第224話 『今』の『場所』

 祈るように、俺は自分の部屋に転移した。

 辺りを見回すと、見慣れたものばかりが目に映る。

 ベッドと文机、作りかけの寄せ木細工の種板、並べられている音源水晶と楽譜のプレート。

 心臓の辺りが痛い。

 もの凄く、脈が速い気がする。


 朝日が部屋に差し込んでくる。

 そうだ、ここは『今』の俺の部屋だ。

 大丈夫だ。

 ちゃんと、俺は『今』にいる。


 ぱたん


 隣の部屋の扉が開く音がした。

 母さんが厨房に向かったんだ。

 朝ご飯の支度に、今日の昼食の仕込みに。


 俺は、いてもたってもいられずにそのあとを追うように厨房へと降りる。

 本当に、母さんか?

 知らない誰かじゃないよな?

 今の『俺』のことを知っている……『俺の』母さんだよな?


「あら、タクト、早いねぇ。どうしたの?」

「母さん……」

「また魚にしたいのかい? あの鮭ってのならいいけど、ちっさい油漬けの方は……タ、タクト? どうしたの?」


 涙が止まらなかった。

 よかった。

 ここに、ちゃんと戻ってこられた。

 俺の失いたくないもの全てがあるこの場所に、この『今』に。


「どうしたの……? 怖い夢でも見ちゃったのかい?」

「うん……怖かった……全部崩れて、全部……なくなって……俺ひとりだけで……」

 母さんに抱きついて、泣いてしまった。

 子供みたいに。


「そう……でもそれは、ただの夢だよ。大丈夫、もう悪い夢は終わったんだよ。ね、大丈夫だから」

「うん……もう、どこにも行きたくない。もう……嫌だ」


 なかなか涙が止められず、母さんから離れられずにいながらぼんやりと考えていた。

 あの時、この世界に初めて飛ばされてきたあの時、俺はなんであんなにも冷静だったんだろう。

 死ぬだろうと思っていたのに、全てをなくしたのに、なんで。


 あっちの世界の俺って、本当になんにも大切なものがなかったのかもしれないな。

 なんて寂しくて、つまらないやつだったんだろう。


「何処にも行かなくっていいんだよ。ここがおまえの家なんだから。さぁ! 元気お出し! 美味しいもの、作ろうねぇ」

「うん……お腹、空いちゃった」


 顔をごしごしこすりながら、笑顔を作り返事をする。

 美味しいもの、作ろう。

 そして、みんなで食べるんだ。


 どうやら俺がだらしなく母さんに縋り付いて泣いていたのを、父さんにも目撃されてしまっていたようだ。

 頭をポンポンと叩かれて、もう心配すんなって慰められてしまった。

 仕方がない、本当に、怖かったんだから。


 その日の朝ご飯は、全部俺が好きな物ばかりだった。

 母さんはもの凄く我慢して、オイルサーディンまで用意してくれた。

 ごめんね、ありがとう。



 そしてお部屋に戻って、またしてもひとり反省会である。

 もう、あんな無茶なことは止めよう。

 ……って、毎回思っていながら、のど元過ぎれば熱さ忘れる状態で繰り返してしまうので、今度こそ心の底から絶対に止めよう、と思っている。


 あんな恐怖は、今まで感じたことがない。

 思い出しただけで、胸の奥が痛くなる。

 小心者の俺の日常に『冒険』なんて要らないのだ。


 美味しいものを食してやっと心が平静になったのか、改めて考えてみると、あのルビーは『前・古代文字の時代』に俺を連れて行ったということなのだろうか。

 あの強制送還の扉は『元の時代』に戻す【次元魔法】だったということか?


 写し取った、強制送還の扉にあった方陣を眺めながら考える。

 そうか、これは『方陣門』の一種なのだろう。

 あの時代の魔法技術の、最高峰と言えるものなのかもしれない。

 自分で体験したくはなかったが……


 俺の転移では『時』は越えられない。

 だから『今』のあの場所に移動したのだろう。

 万年筆のキャップは、何千年もあそこに転がっていたことになるのか……?


 てことは、俺と作成者以外、誰ひとりあそこの部屋に辿り着かなかった……ってことなんだろうな。

 恐るべし、前・古代文字時代の罠……


 あのルビーは特になんの変哲もない、普通のルビーに戻っている。

 魔力を込めるとまた何か起きるのかもしれないが、そんなことはしない。

 でかすぎる宝石は、表に出さない方がいい。

 いつか何かを作りたくなったら、砕いて使おう。


 それと……なんか絶対に、新しい魔法とかが手に入っている気がする。

 しかも、方陣の文字を削除しちゃったから、割引価格で。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 名前 タクト/文字魔法師カリグラファー

 家名 スズヤ

 年齢 26 男

 殊勲 イスグロリエスト大綬章

    教会偉勲章

 在籍 シュリィイーレ 移動制限無

 養父 ガイハック/鍛冶師  

 養母 ミアレッラ/店主

 仮婚約 メイリーン/調薬師

 保証人 イスグロリエスト・シュヴェルデルク

     イスグロリエスト・アイネリリア

 証明司祭 ドミナティア・セインドルクス

 魔力 883673


 【輔祭 第一位階級】

 書師


 【魔法師 一等位】

 神聖魔法:極光彩虹・完成

 神聖魔法:天翔空軸・完成


 蒐集魔法・極冠 文字魔法・極冠

 付与魔法・極冠 集約魔法・極冠

 加工魔法・極冠 複合魔法・極冠

 守護魔法・極冠 耐性魔法・極冠

 強化魔法・極冠


 制御魔法・極位 治癒魔法・極位

 解呪魔法・極位 音響魔法・極位


 金融魔法・最特 彩色魔法・最特 

 変成魔法・最特 混成魔法・最特 

 精神魔法・最特 感応魔法・最特

 予知魔法・最特 顕微魔法・最特

 言語魔法・最特


 植物魔法・特位 探知魔法・特位

 菌界魔法・特位 発酵魔法・特位

 

 【適性技能】 

 〈極冠〉

 鍛冶技能 金属看破 金属操作 

 貴石看破 鉱物操作 錬金技能

 魔眼看破 精神操作 動体操作 

 方陣操作 神詞操作

 〈極位〉

 石工技能 成長操作 予見技能

 〈最特〉

 木工技能 身体鑑定 創陣技能

 土類鑑定 土類操作

 〈特位〉

 植物鑑定 植物操作 植物育成

 感覚操作 看取技能 真菌育成

 陶工技能 液体調整 液体鑑定 

 大気調整 大気看破 細菌鑑定

 〈第一位〉

 海洋鑑定 魚介鑑定

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【神聖魔法:天翔空軸】!

 しかも『完成』!

 きゃーーーー………あーあ。

 これって、空飛んじゃったせいだよね?


 消えてるのが『空間操作』と【次元魔法】【重力魔法】ってことを考えると、それがまとまってお生まれになってしまった魔法ですよね?

 もしかして、時代を超えちゃったりできるのかなぁぁ?


 怖い。

 怖すぎる。

 無理。

 無理無理無理無理!


 他に怖そうな魔法は増えていないけど、全部段位が上がっている。

 そして新規は『海洋鑑定』と『魚介鑑定』の技能。

 海は別扱いなのか……『液体鑑定』とは違うんだなー。


 そして化け物の域の魔力量。

 もう、一割表示でもダメじゃん。

 五パーセント!

 五パーで表示!


 普通の魔法から神聖魔法になるのって、もしかしていくつかの魔法がまとまるってことで、そのまとめに極大方陣が必要なのかな?

 極大方陣は新しい魔法をくれると言うより、育てた魔法を最大値まで引き上げてまとめてくれるものなのかもしれない。

 これにもおそらく、予兆と試行があるんだろう。


 予兆はよくわかんないけど、試行は『飛行』と、ルビーと方陣門の『次元移動』だよね。

 ……もっとまとまったら、この業務用スーパーでの爆買いレシートみたいな表記が簡単になるのかなぁ。

 だからって、もう極大方陣には関わりたくはない。



 今のこの幸福とこの居場所を、俺は何が何でも死守すると改めて誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る