第215話 お披露目
過剰セキュリティの秘密要塞仕様で、すっかり家主さんを盛り下げてしまった……
そこへ、ライリクスさんとマリティエラさんがやってきた。
「おはようございます……? どうかなさいましたか?」
「あら、どうなさったの? お兄さま」
「すみません……俺のせいでちょっと、落ち込ませてしまって……」
「いや、なんでもない。大丈夫だ、タクトのせいではない」
ふたりを中に招き入れると、玄関ホールに飾り付けた
「まぁ……! これ、硝子? 水晶かしら?」
「なんて美しい……素晴らしい歓迎ですね!」
「……俺が入ってきた時と、色が違う」
お、気付きましたか、ビィクティアムさん。
「ええ、外側で家主の魔力を感知して扉が開いた時は普通の明かりとして、内側で感知して別の人が入ってきた時は、花の部分だけ黄色くなるようにしてあります」
お客様を、セラフィエムスの花で歓迎するという趣向だ。
感心しながら黄槿ライトを見ているビィクティアムさんに、ライリクスさんが半ば呆れたように問う。
「ご存じなかったんですか?」
「まだちゃんと説明されていないんだよ。今日、一緒に聞こうと思っていた」
「もしかして、全部タクトくんが作ったの?」
「はい……ちょっと、好きにやり過ぎちゃいまして……ははは」
いや、本当に。
ビィクティアムさんが苦笑いをしているので、ふたり共いろいろと察してくれたようだ。
そして、次々と衛兵さん達がやってきた。
入ってくるとみんな
「すげー……床にも紋様があるぞ」
「壁も何か張ってあるし、彫刻は全部、水晶か?」
「この花は、長官の家門の花と賢神一位の花ですね。なんて美しい!」
「お兄さま、この燈火は竜胆の形なのね! 可愛らしいわ!」
「……そういえばそうだな。タクト、点けてみていいか?」
「ええ、どうぞ。こちらに魔力を流してください」
広間に設置してある竜胆の燈火は『明るくするため』というより『楽しむため』の灯りである。
点いた途端に、わぁっ! という歓声が上がった。
「蒼い……光だと?」
「初めて見ました。蒼い燈火なんて……」
え?
ライリクスさんとビィクティアムさんが吃驚するほどなのか?
そうか、青色の光はこの世界では珍しいのか。
そういえば見たことは……極大方陣を解放した時しか……ないな。
「水晶に青色を付けて、光らせているだけですよ。それを中に仕込んで、周りの花びらに光を当てているのです」
「色水晶ですか……でも、こんなに綺麗な色に仕上がっているのは珍しいですね」
「さすが、タクトくんね。こっちの菱紋様もあなたが?」
「はい。黄槿で花菱を象ってみました」
ライリクスさんとマリティエラさんが、みんなを代表して聞いてくれているという感じだ。
花菱自体は伝統的な物で、俺はちょっといじっただけと説明した。
「この紋様は『
ビィクティアムさんのこの一言にみんなが一瞬、驚いた表情で振り返る。
『銘紋』登録って……何?
「なるほど……確かにこの紋ならば、長官の銘紋として相応しい」
「間違いなくセラフィエムス家のものと判るし、美しさも申し分ないですね」
「菱の紋は初めてですよね? これ、絶対にこの後の世代で流行りますよ」
俺がなんのことやら? という顔をしていたのが判ったのか、ライリクスさんが説明をしてくれた。
「『銘紋』は、君の意匠証明のように、個人を証明する時に署名と一緒に使用するものです。この紋が、証明書や約定などに必ず押印されることになります」
へぇ……え?
そっ、それって、証明書や約定に使われるって、実印みたいなものなのではっ?
「そして、長官がセラフィエムス家を正式に継いで当主となった時には、この『黄槿花菱』がセラフィエムスの正式な家紋となるんです」
はい?
ビィクティアムさんの代のセラフィエムス家の……『家紋』になっちゃうって?
てか、家紋って代替わりするのかよ!
「その紋によって、何代目のものかが判りますからね。永遠に残っていく大切な『紋』ですよ」
相変わらず、重い……
お貴族様のものって重いもの、多過ぎ!
「どうしても父や祖父の紋と似てしまうか、先祖の誰かの真似みたいになってしまうのが嫌でなかなか決められなかったが、タクトのおかげで良い紋に決められた」
「では正装や装飾品も全部この『黄槿花菱』でお作りになるんですね!」
「ああ、既に発注してある」
紋付き袴の家紋みたいなものですよね、それ。
持ち物に全部に、この紋が付くってことなのか?
「印章だけはこの意匠の製作者に作ってもらいたいのだが……頼めるか? タクト」
それは、紛うことなき実印……!
でも、なんだかビィクティアムさんがご機嫌になってほっとしたので、いいですよ、と請け負ってしまった。
あ、そうだ。
忘れていた。
「ビィクティアムさん、これ、お引っ越しのお祝いです」
俺は、昨夜作った蓄音器を渡した。
ビィクティアムさんはすぐにその蓋を開き、メヌエットが流れ出すと聞き慣れぬ楽器の音に衛兵さん達の声が止まる。
黄槿花菱の透かし彫りの蓄音器は、音楽が流れると音源プリズムに光が当たって分光し、キラキラと七色に輝き出すのだ。
輝く蓄音器から流れ出す、初めて聞く楽器の音に彼等は動く事もせずに聞き入っていた。
ビィクティアムさんが、その箱を開いたまま広間の中央に置き、俺に問いかける。
「タクト、この音楽はなんという曲だ?」
「あ、えーと『小舞曲』としか……」
メヌエットって、確かそんな意味だった。
「ならば『黄槿舞曲』としよう。愛らしい花によく合う曲だ。いいか?」
「良いと思います」
そうだよね『小舞曲』じゃ、沢山あり過ぎるもんな。
どうやら蓄音器も、この曲も気に入ってもらえたみたいだ。
「『舞曲』なら踊りましょう、お兄さま!」
「えっ? おいっ、俺は……そういうのは……」
「今回は譲って差し上げますから、マリティエラと踊っていらしてください」
おおっと、ここでくるくる回られては敵わん!
「この舞曲は『小さく舞う』曲ですから、大きく回っちゃ駄目ですよ!」
「あら、そうなの?」
「はい。踊るのは一組だけ、男性は堂々と女性はゆったりと、小さめの歩幅と足捌きで!」
「わかった。では、妹君?」
「ええ、兄上様」
……よかった。
この広さで遠慮なく回転されたら、調度品にぶつかりまくりだよ。
キラキラの光の中でキラキラの兄妹が踊る様は、穏やかで幸せな光景だ。
ビィクティアムさんもマリティエラさんも、周りのみんなも笑顔が明るい。
なんか、俺までもの凄く幸せな気持ちになる。
それにしても、流石お貴族様……綺麗に回るなぁ。
案の定その後も、衛兵さん達は入れ替わり立ち替わりやって来た。
用意していたお菓子や軽食が殆どなくなり、飲み物もすっからかんになる頃にやっと来客が途切れた。
全く食べられなかったビィクティアムさんと、少ししか食べられなかったと溢すライリクスさん達のために、うちの食堂からディナーのデリバリー。
お夕食はご家族でどうぞ、と、俺は家に戻った。
俺も『家族』で夕食を囲みたくなっただけなんだけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます