第232話 理由
まず、当主であるセインさんがどうして、こうも頻繁にシュリィイーレに来ていて問題にならないのか。
おそらく『当主代行』をさせても内外的に全く問題ない人ができた。
兄弟の誰か……とか。
「そういえば少し前に『ドミナティア次期当主が第一子に決定した』……と父から聞いたな……」
え? お子さん? 俺くらいの年なのでは?
「いえ、僕から見ると甥……にあたるのですが、僕より年上ですから……」
おおぅ、なかなか複雑なご家庭事情ですね、ドミナティア。
その当主代行を得て、領地経営に全く興味のないセインさんは半分だけ望みが叶った。
領地のことを心配したり、考えたりしているのなら王都とシュリィイーレの往復だけしているなんて、あり得ないですからね。
セラフィラント公は自領にいて、たまに王都に行くくらいとビィクティアムさんが言っていましたし。
大河に遮られているとは言え、マントリエル領もヘストレスティア共和国との国境に接しているし、大河の氾濫で毎年大変な土地だ。
こんなにも当主がのほほんと外回りをしているなんて、関心がないとしか思えない。
……何も仰有らないってことは、肯定でいいと判断します。
ではなぜ、シュリィイーレに来たのか。
ひとつ目の理由は、ライリクスさんがいたからですよね?
「え? 僕がですか?」
セインさんは『大切な人のために家門を飛び出した弟』が……羨ましくて嫉ましかった。
自分が捨てられない、逃れられないものを、あっさりと捨てて行ってしまったライリクスさんに会いたかったのは、唯一自分を理解してくれる存在だと思っていたから。
セインさんは大切な『神々と信仰』だけを想って暮らしたかったから、同じように家や使命より大切なものを持っているライリクスさんには、自分を判ってもらえると思っていた。
だから、嫌われたくなかった。
今まで嫉ましくて邪魔していた結婚を承認してやれば、弟は自分を判ってくれると信じた。
だが、きっかけがなかった。
そこに、神に対して全く自分とは違う解釈を、堂々と暴論を言い放つ俺の話を聞いて、これは使える、と思った。
成人の儀で俺が『家名など必要ない』って言ったのも、あなたの興味を引いた。
そんな俺の暴言に感化されたような振りをして……あー、もしかしたら、ちょっとは本気で、そういう考え方もあるのだから、とライリクスさん達の結婚を認めた。
でも、ここで困ったことが起きた。
ライリクスさんに『家門を除名する』と言ってしまったこと。
「ええ……それは当主として、当然だと……でも陛下が保証人になるから除名できなくなったと……」
「待て、ライリクス、俺は陛下から『セインドルクスに保証人になって欲しいと頼まれた』と聞いたぞ」
「は……?」
俺もビィクティアムさんと同じようなことを、晩餐会の時に陛下から聞きました。
だから、セインさんのライリクスさんへの気持ちに確信が持てた。
ああ、もしかしたらセインさんは家門から除名すると言った時に、ライリクスさんがそれだけは止めて欲しいとでも言ってくれるのではないか、と期待していたのかもしれませんね。
しかし、ライリクスさんは迷うことなく、マリティエラさんを選んだ。
だから余計に、ライリクスさんこそが自分の唯一無二の理解者だと確信した。
だとすれば、尚更手放すわけにはいかない。
もしこのままライリクスさんを除名してしまえば、ただの臣民にしてしまえば、自分との縁もなくなる。
ましてや相手は、セラフィエムス家次期当主の妹。
ライリクスさんが自分ではなく、次代セラフィラント公のビィクティアムさんを兄と呼ぶようになる。
当時、まだ『仲が悪くなくてはいけない』両家でしたから、付き合いなど一切できない。
セインさんは『自分の唯一の理解者』を永遠に失ってしまう。
なので急遽、セインさんは陛下に嘆願し保証人となってもらうことで、ライリクスさんを引き留めた。
セインさんは計画的というよりは、かなり感情にまかせて行動しているんですよね。
そして、セインさんはライリクスさんへの、今までの態度などに対する罪悪感からも解放された。
家門に縛り付けておきながら、当時はまだ神典の言葉で非難されていることを知っていながら、セインさんは自分の感情を優先させてライリクスさんを完全に自由にはしなかったんです。
ここまでも、お認めになるってことで宜しいですか?
では、ライリクスさんのことが解決しても、セインさんがシュリィイーレと王都を行ったり来たりしていたもうひとつの理由。
それは『使命を果たす振りをしていた』ということですよね。
ドミナティアの使命は『原典の発見と復活』。見つけ出して、広めること。
でももう何千年も見つかっていないのだから、自分の代で見つからなくても構わない……と思っていた。
だから、全く積極的に捜索などしていなかった。
そんな時間があれば、神々のことを考え、自分の信仰に没頭していたかった。
なのに、俺が、見つけてしまった。
俺が『至れるものの神典』を見つけたことを知ったのがセインさんだけだったら、もしかしたらそのままなかったことにされたかもしれない。
でも、ライリクスさんが一緒だった。
唯一、絶対に嫌われたくない弟が一緒だったから、セインさんは『使命』を終わらせる道を選んだ。
「使命を果たしたいのは当然です! 絶対に握りつぶすことなど、あり得ません」
ライリクスさんはそう信じたいんだと思うけど、残念ながら俺はセインさんをそこまで信じていなかったからね。
それに『使命』を果たしたかったというなら、どうして『発見者』が俺なのかな?
どうして、翻訳の全てを俺に丸投げして、一切関わらなかったのかな?
セインさんは『早く終わらせたかった』んだ。
自分が発見者でなくても、翻訳者でなくてもいい。
つまり『使命を果たす』なんてこと、どうでもいい。
とにかく全部、一刻も早く終わらせてしまいたかった。
自分が発見者だと言ってしまえば、教会内部で現代語訳が始まるだろう。
たいして古代文字を読めない者達が一斉に取りかかったとて、何年かかるか判らない。
十年も二十年も、下手したら百年かかることだってあり得る。
俺という全てを読める者がいるのに、そんな馬鹿げたことはしたくない。
だからセインさんは『原典の発見者』として、『古代文字が完璧に読める唯一人の魔法師』として、あの映像で陛下や貴族達に俺を『紹介』したんだよ。
そのせいで、セインさんが『ドミナティアの使命を何も果たしていない』ことになったとしても、神典が全て訳されてしまったらそもそも『使命』自体がなくなるから問題ないと思った。
「そうだ。もしドミナティアが発見者か翻訳者として名を連ねているのであれば、叙勲の時に『ドミナティアに協力した』という文言が入ったはずだ」
「使命よりも……ご自身の欲求を選ばれたのですか……? 兄上……」
セインさんは、俺に書かせることに成功した。
次はできるだけ早急に、その訳文を仕上げさせること。
毎月シュリィイーレに来ることにしたのは、俺をせっつくためもあったんですかね?
まぁ、おそらくはただの息抜きでしょうけど。
そして、次は聖神司祭全員にそれを『正典』であると認めさせなくてはいけない。
なのでセインさんは『スサルオーラ教義信者』を利用した。
ああ、セインさんが彼らを扇動したとか、動かしたってことじゃあ、ありませんよ!
彼らの名前を使っただけです。
スサルオーラ教義信者が訳文を狙っているとか、俺を狙っていると思わせれば、周りの人達は間違いなく『正典』であるから邪教の者達に狙われていると思い込む。
そして一方で、訳文が原典と同じように『力』があることを見せなくてはならない。
だから、サラレア神司祭を巻き込んで一芝居打った。
ここでもスサルオーラ教義信者のことを理由にしてサラレア神司祭を教会の外に出し、スサルオーラ教義信者達を追わせた。
俺が不審な神仕の映像を見せても、それを調べていたのはサラレア神司祭だ。
これであの神仕もスサルオーラ教義信者達も動けなくなるだろう、うまくサラレア神司祭が何名か捕らえてくれればそれでいい……くらいのものだったはず。
でも、どうしてサラレア神司祭だったんですか?
他の方じゃなくて。
もしかして、サラレア神司祭の『本質を見抜く魔眼』を恐れていたんですか?
自分が使命を早く終わらせて、自由になりたいと思っていることを見透かされるのではないか……って。
……否定しないんですね。
話を戻しますね。
こうして異例の早さで新訳の『正典』として七冊の神典・神話を認めさせることに成功した。
そうなればもう、俺の身の安全なんて全く頭になかったでしょう?
セインさんの中で『俺を護る』という約束の価値は、更に落ちていった。
そして叙勲式典の前日、俺がいるのは皇宮。
この国で、一番安全であるはずの場所。
警備はビィクティアムさんと、皇宮の近衛が全部対応してくれている。
あなたは、何もしなくていいと思っていた。
セインさんにとって誤算だったのは、本当に彼ら、スサルオーラ教義信者達が俺を襲ってしまったことなんですよ。
だから、翌日、あの式典で俺が襲われた姿を見るまで、全く俺の安全なんて気にもしていなかった。
「なぜ、そう言いきれる?」
だって、サラレア神司祭に出したセインさんからの報酬がショコラ・タクト三個だったんですよ? しかも試作品。
そういえば絶対に試作品の感想を教えてくれるって言っていたのに、食べてもくれなかったんですよね……
うーん、ちょっと悲しいなぁ……
あ、すみません。
話を戻しましょう。
でも、そんなことよりセインさんにとって重大だったのは『まだ原典が二冊、見つかっていない』という事態です。
手柄を譲ってまで終わらせたはずの使命だったのに、まだ残っていたわけです。
しかも『既に七冊見つかっているのだから、あと二冊くらい簡単に見つけられるに違いない』なんて空気も流れている。
今度こそ、発見者にならなくてはいけなくなったんです。
「あの時、そのことを言う前に聖神司祭全員を集めたな? ……予防線か?」
聞いたのがビィクティアムさんとセインさんだけだったら、陛下には叙勲内容変更をお願いできたとしても教会内では『もう原典は揃った』と思われたままの可能性がありますからね。
俺はセインさんが『自分の信仰』を優先する人だと『信じて』いましたから。
『セインさんの信仰の中にない二冊』のことなんて、抹殺される確率が高かった。
その話をした時に、セインさんはずっと黙ったままでしたしね。
そして俺が、スサルオーラ神の本当の姿を読み解いた後に怖くなった。
自分が悪と断じたスサルオーラ教義信者が、もしかしたら許すべき存在だったのではないか? と。
俺が彼らこそが神を裏切っていると言った時、あなたはもの凄く安心してましたよね。
セインさんは神々をとても深く信仰し、同時に恐れていた。
自分が使命を放棄したいと思っていることを、神は知っているだろうから。
俺が、神典と神話の全てを完全に訳すといった時にセインさんは『これで解放される』と言っていましたよね?
以前からどの神典の文言にも縛られていなかったはずのあなたが解放されるとすれば、『使命』からでしかあり得ない。
だから外典が読み間違えられていると判った時に、俺の言ったことがただの仮説でなく事実だと確信して絶望した。
また『使命』に縛られる……と。
「兄上、全部、タクトくんの言う通りなんですか? これが、あなたの本心なんですか?」
「……すまん……私には、家門も、使命も……重い」
すみません、おふたり共。
ここまで言っちゃうつもりは、なかったんですけどね。
俺はセインさんに何も期待していなかったから、傷ついたりしていませんけど……許せなくて。
「……タクト、もういい。俺が馬鹿だったてぇだけだ」
父さんを裏切ったことだけは、絶対に許せないんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます