第216話 金と菌をゲットだぜ?
「……なんですか? これは」
「家の改装代金だ。足りないくらいだが」
「多過ぎますよっ!」
「何を言う。それだけ、いや、それ以上に価値のあるものだぞ」
代金を支払うから取りに来てくれと言うのでビィクティアムさんの家に行ったら、とんでもない金額が俺の目の前に突き出された。
積み上げられた金貨は、俺が買った二番地の家の軽く三倍以上ある。
第一、大金貨なんて市場で使えないから!
一枚だけ大銀貨に両替したとしても、馬鹿みたいに重くなるから!
「これを両替所に持っていったら、俺がどこかで強盗でもして来たみたいじゃないですか……」
この国の両替所というのは、銀行と同じである。
成人すると口座を作り、利用できるようになる。
しかし振込とか振り替えなんてものはできず、口座の入出金は全て本人がしなくてはいけない。
身分証が、キャッシュカードみたいなものだからだ。
本人と魔力が一致しなければ、一銭も動かせないのだ。
「護衛がてら一緒に行こう。その時に、支払い証明もするから問題ない」
「はい……お願いします」
道中、持ち慣れない大金にドキドキしながら、俺はビィクティアムさんと一緒に両替所へとやってきた。
両替所は役所の中にあり、全て国営である。
「おやおや、タクトくん、最近大きな買い物をしたっていうのにまた何か買うのかい?」
両替所の窓口は、俺が家を買う代金を引き出した時に対応してくれたザクライルさんだ。
辛口咖哩が大のお気に入りで、リシュリューさんと競うようにおかわりをしてくれるおじさんである。
「今日は入金です……ビィクティアムさんが、支払い証明を……」
「長官さん、タクトくんになんか作ってもらったんですかい?」
「ああ、魔法の方もかなり付与してもらったのでな。これが証明書だ」
どれどれ、と確認するザクライルさんの手が微妙に震え出す。
「これは……お間違いでは?」
「いや、間違ってはいない。家の中の全てを調達してもらったのだから」
「それにしたって……桁がひとつ、ふたつ違うのでは……」
「これ、いただいたお金です……数えてもらって、いいですか?」
俺がザクライルさんの目の前に金貨の袋を置くと、表情は笑顔を貼り付けたままなのに顔色がみるみる悪くなっていく。
だよねー……
庶民が一生見ることのない、大金貨の山だもんねー。
「タクト、くん、ちょっと、待って、て、もらえる、かな?」
「はい……」
足がガクガクだね、ザクライルさん……
その姿が奥の部屋に消えていったすぐ後、両替所の所長らしきおじさんがすっ飛んできた。
「タッ、タクトさん、こちらへっ! あ、長官様も!」
金額が大き過ぎるもんなぁ……
VIP扱いだよねぇ。
奥の部屋でふわんふわんするクッションのソファに腰掛けると、さっきの所長さんが対応してくれた。
どうやら個人では、この金額が大き過ぎて預け入れができないようだ。
その言いように、ビィクティアムさんが異議を申し立てる。
「タクトは第一等位魔法師で、第一位階級輔祭だぞ? これからこれ以上の収入があるだろうに、対応できないとはどういうことだ」
「その……今までシュリィイーレでは、ここまでの収入の方がいらっしゃいませんで……」
「ならばすぐに対応できるようにしろ。何が必要だ?」
「は、はいっ! タクトさんの専用金庫があれば……なんとか……」
おおぅ……話がでかくなっていく。
「いや、それはちょっと……そこまでしてもらうのは俺としても、両替所を私物化するみたいで嫌です」
それに多分、ここの金庫よりうちの方が安全だと思うし。
「俺がこのお金を持っていることが不当でないという、ビィクティアムさんの支払い証明を預かってもらって、両替所の引き出し記録を付けておいてもらえれば俺の方で保管しますよ」
「正直なところ、そうしてもらえると助かりますよ……そんな大金は、個人分としては保管しておけません。王都に預けてもいいというなら別ですが、そうなると引き出しにも時間と手間が掛かりますしね」
あからさまに、ほっとしたような所長の顔。
ビィクティアムさんも納得はいかないまでも、一応の理解はしてくれたようである。
「そうか、すぐに王都に行って引き出せる訳でもないからな……」
ビィクティアムさんみたいな大貴族様とは、保管状況が違うからねぇ。
今の口座で預けられる分だけ入金し、残りの大半は振り出し証明書をもらって持ち帰ることにした。
家までも、ビィクティアムさんに付き添ってもらう。
持ち慣れないものを持っていると挙動が不審になるので、衛兵隊長官の付き添いはとてもありがたかった。
「この程度も預けられぬとは、シュリィイーレの両替所は規模が小さ過ぎるな」
「いえ、この支払いの規模が破格なだけですよ……」
「何を言う。これからは、そういう金額が入ってくる可能性があるんだぞ? おまえの魔法や錬成品には、それだけの価値があると認められているのだから」
「……いらないですよ。もう、充分……全部、物々交換ならいいのに」
「欲がないなぁ、おまえは」
「お金があったって、ここの市場じゃ手に入らないものが沢山ありますからね。そういうものをくれる方が嬉しいです」
「そうか。じゃあ、期待していろ。かなりいい魚が手に入ったからな」
おおっ!
今日イチでテンションが上がるお言葉!
どんな魚かなーっ!
どんな料理にしようかなーーっ!
「魚が来たら、俺にも食わせろよ?」
「ええ、勿論!」
そうだ!
醤油!
家に帰ってから部屋で大金貨を一枚、コレクションの中に入れてみる。
【金融魔法】が自動的に発動されて、こちらの貨幣は日本円に換金され残高が増えるのだ。
……この日本円の管理、どの銀行なんだろうなぁ……
おおおっ?
……この大金貨一枚で、二十五万円くらい跳ね上がったけど……
そういえば、大金貨を入れてみたのは初めてだ。
そーか、一枚でそんなにするのかぁ……もしかして、その時の金相場の価格だったりするのだろうか。
いや、その時っていつの時代での換算なのやら。
取り敢えず、ここのところ買えていなかったインクやら新製品の万年筆を買って、その分を補充しておいた。
それでも大量に残っている大金貨は、袋に入れてコレクション内に保管である。
全部日本円にしちゃうと、こっちの貨幣には戻せないんだよね。
そして、コレクションの『食べもの』ページを開く。
醤油のマスに触れると、買い置きの醤油ふたつと醤油差しに入った醤油、弁当などに入っていて使わなかった小袋の醤油も表示される。
この空白部分……ここに触ると……よしっ!
買い置き醤油のメーカーが取り扱っている醤油が、全部出てきたぞ!
えーと……
お、二種類ある。
両方購入だな。
ん?
このメーカーの
味醂は買い置きなくって、コレクションに入っていなかったから買っておこう!
これで、照り焼きが作れる!
三本以上買っておけば、食べ物ページに表示されるよな。
そして生揚醤油を一本取り出し、中身を少し皿に取り出す。
あ……いい香り。
醤油の香りって、ホント日本人に刺さる……
ああ、これで刺身を食べたい……
いやいや、違う。
分析、分析のためですよ!
このまま醤油麹を作って使う手もあるのだが、一度はちゃんとこの世界に『麹黴』を存在させたかったのだ。
そして、イチから作り上げればレシピにした時に、全てこの世界のもので作り上げられる。
【顕微魔法】【菌界魔法】と『細菌鑑定』を使い、醤油の中の微生物や菌を確認する。
確か醤油を造る菌は『ショウユコウジカビ』という黄麹菌である。
おおー……こういう風に見えるのかぁ……本当に顕微鏡みたいだ。
ここで『ショウユコウジカビのみ赤で表示』にすると、いたいたいたーー!
よっし、この菌を分離して、作っておいた培地に付着させる。
あとは無菌培養だ!
麹菌、ゲットだぜ!
あ、ついでにA.オリゼーとかニガーとかも取っておこうっと。
日本酒が造れるぞ。
あれ?
この国、勝手に酒を造ってもいいんだっけ?
でも、米酢は造っておこう。
さぁ、醤油造りの準備を始めようか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます