第222話 水源の奥へ

 流石に一晩中の飛行は、めちゃくちゃ体力を使ったのだろう。

 ランチタイム前まで、ガッツリ寝てしまったのである。

 母さんからは具合が悪いのかと心配されてしまうし、父さんからは夜中にまた魔法でなんか作ってたのかって怒られるしで散々だ。

 ふっ、前科持ちって信用されないんだよね……

 まぁ……当たらずとも遠からずなんだけど。


 今回のは魔力切れではなく、体力切れである。

『飛行』というのは、もの凄く体力を使うのだろう。

 魔法のコントロールだけでなく、姿勢維持や、体温調整なんかも魔法任せにしているのだから、身体だって疲れて当然である。

 元々人間は、飛ぶようにできている生命体ではないのだ。

 負荷が掛かって当たり前なのだ。


 昼食は魚にしようと思っていたのに、母さんだけで準備したからお肉料理になってしまった。

 だが、イノブタの赤茄子煮込みだったので、何も言わなかった……俺の第二位大好きメニューである。

 そろそろ魚も鰹節に仕込んだものとオイルサーディンくらいしかなくなってきたが、店では出せないけど家族で食べる分はまだある。

 食堂で出すメニューは、次の不銹鋼納品時の入荷待ちだ。

 今度は、秋刀魚とか欲しいなー。



 そして、夜である。

 まさに『暗躍』の時間である。

 昨日と同じ黒ずくめで身を包み、部屋から水源まで転移する。

 滞ることなく流れるシュリィイーレの命の水、幾筋もの滝が落ちる大きな滝壺。

 これがきっと『森の水瓶』だろう。


 えーと、南側は……川の上か。

 浮いてれば問題ないな。

 ここで『紅の貴石ルビー』に神力、則ち魔力を注ぐ。


 左掌に乗せ、右手で覆うようにして魔力を込めていく。

 凄いな、どんどん入っていく。

 貴石って、こんなにも魔力を蓄えられるのか。


 そして一度、大きく魔効素からの変換魔力が俺の中に入っていくのが解った。

 多分『総量の六割を切ったら魔効素から変換した魔力で九割まで戻す』の指示が発動したのだろう。

 ということは、今このルビーには二十万弱の魔力が入っていることになる。


 ゆっくりと右手を開き、左掌のルビーを見ると石の内部に金色の渦が揺らめいている。

 その金色の輝きは真下の川面へと光線を伸ばし、ゆっくり前へと指し示す方向を変えていく。

 滝のひとつを照らすその光の線を追うように、空中を移動する。


 水飛沫が身体に当たる。

 差し出した左手が滝の表面に触れる、と思われた瞬間に滝の水がかき消えた。

 いや、消えたのではない。

『俺の目の前からなくなった』だけだ。

 俺はいつの間にか、洞窟の中のような場所にいた。


 手元のルビーだけが輝きを湛えたまま、光線が暗闇の奥へと伸びている。

 この奥に行けと言うことだろう。

「これは……ちょっと怖いけど……行くべきだよな」


 一応何かあったらここに戻ってこられるように、転移目標だけ書いておこう。

 外に出ちゃったら、二度と入れないかもしれないし。

 う、濡れてると寒い。

 乾かしてから動こう。


【文字魔法】で身支度を整え、光の差す方向へ歩き始める。

 足下もなんとなく湿っているので、すこーし浮きながら進んでいく。

 俺の靴、古いせいか撥水が悪いんだよなぁ。

 新しいの買わなくちゃ。


 洞窟なので当然真っ暗なのだが、かなり広いことが解る。

 浮いているため音もなく進んでいるせいか、余計に暗闇と静寂が怖ろしく感じてしまうが、ルビーから溢れる金色の光の指し示す先はまだ奥のようだ。

 どうやらこのルビーの光は最初に込めた魔力だけでは足りないのか、俺の魔力を吸い続けている。


 大食らいの案内役だな。

 魔効素ドーピングをオンにしておくか。

 六割を切ってから一気に入ってくるよりは、こっちの方が吃驚しないで済む。


 これきっと普通の人だったら、予め魔力を溜めたルビーを用意していないとこの洞窟に入るだけで魔力すっからかんどころか昏倒するだろうな。

 俺だって魔効素でチャージできなかったら、絶対に途中でこの光が途絶えていたんだろうし。

 古代のシステムは、総じて燃費が悪すぎる。


 もしかして、司書室の秘密部屋並みのやたらデカイ方陣が基本なのだろうか?

 この光の先に方陣があって、この光でルビーの魔力を吸い取っているのだろうか?

 だとしたらその方陣、絶対に余分な文字が入ってて効率が悪いに違いない。

 見つけたら、全部書き直してやる。



 ただ掘っただけという感じだった周りの壁が、打ち込み接ぎの石垣のように接合部分が加工されている石積になった。

 そろそろ、ゴールだろうか。

 天井が少し高くなり、行き止まりまで辿り着いた。


 部屋……に、なっているようだ。

 周りの壁は先ほどまで移動していた道と同じような石積なのだが、正面の壁だけがやたらと白くて真っ平らだ。

 そこにルビーの光は真っ直ぐ注がれているのに、全く光が跳ね返ってこない。

 吸収されているみたいだ。


 俺は魔法で部屋全体を明るくした。

 うわ、白いなー。

 でも近寄ると、赤い文字が浮かんでいる。

 壁に彫られているようなこの『前・古代文字』を読んでみる。


『七つの扉を抜け数多の試練を乗り越えし真なる法師に祝福と敬意を込めて贈る』


 ……

 ……

 扉なんてありませんでしたが?

 試練……て、何?


 もしかして、罠が仕掛けられていたのかな?

 古くなりすぎてて、稼働しなかったとか?

 ラッキー……ってことで、いいのかなぁ。


 きっと、この白壁に方陣があるのだろう。

 方陣を魔法で表示させると、ありましたよ、文字がびっしりの二重構造の方陣が。

 こいつ、触ると絶対に魔力を吸い取っていくやつだ。

 ルビーの魔力をあれ程吸い上げているから、秘密部屋の奴より少しはマシかもしれないけど。


 あ、これちゃんと書き写しておこうっと。

 浮いてると、上の方まで細かく見られていいなぁ。

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