第218話 海の幸

 さて、家に帰ってきた俺は、実験用厨房で魚を前に思案していた。

 魚を捌くのは母さんに拒否されてしまっているので、俺がやらねばならない。

 しかも絶対に食堂の厨房と台所は使われたくないらしく、洗ったとしても気分的に嫌! と言われてしまっている。


 鰯や鰈は、大丈夫だ。

 鮭も……どうにか頑張れる。

 鰹はチャレンジしてみよう。


 問題は、鮪である。

 中型とは言え、デカイ。

【調理魔法】や『料理技能』を持たない俺には、この鮪をきちんと捌ける自信はない。

 そして、適切な道具もないのである。


 だが、俺はマグロの解体ショーを見たことがある。

 実演好きの俺は何度か、ちゃんと柵になるまでじっくり眺めたことがある。

 記憶をしっかりと引き出しながら手順を書いていったら、魔法でなんとかならないだろうか?


 手順とその時の映像を思い出しながら、丁寧に【複合魔法】を書き上げていく。

 生物だし、調理系だから緑分類だろうと、発色のいい緑色のインクを使った。

 そして……その紙を鮪の上に置く。

 …

 …

 よっしゃーーーーっ!

 大勝利である!

 鮪は見事に解体され、中落ちまでキレイに刮げ落とされ、テーブルの上に並べられた。

 ちょっと中落ち摘み食い。

 うほー、おいしーい!


 それならば、と同じ紙を鰹に乗せてみる。

 おおっ!

 こちらも大成功だ!


 鰹節用の二匹はまだ水槽に入れておいて、鮪と鰯、そして鰹のたたきで刺身の盛り合わせを作ろう!

 鮭は凍らせて刺身にする『ルイベ』にしよっかな。

 よし、盛りつけもでーきたっと。

 ……俺の分も、ちゃんと残しておいて……


 そーだ、ごはんも持っていこう。

 セラフィラントに糯米があるなら、ビィクティアムさんは米も食べ慣れているかもしれない。

 糯米と半々で炊いたら、美味いごはんになりそうだし。



 全て作り終え、保冷番重に刺身を入れたらビィクティアムさんに夕食デリバリーである。

 刺身の盛り合わせと、西の市場で買った柑橘の果汁も用意して調味料は塩と醤油。

 糯米と米を混ぜて炊いたごはんと、温かいあら汁も作った。

 味噌は好みがあると思ったので、潮汁だが。

 まぁ、味噌はまだ作っていないんだけどね。

 念のため、パンも用意してある。


 食堂に並べている時に、ビィクティアムさんが帰ってきた。

「凄いな、おまえが作ったのか?」

「はい。俺の大好きな魚の、刺身盛り合わせです」

「『刺身』……生の魚をそう言うのか?」

「そぎ切りにしたものを、そう呼びますね。ちょっと切り方が特殊なのです。こっちは表面を軽く火で炙ってから切った『鰹のたたき』です」

「鮭と……鮪もちゃんと捌けたのか。大したものだな……漁師でもできないやつがいるのに」


 お腹が空いているのか、面倒くさいのか私服に着替えもせずにビィクティアムさんは食卓につく。

 ……おめめがキラキラである。

 余程、魚を楽しみにしていたのだろう。


 潮汁をよそって、ごはんも皿に。

「……米だけじゃないのか?」

「今日いただいた糯米を入れたんです。今まで出していた米と、半々で炊いてあります」

「あまり米は食べたことがなかったが……こうすると美味いな。米だけよりこっちの方がいい」

「セラフィラントでは、米は作っていないんですか?」

「イスグロリエストでは、米をあまり食べないからな。糯米も、作っている所は少ない。セラフィラントでもリバレーラでも、ヘストレスティアの東側に輸出しているだけで、殆ど国内では出回らないからな。俺が食べたくて入れたんだが、こういう食べ方は初めてだ」


 そんな貴重なものを、送ってもらっちゃったのかぁ……

 これは大切に食べないと。

 だけどこれからは魔法で出せるから、ホントありがたかったですよ。

 あっちでは糯米なんて買ったことなかったから、欲しくても出せなかったもんなぁ。


 美味しそうに食べるビィクティアムさんが俺にも一緒に食べろ、と勧めてくるのでちょっとだけ。

 うん、美味しい、美味しい。


「これを、シュリィイーレで食べられるとは思ってもいなかったな。おまえの作った水槽は大したものだ」

「食堂では刺身は出せないですから、食べたくなったら言ってくださいね。持ってきますよ」

「まだあるのか?」

「ええ。鮭と鮪はあります。鰹と鰯は……ちょっと別の料理にしちゃうので刺身は今日だけです。作った料理は、今度食堂でも食べてもらえますよ」

「おまえの所で料理してくれるなら、魚も定期的に届けよう。俺が食べたいものを」


 そうか。

 ビィクティアムさんは、どっちかというと魚派なのか。

 これは、他の季節の魚介類も期待できそうですよ、ほっほっほっ。

 ごはんも気に入ってもらえたみたいだから、刺身の時は糯米入りごはんにしよう。


 食堂で試すのは、まずは焼き鮭だな。

 バター焼きとかにすれば、食べやすいだろう。

 茸を一緒に入れた包み焼きにしてもいいなぁ。


 鰈の煮付けは……あんまり沢山は作れないから、うちで楽しむことにしよう。

 鰯はつみれを少し作ってから、残りはオイルサーディンにして保存だな。


 どの魚も小骨までぜーんぶキレイに除去して、骨や皮なんかは乾燥させて粉にしておこう。

 魔法や技能があって良かったって、こういう『手でもできるけど凄く面倒』な作業をする時にしみじみと感じるよなぁ。

 あ、つみれと鰹節にする分は、そのままでいいか。

 お魚たちの今後のプランを考えつつ、ビィクティアムさんと一緒に刺身を楽しんだ。



 ビィクティアムさんの所から戻った俺は明日の朝食にすべく、当初からの予定の物を作ることにした。

 まず、海水から苦汁にがりを作るのである。

 そして、海水も【顕微魔法】で成分分析&分解だ。

 おー、あるある。

 いろいろな成分がホンのすこーーーーしずつ入っている。

 勿論、一番多い『塩』も取り出す。

 塩には少しだけ苦汁成分を残すと、深みのある味わいになると聞いたことがある。


 今回の海水に含まれていた希少成分はストロンチウム、ホウ素、リチウム、モリブデンであった。

 きんがあったらと思っていたけど、さすがにそこまで都合よくはないな。

 他には、有機物も沢山含まれている。


 ただ、これで俺の魔法で海水からのレアメタル回収が簡単にできるようになったわけである。

 特に、リチウムを魔法で出せるようになったのはいい成果だ。

 でもとにかく海水塩と苦汁が一番の目的だったので、これで充分。

 他の水槽の海水と有機物は、あとで調べようかな。



 そして、準備していた豆乳で豆腐を作っちゃうぜ。

 絹ごし豆腐もいいが、俺は断然、木綿豆腐派なのだ。

 煮ても焼いても型崩れしないし、食べ応えあるのが好きなのである。

 あ、でも揚げ出し豆腐は絹がいいなぁ。

 両方つくろっかなぁ。


 ウキウキで浮かれすぎた俺は、二回ほど豆腐作りを失敗し、三度目にやっとキレイな形の木綿豆腐を作ることに成功した。

 翌朝の食卓に鰯のつみれを使った潮汁に豆腐も一緒に入れて食べてもらったら、意外と母さんに大好評であった。


 父さんも骨がなくて、切り身だったら大丈夫みたいだ。

 そうか、魚の形が見えなければ魚に慣れていなくても食べられるんだな。

 でも魚と目が合ったから捌けないなんて人は日本でもいたから、母さんは絶対に魚料理はしないだろう。


 父さんと母さんに『鮭の目って美味しいんだよ』なんて言ったら、化け物を見るような目で見られそうだな……

 黙っとこ。

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