第217話 サカナ・サカナ・サカナ

 コウジカビの培養を初めて四日目、セラフィラントからの第二便が届いた。

 いそいそと夏搾りの牛乳を運び込み、お待ちかねの活魚水槽はまだ開けずに地下三階へと運び込む。

 活け締め用の番重にも、どうやら魚が入っているようだ。

 これもそのまま、地下三階へ。

 不銹鋼を運んだ空の番重は地下一階。


 御者の方に送料をお支払いしようとしたら、まだ荷物があるという。


「ええ、あと二箱あるんですが、ちょっと重いんですよ」

「大丈夫です、運んじゃいますね」

 俺は軽量化の魔法を付与して、二箱重ねて持ち上げたら御者の人にめちゃくちゃ驚かれた。

 彼ひとりでは、重くて動かすことすらできなかったのだという。

 ……そんなに重いものって、なんだろう?


 まず先に、牛乳四缶分をチーズにしてしまう。

 一度作っているので【集約魔法】と【複合魔法】で簡略化できている。

 だが、熟成だけはじっくりと手間をかけるので、熟成庫に。

 残りの二缶はクリームとバターにするから、このままちょっと置いておこう。


 魚も楽しみだけど、このシークレットボックスが気になる。

 箱の上に貼り付けてメモは、ビィクティアムさんからのようだ。

 お手紙には『家に送られてきた、北部で作っているものだ。多分美味いと思う』と書かれている。


 ……ほほう、セラフィラント公宛に届いたものなのか。

 ますますワクワクする。

 厳重に閉じられた蓋を開けると……米?

 いや、違う!

 これは『糯米もちごめ』だ!


 すげぇ!

 セラフィラント北部って、糯米の栽培をやっているのか?

 糯米の方が冷害に強いから、漁港のない内陸の北側で作っているのかもしれない。

 うっひゃー!

 これは高まる!


 赤飯、ちまき、お餅、おはぎにおせんべい!

 大福も求肥も作れるぞ!

 こっちの米だとパサパサになり過ぎちゃっていた米粉も、もち粉を合わせたら串団子にできるよな?

 醤油ができたら、みたらし団子も作れるぞ!

 ひゃっはー!


 い、いかん、興奮しすぎた。

 餅ができるなら醤油は必須だもんな!

 うん、うん!


 さて、本命のお魚さんだ。

 我慢できないので先に活魚水槽、オーープン!

 おおおーっ、入ってるーー!


 キラキラの大きな魚体。

 ……すっげー……これ……かつおじゃね?

 この時期だと所謂『戻り鰹』が旬だよな。


 たたきにして食べるのも良いが、これは鰹節を作るチャンスでは?

 三匹いるから一匹は生か、たたきでいただいて、あと二匹は加熱してから乾燥させて鰹節を作ろう!

 あ、海水の塩分濃度、あっちの世界と一緒なんだな。


 そして中くらいの水槽には……うっわ!

 いわしだ!

 かなり入ってるけど、よく死ななかったな……真鰯みたいだな。

 こんなにあると生でも調理でも食べきれないけど、どうやって保存しておこう?


 最後の水槽は……あれ?

 なんもいないのかな?

 あっ、いたいた!

 下の方に……かれいだよ!

 おおー、煮付けで食べたーーい!


 活魚だけでもかなりの量だが、活け締めの方は何が入っているんだろう?

 わくわくしながら開けた番重には銀色の魚が!

 鮭!

 秋鮭様だ!

 おっ、紅鮭もまじっているぞ。

 うはーっ!

 綺麗だなぁ!

 四段ある番重の三段はびっしり鮭で埋まっている。


 そして最後の一段は……えええっ?

 これってまぐろじゃん!

 解体ショーでしか、見たことかったけど!

 型としてはそれほど大きくはないけど、ぴっかぴかの天然鮪だよ……セラフィラント、ホントすげぇ。

 さすが、天下のロカエ港。


 俺はすぐに東門詰め所に行き、ビィクティアムさんに荷物の到着報告とお礼を言った。

 勿論、糯米のことも大喜びで。

 そして思っていた以上に魚の量が多いので、知り合いの料理人にも分けてあげていいかの了承を取った。


「分けるのは構わないが、ちゃんと代金を取れよ? おまえに対しての報酬なんだからな」

「当然ですよ、ただであの立派なお魚さん達を分けてあげるほど、俺は善人ではありませんよ。家でも調理するので、楽しみにしていてくださいね!」

「ああ、久し振りだな」

「そうだ、ビィクティアムさん、生食は平気ですか?」

「魚のか? ああ、大丈夫だが……」

「では、とっておきを夕食にご用意しますね。食堂じゃなくて、ビィクティアムさんの家に持っていくので待っててください!」



 うきうきで家に戻った俺がまずしなければならないことは、魚の分別と保管である。

 取り急ぎ母さんの目に触れないように、お魚用の倉庫にしまっておかなくては。

 俺が魚が届くよ、と話した時、ちょっとだけだが表情が暗くなったので多分苦手なんだと思うんだよね。


 家にある小さい水槽に鰯を半分くらい移したら、鮭の番重ひとつ分と一緒にラウェルクさんに買い取ってもらおうかな。

 俺は仕分けた水槽とふたつの番重を持って、ラウェルクさんの食堂近くの転移目標まで転移した。

 このポイントから、ラウェルクさんの北東・紫通り十二番の店までは十メートルくらい。


 まだ夕食の支度には早いけど、厨房の中にいるかなぁ……

 あ、いた。

 外に出ていてくれたとは、ラッキーだぜ。


「ラウェルクさん!」

「タクト、なんだその荷物」

「以前お約束したものですよ。いいのが入ったので……」

「待った! 中で見る。こっちから入ってくれ!」


 腕を掴まれて店の裏口側に案内され、まだ何も言うなと俺をそそくさと中へ招き入れた。

 どうしたんだ?

 何だか周りを窺っているみたいだ。

 ラウェルクさんは店の厨房に入れてくれて、しっかりと扉の鍵を閉めてから全部の窓の鎧戸まで閉めてしまう。


「すまんな、うちを目の仇にしている店の連中がうろついてて」

「なんか揉め事ですか?」

「最近、魚の質が落ちているって言っただろう? 数があっても質が悪けりゃ、店では出せない。店によっては、一匹も仕入れができていないんだよ」

 そしてそういう店のやつらが、まだ客に出せるものを仕入れできているこの店の出入り業者に、高く買い取るから横流ししろと脅すのだそうだ。


「あいつらの店も、客が離れているんだろうよ」

「ふぅん……だからって、横取りしていい理由にはならないんだけどね」

「そうだ、タクト、約束のものって……魚、入ったのか?」

「ええ、今日届いたばかりですよ」


 俺はラウェルクさんに、まず水槽を開いて見せた。

 生きている魚に、目を丸くしている。

 そうだよな、シュリィイーレで生きた魚なんて見ないもの。


「おい……これって……どうやって運んだんだ? どうして鰯がまだ生きているんだ?」

「俺は魔法師ですよ? そういう魔法を付与した道具を使ったのですよ。こっちも活け締めですから、新鮮ですよ」

「『活け締め』?」

 あれ?

 料理関係者がご存知ないとは……

 海の近くの人じゃないと、知らないのかな?


「捕ってすぐの魚を麻痺させ素早く脳死させてから、血抜きをして鮮度を保つ方法のことです。セラフィラントでは、大型の魚は殆どこの方法だと思いますよ」

「最近うちに来る魚は、結構血が残っているな……そうか、だから味が悪いのか」

「血抜きしていないと鮮度が保たれないので、凍らせたとしても運んでくる間にかなり傷みますね。その点、こちらの番重のものは……ほらっ!」

 銀色ぴかぴかの秋鮭の姿を披露すると、ラウェルクさんから溜息が漏れる。


「……なんて綺麗なんだ……」

「鮭は今が旬ですから、美味しくしてあげてくださいね。鰯も……この水槽に入れておけばあと三日くらいは大丈夫でしょうけど、早めに調理した方がいいです」

「そうだよ! 鰯! 俺は生きてる魚なんて殆ど触ったことがねぇんだ!」

 えええぇー?

 マジかぁ。

 どうしたらいいんだと目で訴えてくるかのようなラウェルクさんに、俺が知っている一番簡単な方法を伝えることにした。


「こういう魚は『氷締め』がいいです。まず何か深めの入れ物に氷を入れてください」

「こ、このくらいか?」

「ええ、敷き詰めるくらいでいいです。で、海水と同じ濃度の塩水を入れます」

 この世界でも、海水の塩分濃度は3.4パーセントだ。

 よーく混ぜて……これで氷締め用の準備はできた。

 ラウェルクさんがじっと水を見ているから、鑑定して塩分濃度などを覚えてくれているのだろう。

 それでは、と軍手を取りだし一匹捕まえてその氷水の中に入れる。


「すげぇ、もう動かなくなった」

「これで氷締め完了です。あとは内臓と鱗を取って捌けばいつも通りに調理できますよ」

「こんな新鮮なやつを捌くのは、初めてだな」

「生でも美味いんですよねぇ……」

 あ、吃驚された。


「セラフィラントでは、生食もされていますよ。食べてみます?」

 俺はちゃちゃっと手開きにして、内臓を取り出し、よーく洗ってからそぎ切りにし……醤油を取りだした。

「こいつを、ちょこっと付けて食べてみてください」


 そう言って、まずは一口、食べて見せる。

 くぅーーっ!

 めっちゃ旨い!

 ラウェルクさんも、おそるおそる口に入れた。


「なんだ、これっ! 本当に鰯か? 旨ぇ!」

 ぱあっ、とラウェルクさんの表情が明るくなる。

 美味しいものは、人を幸せにするよね。


「やっぱり、新鮮な鰯の刺身は最高だ……でも、シュリィイーレの人達は嫌がるかもしれませんね」

「そうだろうなぁ……こんな風に食える魚なんて、入って来ねぇからなぁ……これ、まさか、また『献上品』……か?」

「さぁ?」


「……わかった。全部買い取る。いくらだ?」

「あ、値段、決めてないや。ラウェルクさんの見立てでいいですよ」

「本当に商売っ気ねぇなぁ、おまえ。じゃあ……これくらいでどうだ?」

 ちょっと多い気がするが、セラフィラントの価値だと思っていただいておこう。


「はい、結構ですよ」

「それとな、この水槽と重ね箱も売ってくれないか?」

「これを売ることは、考えていなかったんですが……」

「この魚を保管しておく入れ物がない。どう見てもこの入れ物が最適だ。温度管理、されているんだろう?」


 そーか。

 これがまんま入る保冷庫は、ないか。

 うーん……まぁいいか。

「では他の人にこの入れ物のことは話さないでください。他に売るつもりは全くないし、欲しがられても困るので」

「解った、助かる。じゃあ……」


 差し出された金額が、べらぼうに高くてビビった。

 こんなに貰えないと言ったが、頑として譲ってはくれなかった。

 その上、一等位の魔法師が安売りするなと怒られてしまった。


 この町は本当に、頑固者が多い……

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