人が言うと、全然強くなさそうだけど。
「米の酒です。醸造酒では、かなり酒精が高い方ですね」
「米で酒が造れるのか……おまえが造ってるのか?」
「まさか。酒造りはかなり難しいですし、ここじゃ他に発酵食品が多くて無理ですよ」
「そうなのか。造ったら教えろ」
……いいのかよ、酒を個人で造っても。
「酒造りは、自分達で飲むだけならいいんだよ。売ったら駄目だけどな」
店では出せないけど、晩酌用ならいいという訳だ。
今度試してみたいけど、場所がないな。
「おい、ライリクス、大丈夫か?」
「へーきれすよ、ぜんっぜん」
どう見ても、平気じゃないなぁ。
テーブルに突っ伏しているが、口元はもぐもぐ動いている。
味醂干しが随分、気に入ったみたいだ。
「……おい」
「寝ちゃいましたか?」
「あーあ……タクト、不銹鋼を運んでる入れ物を貸してくれ。俺の家に運ぶ。流石に、マリティエラに任せる訳にいかんだろ」
「そうですね。今持ってきますね」
あ、板台車もいるかな?
そう思って振り返った時、ビィクティアムさんが寝ているライリクスさんの頭をポンポンとたたいて呟いているのが聞こえた。
「……馬鹿な兄貴には苦労するよな、お互い……」
軽量化番重に眠ってしまったライリクスさんを乗せて運んだが……正直、人間がこんな風に運べるっていうのはなんだか……シュール。
まぁ、百キログラムの鉱物を簡単に持ち上げられるんだから、成人男性だとしても全然大丈夫なんだけど。
「……なんだか……人を運んでいるって気がしなくなるな」
ビィクティアムさんも、不思議なものを見る表情だ。
裏口から入り、広間のソファに寝かせた。
客間だと絶対に起きた時にビックリしすぎるだろうから……っていうのと、多分『客』じゃないからだ。
もう、ビィクティアムさんにとって、ライリクスさんは家族の一員なのだろう。
今度……二部屋くらい『客間』じゃなくて、家族用の部屋に改造してあげようかな。
酒が残っているからもう少し付き合え、と言われてしまったのでちょっとだけ、ビィクティアムさんの家の広間で飲み直すことにした。
実は俺も父さんと顔を合わせるのが、なんとなく気まずかったので……丁度いい。
「おまえ、初めからドミナティアを、信用していなかったってことなのか?」
「約束事に関して信用してはいなかった……ってだけで、全面的に人格そのものを信じていなかった訳ではありません」
「……そうか」
「本当は、言わないつもりでいたんですよ。俺に対してだけのことだったのなら。それに……あの時、セインさんが一言でも父さんに詫びてくれていたら、『使命』のことまでとやかく言わなかったんですけど」
あの場にはライリクスさんもいたし、絶対に父さんも嫌な思いするって判っていたし。
多分、俺の言った言葉は、あの場にいた全ての人を傷つけたのだろう。
だけど全部、言ってしまいたかった。
俺が何に対して怒っているかも含めて、全部。
笑顔で許し、水に流すなんて俺にはできなかった。
「父さんとセインさんは……知り合いなんですか?」
「昔なじみ……なんだと思うが、俺はよく知らない」
「そっか。友人だったのかもしれませんね……だとしたら、もっと言ってやればよかったな」
「タクトは……かなり厳しいな」
「この程度で厳しいなんて、ビィクティアムさんは優しいですね。俺のことをどうでもいいと思っている人に、気を遣うのが馬鹿らしくなっただけですよ」
「どうでも……ではないと思うが?」
「どうでも、ですよ。そうじゃなきゃ、あんなことがあった王都に来いなんて言えないでしょう? あの人は常に自分の欲望に正直で、人のことなんてろくに考えていないって証拠です。まぁ、基本的には悪人ではないと思っていますけどね。無自覚に『自分のしていることは正しい』と、押しつけてくるなら全力で拒否します。俺は我が侭ですから」
「……我が侭……か」
そう言うと、ビィクティアムさんは暫く黙ってしまった。
それなら、そろそろ帰ろうかなーと腰を上げた時。
「上着に入っていた地図は、見たか?」
「……は?」
「内側の衣囊に入れていたはずなんだが、起きた時に外側に入っていたからな」
なるほど。
ばれてましたか。
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