第231話 信頼、ということ

 俺はなんとか再突進しようとする父さんを止める事ができたが、ビィクティアムさんとライリクスさんは全く手を貸してくれない。

 なんで止めてくれないんだよっ!


「前々から、絶対に殴るって言っていたからなぁ」

「僕も『何発でもどうぞ』と、言ってしまいましたので」


 おい、こら。

 俺の父さんが、不敬罪とか暴行とかで捕まったらどーする!


「放せ、タクト! こいつは俺との約束を破りやがったんだ! おまえを絶対に護るって言いやがったくせに!」

「約束? セインさんと?」

「ああ、そうだ!」

 なるほどー。

 そっかー……『約束』……ねぇ。


「そんな約束、する方が間違ってるよ」

「え?」

「タクトくん?」


「だって、セインさんは、約束なんて守れる人じゃないもの」


 おや、皆様止まってしまった。

「何を言って……」

「何って、本当のことだよ、セインさん。俺はあなたに『約束』を守ってもらったことなんてないよ」


 ライリクスさんが、ちょっとムカ付いた顔をしている。

 だよね。

 ライリクスさんはなんだかんだ言っても、お兄さんのことが好きだもんね。


「タクトくん、私はいつだってちゃんと君に……」

「『成人の儀』で、俺の姓などが見えてしまった時の約束」

「私は、誰にも話してはいない!」

「そうですよ、君と約束したからと……あれは僕が『視た』ものです」

「ライリクスさんが視界記憶を視られるのは、その記憶を持つ本人が了承したから……ですよね? つまり、セインさんが視せてもいいって思ったから、視えたんですよ」


 セインさんには、俺の情報を開示して構わないという意思があった。

 だから、ライリクスさんは視ることができた。


「そもそも、俺はあの時『内密にして欲しい』と言ったんです。それをセインさんは『話さなければいい』と、自分の都合のいいように解釈した。それだけで、俺の言葉を軽んじていたということがよく判りますよね」


 だんまりですか。

 言い訳すらしないってことは、本当にどうでもいいって思っていたということなのか。


「だからこの人は、自分の都合で約束をねじ曲げる人なんだなって思った。そんな人と『約束』なんてできませんよ」

「タクトくん……君は、あんなに兄と沢山話をしたりしていたじゃないですか」

「神様の話だけ、でしょう? セインさんは神様が大好きだから、その話だけは嘘をつかないと思っていたので。でも『俺の安全』なんてセインさんにとっては、ものすごーーーーく優先順位の低いことですからね。なにせ、俺を一番危険に晒しているのはセインさんですし」


 おっと、父さんがまた拳に力を込めている。

 駄目、駄目。暴力では解決しないって。

 まぁ……『解決』なんてするようなことではないんだけどね。


「俺が、神典の現代語訳を引き受けた時……あ、訳すこと自体は、やらせてもらえて感謝していますよ? やりたかったことなので。でも、あれだけライリクスさんが『訳せると判られることや、古代文字が読めると知られることは危険だ』と言っていたはずなのに、セインさんはあっさり、まだ敵側の立場だったエラリエル神官にそのことを話してしまった」


 ビィクティアムさんの表情が、少し暗くなる。

 うーん、半分はビィクティアムさんも関わっているからねぇ。

 でも、あの場で喋っちゃったのは、セインさんだけだから。


「エラリエル神官の言ったことの間違いを、俺がうっかり原典では違う……と否定してしまった時、本当に俺を護りたいと思っていたのならセインさんは俺を叱り飛ばすか、俺の言ったことを完全に否定していたはずです。もし、内容を否定したくないのであれば『自分がそうだと教えた』……と言って、俺を前面には立たせなかったはず……まぁ、そこまでのことをして欲しかったわけでは、ないんですけどね」


 あれは俺が言っちゃったのが悪いので、ある程度は仕方ないけど。


「だけど、あの時のことが『記録』されていることは知っていましたよね。その『記録』が何処でどのように公開されるかも、セインさんは判っていたのに敢えて『原典の発見者で、古代文字が全て読める者』と言った」

「そうだ……あの審問会で。だから、タクトのことが貴族達や陛下に知られて……」

 あ、あ、ビィクティアムさんまで責任を感じ始めちゃったかな?


「でも、俺は全然、セインさんに裏切られたとか思っていませんから、そういうことは気にしないでくださいね。俺は、あなたに護られようなんて全然思っていませんでしたし、初めから『俺に対する言葉』は信じていませんでしたから」


 しまった。

 ライリクスさんまで、落ち込ませてしまった。

 うーむ、加減ができないなぁ……

 俺、今すごく怒っているから仕方ないか。


「きさま……! 『名に賭けて』誓いを立てたにもかかわらず、どうしてっ!」

「父さん、落ち着いてって。『名前に賭けて』なんて、セインさんにとってどうでもいいものを賭けさせたって、約束にならないよ」

「待ってください、タクトくん! いくら君でも、その言い方は看過できない!」


 おっと、ライリクスさんの逆鱗に触れてしまった。

 ……ここまで言うつもりじゃなかったんだけど……まぁ、いいか。


「本当のことですよ」

「……まさか、魔眼で視える……なんて言うつもりではないでしょうね?」

「そんなもので視なくたって、今までのセインさんの言動で明白じゃないですか。ねぇ? そうでしょう、セインさん」


 セインさんは視線を外し、俯いて何も言わない。

 言えないよねぇ。本当のことも、嘘も。

 ……この際だから全部思っていたこと、言い切っちゃおう。


「セインさんの大切なものは『神々』と『自分の信仰』だけ。その他の全ては、家門も使命も家族も友人も全部『雑事』なんですよね?」

「……!」

 セインさんは、顔面蒼白だ。

 俺なんかに判られてしまったことが悔しいのか、自分でも自覚してなかったことを言われてしまったのがショックなのか。


「兄上! なんとか仰有ってください! あなたが……あなたが家門を、ドミナティアを軽んじているなんてことあるはずが……!」

 セインさんは……やはり何も言わない。

 一言も、声も出さない。

 ライリクスさんの魔眼の前で、絶対に嘘はつけない。


「……兄、上? どうして、何も仰有らないのですか……?」

「タクト、ドミナティアが、貴族が、家門を軽んじているなどと言うには、理由があるのだろうな?」


 ビィクティアムさんとしても、認めたくないか。

 表情に、誇りを傷つけられた怒りが滲んで見える。

 そりゃあ、そうだよなぁ。

 どちらも『使命』を持つ『誇り高き英傑の家門』だからな。

 ビィクティアムさん自身が大切に思っているのだから、当主であるセインさんなら当然自分以上に大切なものだと思っているはずって考えているよね。


「じゃあ、ここからは俺の想像や憶測も混じっていますから、間違っていたら訂正してくださいね、セインさん」


 そう前置きを言い、俺はそもそもどうしてセインさんが頻繁にシュリィイーレに来るようになったか……から話し始めた。

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