第223話 最奥の部屋

 さて、写し取ったこの方陣、稼働しちゃうといけないので線を敢えて繋いでいない。

『図』と『文字』の両方と魔力で発動するっぽいからね、方陣って。


 そして、壁の方陣に書かれている繰り返しの余分な文字を消してみる。

 よし、これで魔力を注いでみて、発動しなかったら文字をひとつずつ復活させていってみよう。

 まだ少し金色の光がこぼれ出ているルビーをコレクションにしまい、地面に足をつけた。


 その瞬間にだーん、だーん、どどぉーーーーん……と、ドップラー効果のように遠くから近くへ何かが落ちるような音が響いた。

 そして、白壁の十メートルほど後方にもこの部屋を閉じるように壁が出現した。

 あー……もしかして、今、『七つの扉』が閉まった?

 ルビーの光が消えたことが原因なのか、俺が地面に降りたことが原因なのか……


 両方かなー。

 ルビーから魔力がなくなり、導きの光が消えると扉が閉まる仕組みなのかな?

 ということは、地面に足がついたら……罠が発動しているとか?

 ……浮いておこう。

 床に、罠の起動スイッチがあるのかもしれない。


 高さ五メートルほどの壁に描かれた、方陣の中央に手が届くように上昇する。

 両手を壁に付けて、魔力を注いでいくと思っていたよりあっさりとフルチャージになったみたいだ。

 やっぱり、余分な文字があるとその分魔力を食うのだ。


 おおっ、両手から何かが入ってくる。

 あ……ヤバイ、これ、極大方陣の時みたいに魔法がもらえちゃったりするのか?

 そういえば『祝福と敬意を込めて贈る』って書かれていたよな。

 俺ってどうしてこう、うっかりが多いのだろうっ!

 でも二重方陣だし、あの時の五重方陣に比べたらそれほどヤバイものじゃない気がする。

 ……と、思いたい。


 終わった。


 しかし『贈る』って書いてある癖に俺、魔力を支払わされているんだけど、どーいうことなのかな?

 納得いかん。

 あれか、本当はン十万円ですがシールを十枚集めたら五割引! みたいなことなのか?


 ゴゴゴ……ガコン!


 方陣の消えた白壁がずれた。

 右上部にひとつ、そして左下にひとつ、扉が現れたのである。

 これは……どちらに入るべきだ?

 どっちかに入ったら出られなくなるとか、強制的に表に出されるとかだとまずいな。

 この部屋の壁にも、転移目標を書いておこう。


 まずは左下の扉からだ。

 おっと、浮いたまま、浮いたまま……っと。


 その部屋は、小さな書庫だった。

 本棚がひとつだけ、部屋の真ん中に置かれている。

 その中段に本が並べられているが、全部で十一冊だ。

 全ての本は『前・古代文字」で書かれているようだ。


 魔法の特性や、発生条件の書かれたものもある!

 神典や神話は?


 あった……!

 これは神典の一冊目だ!

 あの『外典』と言われていたものと、同じ文章があるぞ!

 神典は全部で四冊、神話は……二冊しかない。

 しかも一番最後の一冊ではなく、三冊目と四冊目だ。


 そして、部屋中をくまなく調べる。

 何か壁に書かれていないか、方陣はないか……残念ながら、この部屋には特になんの文字も仕掛けもなかった。

 一応、ここにも転移目標を書き、全ての本を複製する。

 でも……この原本も持ち出した方がいいかも。

 きっと、誰も入って来られないだろうしなぁ。


 それにしてもここの本、全く劣化していないな……凄く良い状態だ。

 前・古代文字時代の魔法なのかもしれない。

 凄いな。

 まるで、昨日書かれたばかりの本みたいだ。



 その部屋を出て、今度は右上にある扉の前まで飛び上がった。

 おや?

 この扉には、方陣が書かれているぞ?

 もう一度さっきの左下の扉を見るが、そちらにはやはり何も書かれてはいない。

 この扉の方陣も写しておくか。


 そして、その方陣に魔力を流すと扉が開いた。

 明る過ぎて、中がよく見えない。

 ああっ、しまった!

 万年筆のキャップが落ちた……!

 方陣を写した時に使った万年筆を、左手に持ったままだった!


 振り返ったが……俺の身体は、水源の川の中に落ちていた。

「……強制送還かよ」

 七つの扉が閉まり、罠が発動している洞窟を戻ることはできない。


 だがしかし!

 俺はあの部屋に、転移目標を書いてあるのだ。

 大切な万年筆のキャップである。

 取りに行かねばなるまい!



 転移した。

 間違いなく、俺はあの白壁の部屋に転移したはずだ。


 なのに、白壁の半分は崩れ落ち、右上の扉は消え去り左下の扉は崩れた白壁に塞がれている。

 その上信じられないほど部屋の中があちこち崩れ、カビが生えて、石垣のように積み上げられていた左右の壁も半壊状態だ。


 たった一瞬で、まるで何千年も経ってしまったのではないかと思わせるほど、変わり果てている。

 床は水たまりが何カ所もあり、そこに転がっていた俺の万年筆のキャップは……持ち上げた途端に崩れてパラパラと塵になった。


 俺は左下の扉の室内へ転移した。

 部屋には入れたが、やはり水が入ってきている。

 そして、腐って倒れている本棚は空っぽだった。

 だが、あれだけ調べて何も見つけられなかった壁に『前・古代文字』が刻まれていた。


『辿り着きし賢者よ、神々の言葉を甦らせてくださったことを感謝する』

『どうか、私の手が及ばなかった神話にも光を』



 戦慄が走った。



 今は、『いつ』だ?

 あのルビーは、俺を『いつ』へ連れて行った?

 あの扉は強制的に『いつ』へ戻したんだ?

 俺は水源に転移した。



『ここ』は俺の知っている『シュリィイーレ』か?

 夜明けの光が、錆山を照らし始めた。

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