第215.5話 ビィクティアムとライリクスとマリティエラ

「ふぅ……やっと落ち着きました」

「本当ね、やっぱり美味しいわ、あの食堂の……お兄さま?」

「……先ほどもそんな表情なさっていましたね。何かあったのですか?」

「タクトくんのことかしら?」


「おまえ達、この家をどう思う?」

「素晴らしいですよ。造りも、調度も、魔法も! ただ……ちょっと過保護ですね」

「私もそう思うわ。タクトくんの魔法よね? 衛兵官舎より何倍も強固で……まるで宝物殿みたい」

「ああ、皇宮なんかよりずっと、ここの方が安全だろうな。壊れないし、汚れない」


「そうでしょうねぇ……窓も壁も、絶対に破壊できそうもありませんし、魔法も効かないでしょう」

「この家丸ごとだけでなく、それぞれの部屋にまで強化や耐性の魔法がかけられているのよね……」

「『天災なら家の中にいてくれれば安全』と言いやがったからな。そんな家に、誰かが侵入できるなんてことがあると思うか?」


「無理でしょうね」

「それなのに、この家には『脱出口』が至る所にある」

「え?」

「あいつは『非常用』だと言うが……そんな事態など考えられん。もしあるとすれば、俺が知らずに招き入れたやつが刺客だった場合くらいのものだ」

「どうして、そんなものを造ったのかしら……?」


「王都でのことが……あいつの心の傷になっているのだろう」

「しかし、タクトくんはいつもとなんら変わりなく……」

「そうよ、お兄さまはご自分を責め過ぎよ」


「表面から見える傷が小さく、すぐに塞がったように見えてもそれが深くないとは言い切れん」

「あ……」

「あいつは、俺に加護があることも知っている。怪我などしないことも。なのに、この家に施されているのは『戦う』ための装備ではなく『安全に逃げる』ための準備だ」

「タクトくんは……相手を攻撃するのではなく、逃げるべきという考えなのでしょうね」


「皇宮で深夜に襲われ、身近に潜むものに毒を盛られ、親しいものに扮した敵に狙われた。そのことがどれほど精神こころを傷つけたか……俺は、あまりに軽んじていた……」

「そう……ですね。僕達も、彼が普通に笑っているので……なんでもなかったのだと思い込みたかったのかもしれません」

「でもタクトは、自分自身をここまで強固に守ろうとはしていない。あいつは『自分の周りのもの達が傷つく』ことを、自分のこと以上に恐れている」


「マリティエラに……毒が浴びせられた時に、彼はすぐに近寄り、その治療を考えていました。魔毒だと知って尚、その肌に触れることを躊躇わなかった」

「なんて危険なことを……!」

「ああ、とても危険だ。でも、彼がそうできたからこそ、その手に聖加護が宿った……正直、悔しかったですよ……彼女をこんなにも愛しているのに、僕ではなく、彼女を救ったのがタクトくんだったことが」

「ライ、ライリクス、そんなことで愛を計ったりしないわ」

「ありがとう、マリー。でも……僕にはあの毒に触れることは、できなかったでしょう。だからこそ神々はタクトくんに聖加護を授けた。タクトくんが自分よりも、周りの者を救う人だから」


「タクトくんは、お兄さまに少しでも傷ついて欲しくないのだわ。だから戦わせたくなくて、その設備を造ったのだと思うわ」

「俺にそんな価値があると思うか? 俺はあいつを護れなかった。約束したことを何ひとつ、守れなかった」


「それでも、タクトくんはお兄さまにそのことを負担に思って欲しくないのだと思うわ。そして、これからも今まで通りにいて欲しいと思っているのよ。だってこの家は本当に心地良いもの。ここで寛いで欲しいって、そう思っていろいろ作ったのよ」

「……そうですよ。あなたが償いたいと思うお気持ちは解りますが、タクトくんはそれを望んでいません。むしろ、これからの未来であの時のようなことが起こらないように最善を尽くすべきだと思います」


「未来……か。そういえばタクトに『安心して眠って、心も体も休めて、明日を楽しみに思える場所』が必要だと言われてこの家を買ったんだった」

「明日を楽しみに、ですか」

「素敵だわ。この家もあの『小舞曲』も、タクトくんがお兄さまに安らいで欲しくて作ったものなのね」

「そうでしょうね。とても穏やかでいい曲でした」


「あの曲はセラフィエムス家の公式曲にするからな」

「そう仰有ると思いましたよ」

「そうよね、名前に家門の花を入れるくらいですもの」



「そういえば……この調度品の代金をまだ支払っていなかったが……どれくらいが妥当だと思う?」

「……要塞一基分とは言いませんが……中隊用の砦くらい、でしょうか?」

「流石にそれは払いきれんな……デカイ魚のおまけで勘弁してもらおう」

「あら、タクトくん、魚料理なんてできるの?」

「できるらしいぞ。島国育ちだからやったことがあると言っていた」


「それは楽しみですねぇ。魚料理なんてシュリィイーレではこの上ない贅沢です」

「それ、保存食にもしてくれるかしら?」

「いいですねぇ! どんな料理になるのでしょう」

「セラフィラントの魚はなんでも美味しいけど、お兄さま! 良いものをお送りくださいね!」



「……おまえら、食べることとなると急に元気になるんだな……そういうところはタクトにそっくりだ」

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