第230話 お食事会と飲み会と

 本日は俺の誕生日である。

 なので、例年通り食堂は早じまいで、みんな一緒に晩ご飯を食べるのだ。

 今年のケーキは母さんが作ってくれた、蜂蜜漬け木の実がたっぷりのパイである。

 最高……!


 広くした二階の食堂では、八人くらいはゆったり座って食事ができる。

 今年も無事にこの日を迎えられて、本当によかった。

 ……ちょっといろいろありすぎたからね、最近。


「それにしてもタクトくんの魔眼、面白いですねぇ」

 面白がらないでよ、ライリクスさん。

「胡瓜を視たって聞かされたときは思わず笑ってしまったが、よく考えると汎用性が高い」

 おお、流石ビィクティアムさん、有用性に気付いてくださいましたか!


「そうね。最高の状態かどうか判るってことは、悪い部分は視え方が違うということなんでしょう? タクトくん」

「今はまだ『凄く良いとキラキラ光って視える』ってだけですけど」

「きっとそのうち判別できるようになるわね。そうしたら【医療魔法】みたいに、身体の異常も判るようになるかもしれないわ」

 マリティエラさんは、お医者さんらしい考え方だな。


「美味しいものが判るのって、大事よ。ね、タクトくん」

 メイリーンさんはもの凄く真剣な顔つきで、そう言ってくれた。

 そう! そこが一番、大事なところなんですよ!

「美味しいものは、心のお薬だから! とっても、大事なこと」

 流石、俺の惚れた女性だ。素晴らしい!


「タクトとメイちゃんは、似とるのぅ……」

「そうだねぇ。美味しいってのは、心が健康じゃないと感じないからねぇ」


 しみじみそう言う母さんの表情が、何かを思い出しているような感じだった。

 昔、なんかあったのかな。

『美味しいもの』が『美味しい』と感じられなくなってしまったことが。


 父さんが母さんの背中をぽん、と優しく叩いた。

 つらいこともきっと、ふたりで乗り越えてきたんだろう。

 いいなぁ。こんな夫婦に、なりたいなぁ。



「え? メイリーンさん、引っ越したの?」

「そうよ、今はうちに一緒に住んでるの」

 マリティエラさんがうふふ、と楽しげな微笑みを浮かべる。


「マリティエラの病院が、衛兵隊の指定病院になりましたからね。従業員も準隊員扱いで、あの宿舎を利用できるんですよ」

「なんだ、ビックリした……ライリクスさん達と同じ部屋なのかと思っちゃったよ」

 でも、あの宿舎、男ばっかじゃないのか?


「大丈夫よ、タクトくん。三階は女性隊員達の部屋でメイリーンはその階だから」

「ビィクティアムさん、シュリィイーレ隊に女性ってあんまりいませんよね?」

「いや、そうでもないぞ。文官は女性の方が圧倒的に優秀だからな」


 そっか、事務方だから、あんまり会わなかっただけか。

 それでも十人ほどのようで、南門宿舎にその全員が住んでいるらしい。

 自炊派が多いのだろうか、うちの食堂にはあまり来ていただけていないのかな?

 俺は全く、見た記憶がない。


「女性隊員は、制服が少しばかり違うからな。気付いていなかっただけじゃないのか?」

「女の子はメイちゃんしか見てねぇからよぅ、タクトは」

 ……そんなことは、ないんだけど。

 まぁ、女性をあんまりじろじろ見たりはできないでしょ、普通。


「結婚して三階の部屋を出ることになった方がいたので、空きが出たんです。これで僕等も安心できますよ」

「そうね。いくらこの町は治安がもの凄く良いとは言っても、ひとり暮らしは心配だったのよ」

「よかったねぇ! メイちゃん! 職場にもうちにも近くなったじゃないか!」

「はい!」


 安心なのは確かだ。

 衛兵隊宿舎は絶対に壊れないように、がっちり俺が魔法でガードしてるからね。

 しかも、この国随一の衛兵隊員達がいる宿舎に、押し入るような馬鹿も絶対にいないし。


 なのに……素直に喜べないのは、なぜだ。

『送っていく』っていうイベントは俺、結構好きだったんだよなぁ……

 斜め向かいじゃ出口で『じゃあねー』くらいじゃないか。

 しかも女性しかいない階なんて、部屋の前まで行くこともできん。


 そして今日のお別れの時、本当に『じゃあねー』と食堂の前でのお見送り程度で終わったのである。

 もしかしてこれは、俺に対する『送り狼防止対策』なのではないだろうか……

 寂しい……



「おい、ライリクス、ビィクティアム、とっておきの酒あけるから付き合え!」

「いいですね」

「僕は、酒はあまり……」

「俺も弱いんで、一緒にお菓子で対抗しましょう、ライリクスさん」


 逃がさん。

 ここで俺ひとり、この蟒蛇うわばみふたりに付き合わされたら敵わん。

 がっちりとライリクスさんの右腕をホールドし、食堂から逃がさないように引き留めた。

 渋々とライリクスさんが席につく。


「あらあら、二階は片付けるから、飲むならちゃんと扉に鍵をかけてから一階で飲んでちょうだいねぇ」

 あ、母さんに離脱された。

 ということは、つまみは俺が作るのか。


 よし、ではチーズを使ったつまみを作るか。

 ビィクティアムさんには、オイルサーディンも出してあげよう。

 ライリクスさんと俺はアーモンドクラッシュ入りのチョコを作ったのでそれと、チーズのクッキーかな。


「この乾酪、本当に旨ぇなぁ! タクト」

 父さんはチーズはあまり好きではないと言っていたが、俺が作ったモノは今までの物よりずっと旨いと言って食べてくれている。


「本当ですね……タクトくんは何処で、乾酪作りなんて学んだんですか?」

「ちょっとだけ見たことはありますけど、だいたいは本で読んだことがあるだけです。あとは……」

「『いつも通りの魔法の組み合わせ』……か。タクトは『複合で使う』とよく言っているが、なぜそんな使い方をしようと思ったんだ?」


 えー?

 ものの理屈を考えると、そうなるよね?

「だって歩くっていう動作だって『足を前に出す』『重心を移動する』『もう片方の足を引き寄せる』みたいに複合で動かしてるんだから、魔法だってそうした方が、円滑に素早くできるじゃないですか」

「速さと円滑さ……ですか」

「考え方は間違ってねぇ。だがその分、魔力はかなり必要になるがな。タクトは昔っから、魔力だけはやたらとあったから気にせず使ってんだろう」

「子供の頃から魔力が多かったから身体も慣れていたし、大量に使っているから問題も出なかったということか」

「そうやって使っているうちに、更に魔力量が増えた……ということですねぇ。でも本当に、精神が壊れなくてよかったですよ」


 え?

 なにそれ。

 めっちゃ怖いワードが出て来たんだけど?


「大して魔法を使わずに溜め込んでいたら、やられっちまったかもしれねぇけど、こいつは毎日、毎日、魔法を使いまくりだからなぁ」

「魔力って……溜め込むとマズいの?」

「ええ、前にも少し言いましたが、魔力は身体に流れ続けているもので、使わなければ滞ります。そうするとそこから身体を蝕むことがある。その上、魔法というのは精神状態に直結する」

「魔法は感情に左右され、感情は魔法で大きく揺らぐ。それは精神的な負担になっちまうんだよ。だから、おまえみたいに魔力量が多いのに、若いうちから穏やかなやつってのは珍しいんだ」


 それは、俺がバンバン魔法を使っているからってことなんすかね?

 常に使い続けていれば、大丈夫ってことなのかな?

 あ、溜まった水だと微生物が増えすぎたりしちゃうけど、どんどん流れているなら大丈夫! みたいなもんか。


 そーいえばロイヤルファミリーは、結構感情の振り幅大きいなって思ったんだよな。

 皇族は魔力量が多いはずだけど、あんまり大きく使う機会がないのだろうか?

 だからスイッチ入るとわーーーーって、感情が高ぶっちゃうのか?


「魔力量が多かろうと、貴族であるなら制御できないといざという時に使えん。感情に任せると、魔法は正しく発動しない」

「そういう訓練がちゃんとできていない新人が、今年ももうすぐやってくるんですかねぇ……気が重いです」

「いや、再教育をすると妃殿下が息巻いていたからな。今年の新人はうちで実戦訓練じゃなくて、王都で座学だ」

「はっはっはっ、あいつらに耐えられるのか?」


 ほほぅ、これで少しはお行儀のよい騎士が生まれると良いですなぁ。

 それにしても、父さんは随分と詳しいんだな……

 魔法師じゃないし、あんまり魔法を使ってはいないのに。

 理論派なのだろうか。


 さて、そろそろお開きかな、と思った時に、食堂の扉を激しく叩く音がした。

 誰だよこんな遅い時間に、と俺が扉をあけると飛び込んできたのは……セインさんだった。


「タクトくん! すぐに王都に来てくれんか!」

 挨拶もなく、深夜に飛び込んできた詫びすらなく、何を勝手なこと言ってんだ、このおっさん。


「絶対、嫌です」

 行くわけないだろ。

 どうしてこういうこと、言えちゃうかなぁ、セインさんは。


「セインドルクス! てめーーーーっ!」

 えっ? 父さんっ!


 正拳一閃、父さんのグーパンがセインさんの右頬にヒットした。

 ちょっと、父さん!

 暴力は駄目っ、暴力は!

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